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2022.04.27

器に調味料…食まわりのアレコレと人の喜びについて思い巡らせて【暮らしと余白 vol.3】

料理家・真野 遥

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この2年間、日々の暮らしや働き方について、改めて見つめ直した方も多いのではないでしょうか。自分にとっての心地よさ、丁度よさとはどんなものなのか。そんな疑問をひとつひとつ紐解き、自身の思いをSNSを通して綴られている方が、料理家の真野遥さんです。

コラム3回目の今日は、器のこと、調味料のこと、道具のこと、お酒のこと、そして真野さんを支える発酵食と保存食についてたっぷり綴っていただきました。

器は食卓を変える。心ときめく一皿を

「暮らしと余白」について考察していると、必ずしも「物理的な時間の余裕=心の余裕」とも限らないのではないかという思いに至ります。心のあり方や物事の捉え方次第で、いかようにでも暮らしに余白を作ることができると思うのです。

今回は、「物理的な余白」ではなく「心の余白」に着目して、食まわりのアレコレをお話したいと思います。

10年ほど前の料理。おそらくビビンバ風のどんぶりです

10年ほど前の料理。おそらくビビンバ風のどんぶりです

今でこそ料理家として活動している私ですが、自分で料理をするようになったのは、ひとり暮らしを始めた社会人一年目の頃。恥ずかしながら、料理を始めたのはかなり遅い方なのです。

当時は自炊が一番の楽しみで、本などを参考にしながら無我夢中で料理を作っていたのですが、今見るとかなり豪快な食卓です…。

その後、本格的に料理の勉強を始めて今に至るのですが、こうして比較してみると、なかなかのビフォーアフターですよね。

食器と盛り付けに気をつかうだけで、いつものご飯がワンランクアップ!

食器と盛り付けに気をつかうだけで、いつものご飯がワンランクアップ!

もちろん、料理が上達したのが主な理由ですが、それだけではなく、盛り付けと器が変わったのもかなり大きいです。気に入った器をコツコツ集めてきたことで、少しずつ食卓が変化してきました。

特別な料理ではなくても、素敵な器に美しく盛れば、それだけで食卓の雰囲気がガラリと変わります。食事を楽しむ上で、器はとても重要な役割を果たしています。とはいえ、私も特別高価な器ばかりを集めているわけではありません。

これだけ買って15,000円いかないくらいでした

これだけ買って15,000円いかないくらいでした

京都で使っている器の多くは、蚤の市での戦利品。できるだけ安く、気に入った食器をコツコツ買い集めています。

私の食器選びの基準は、ただ一つ。ときめくか、ときめかないか。心がときめく器に囲まれているだけで、食事の満足度は格段に上がります。まずは「形から入る」というのも、食卓を豊かにする手段の一つです。

料理のおいしさを底上げしてくれる調味料

料理をおいしくする調理法は様々ありますが、まずは「おいしい調味料を使うこと」が、最も手軽に料理のおいしさを底上げする方法なのではないかと私は考えています。

愛用している調味料の一部。できるだけ生産者さんにも会いに行っています

愛用している調味料の一部。できるだけ生産者さんにも会いに行っています

まずは調味料の基本「さしすせそ」だけでも、それぞれ納得のいくものを揃えるのがおすすめです。私の場合は、このように調味料を選んでいます。

さ(砂糖)…いつもの料理に使うのは、きび砂糖。優しい甘味とコクを与えてくれます。

し(塩)…下ごしらえなどで使うのは、比較的安価な天然塩。味付けに使うのは、輪島の塩など少々高価なおいしい塩。洋食には海外の塩を使うなど、料理に合わせて使い分けています。

す(酢)…まろやかな純米酢を使うことが多いです。

せ(醤油)…いつもの料理に使う濃口醤油は、秋田県の丸大豆醤油を使っています。

そ(味噌)…お味噌汁などのいつもの料理には、甘めの米麹味噌を使っています。

また、「さしすせそ」には入っていませんが、みりんは昔ながらの製法で造られた純米の本みりんを使うと、煮物や照り焼きなどのコクが増し、いつもの和食のおいしさがグンとレベルアップします。

炒め物にはサラダ油ではなく米油や菜種油、太白ごま油などの上質な油を使うと、普通の野菜炒めも驚くほどおいしくなりますよ。

おいしい醤油と本みりんで作る照り焼きは絶品

おいしい醤油と本みりんで作る照り焼きは絶品

良い調味料を使うと、シンプルな料理でも格段においしくなるため、思いがけず時短に。さらには、昔ながらの製法で丁寧なものづくりを続けられているメーカーさんを応援することにもつながります。調味料を少し変えてみるだけでも、毎日のご飯に変化をプラスすることができます。

料理時間に心の余白を。料理が楽しくなる道具たち

そして、これまた侮ってはいけないのが、調理道具。使いやすい道具や、料理をしていて気分が上がる道具を揃えるだけで、毎日のご飯作りが俄然楽しくなります。「料理は苦手…」「料理って面倒くさい…」と思っている方は、もしかしたら道具に問題があるかもしれません。

その1:包丁

愛用している包丁たち。手前の包丁は、カッコよくてジャケ買い

愛用している包丁たち。手前の包丁は、カッコよくてジャケ買い

調理道具の最重要アイテムと言っても過言ではない包丁。

切れない包丁で料理をすることほど苦痛なものはありません。食材の細胞や繊維が潰れてしまい、水分やうま味や栄養素などが流出してしまうだけでなく、玉ねぎの辛味が増したり