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2020.11.08

食わず嫌いをやめて分かった「趣味」の効能│深爪 Vol.4

コラムニスト:深爪

Twitterフォロワー数18万人を超える人気主婦コラムニスト、深爪さんをご存じでしょうか?

斜め上から真横からと、独自の目線で切り込む発言が多くの人を虜にし、著書『深爪式 声に出して読めない53の話』『深爪流 役に立ちそうで立たない少し役に立つ話』『立て板に泥水』他、オンラインサロンなど多方面で活躍されています。最終回となる今回は、趣味をテーマに語っていただきました。

▼前回のお話しはこちら

突然ですが「アナタの趣味は何ですか?」

「ご趣味はなんですか?」と聞かれるたびに困ってしまう。

「趣味」という言葉にはやたら高尚なイメージがあるし、経験や知識を豊富に持ち、それに金と情熱をすべて注ぎ込むようなものでなければ「趣味」とは呼べないような気がするからだ。私は本を読んだり、映画を観たりすることは好きだが、はたしてこれは「趣味」に値するものなのだろうかと躊躇してしまうのである。

私にとって「経験や知識を豊富に持ち、それに金と情熱をすべて注ぎ込むようなもの」といえばツイッターなのだが、これも「趣味」として申告しづらい。脊髄反射で思いついたどうでもいい話を全世界に向けて毎日のように匿名で垂れ流す人間はキモすぎる、という自意識が強いからだ。

スマホの所有率が7割を超え(総務省調べ)、今やインターネットは誰もが使う日常生活の一部になっているが、私は20年以上前からネットを使うインターネット老人会の一員なので、どうしても当時のアングラなイメージが抜けない。私の中では、「キモい人間がキモい書き込みをする場所、それがインターネット」なのである。とてもじゃあないが、公言できない。

以前、一度だけ勇気を振り絞ってごく親しい友人に「ツイッターをしている」と告白したことがある。「フォロワーもまあまあいるんだ」と話すと「え?すごいじゃん。どれくらい?」と聞かれたので正直に「18万人」と答えたときの彼女の顔は忘れられない。完全にキモい虫を見たときのそれだった。

やはり芸能人でもないのに万単位のフォロワーがいるような人間は気持ちが悪いのである。それ以来、誰かに「ツイッターとかしてる?」と聞かれても「あ、うん。見るだけだけどね」と作り笑いでやりすごすようにしている。

「無趣味」と答えることで相手に与える印象

胸を張って言える「趣味」がないとはいえ、「趣味はないです」と答えるのも気が引ける。

無趣味だと言えば、つまらない人間だと思われてしまいかねない。「趣味」を持たないのは教養も熱意も金もないからだろう、とジャッジされるのが怖いのだ。

さらに、「趣味がないなんてかわいそう」と憐れみの目で見られることもある。「趣味は持っていて当然。ないのは不幸」という謎の価値観を押し付けられてしまうのもイヤなのだ。

「つまらなくて不幸な人間」と思われたくないがためにわざわざ趣味を作るのも滑稽な話だが、コロナ禍で外出自粛が叫ばれる現在、どうしても暇を持て余してしまう。自分の無趣味さに殺されそうになることもしばしばなので、空いた時間を有効に使うために何か新しいことを始めようと思い立った。

ある日思い立って始めてみたコトは…

そこで「漢検」である。

この歳になると人から褒められたり、「合格!!」と花丸を貰ったりすることはまずない。日々の暮らしに疲れている今の私に足りないのは「あんたはすごい!」と褒められることだ。誰かに「よく頑張った!偉い!」と太鼓判を押してもらえれば、この先も頑張っていけるはず。

そこで、目に見える達成感を得るために漢検の試験を受けることにした。一銭にもならないのに新聞に掲載される大学入試センター試験を毎度毎度解いてしまうほどの勉強大好きっ子な私にはうってつけなのである。

漢検の勉強を初めてから四字熟語や故事成語の知識が増えた。私が受験する2級には四字熟語の穴埋めや意味を問う問題が多く出題される。見たことも聞いたこともないような四字熟語だらけだ。中年にもなると、4文字の漢字の羅列を覚えられるだけの脳細胞は持ち合わせていないので、その由来を調べて印象付けて覚えるようにしたのだが、四字熟語や故事成語が生まれたエピソードがいちいち面白い。

たとえば「白河夜船」。

これは「しったかぶりをすること」の意である。昔、京都見物をしてきたと嘘をついた者が、「白河」のことを聞かれて、てっきり川の名前と思い、夜中に船で通ったからわからなかったと答えたため、嘘がばれてしまったという逸話に基づいている。共感性羞恥がある私なのでそのエピソードだけでも顔がマッカッカになるのだが、この強烈な由来のせいでもう「白河夜船」については絶対に忘れない自信がある。

また「舟に刻みて剣を求む」という故事成語。

持っていた剣を舟から水中に落としてしまった人が「ここで落とした」と進みゆく舟に印をつけて同乗者に探させる話で「時代は変わりゆくのにアップデートできない愚」を揶揄したものなのだが、「そんなヤツおらへんやろ」と心の中の大木こだま師匠のつぶやきが止まらなくなった。

余談が面白すぎて「四字熟語を覚える」という本来の目的を忘れることもしばしばだ。相撲取りが昇進時の口上で四字熟語を使うのを思い出し、歴代横綱の使った四字熟語を調べ倒したこともある。漢検の勉強を始めただけなのに、中国の故事成語から相撲の話に至るまで興味が広がった。

「趣味」は閉じた世界に引き籠ることのように思われがちだが、むしろ趣味は派生的にどんどん世界を広げるのだなあと実感する。

趣味を持つと少しだけ希望が見出せる、そして世界が広がる

熱中できるモノがあるというのは本当に強い。日々雑事に追われる私だが、漢字の書き取りをしている時だけは無心になれる。必死に漢字を覚えようと集中するので、その時間だけは悩みや不安から解放される。これが、非常に大きなストレス解消にもなっている。

また、たとえば、死にたくなるようなツラいことがあっても、好きなドラマがあれば「最終回までは死ねない」と思えたりする。「先の楽しみ」があるというのはなによりも生きる希望になる。コロナ禍で不安でいっぱいのこのご時世にはとくにそのありがたみがわかる。将来に希望を見いだせない人は趣味を持つのが一番だと思う。

どうしても適当な趣味が見つからないという人は固定観念を捨ててみるのもいい。

私は先述のとおり読書や映画が好きだが、漫画やアニメについては「子供が見るモノ」と敬遠していた。いわゆる「食わず嫌い」である。

しかし、あまりに絶賛されているのでついにAmazon プライムビデオで「鬼滅の刃」のアニメ版に手をだしたところ、数話見たら止まらなくなってしまった。続きが気になり、今度はコミックスを全巻買った。当然、10月に公開された劇場版はすぐに観に行った。どうしてももう一度見たくなり、二度目はIMAXシアターに足を運んだ。劇場で買ったパンフレットを読んでいたら、声優さんやアニメの制作現場にも俄然興味が出てきた。もっとアニメを見たくなった。

「鬼滅の刃」に手を出さなければIMAXを体験することもなかっただろうし、アニメや声優さんの素晴らしさを実感することもなかっただろう。固定観念を捨てたことで大きく世界が広がったのである。

「趣味」は特別なものでなくていいのだ

それでも「趣味なんかいらない」「めんどくさい」と思う人もいるだろう。無理に持つ必要はないが、もし人生に余白ができたのなら騙されたと思って「趣味」を見つけてほしい。趣味は意外と簡単に作れるものなのだ。

ちなみに我が夫の趣味のひとつに「電車の時刻表を読むこと」がある。数字の羅列のなにが面白いのかと思うが、彼には「時刻表を眺めているだけで旅行気分を味わうことができる」という特殊能力があるらしい。

数百円で買った時刻表を広げながら「ほら、ここで特急に乗り換えるの」「この10分の待ち時間で駅弁を買います」「左側の座席に座れば海も見えるよ」などと熱く語る夫を見ていると、経験や知識を豊富に持ち、それに金と情熱をすべて注ぎ込むようなものじゃないと「趣味」とは呼べないなんて、勘違いにもほどがあるなと思うのである。

著者プロフィール

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■深爪

コラムニスト/主婦。2012年11月にツイッターにアカウントを開設。独特な視点から繰り出すツイートが共感を呼び、またたく間にフォロワーが増え、その数18万人超(2020年10月現在)。主婦業の傍ら、執筆活動をしている。主な著書に「立て板に泥水」「深爪式 声に出して読めない53の話」「深爪流 役に立ちそうで立たない少し役に立つ話」(すべてKADOKAWA)。また、オンラインサロン「深爪の役に立ちそうで立たない少し役に立つオンラインサロン」でも活動中。芸能、ドラマ、人生、恋愛、エロと、執筆ジャンルは多様。

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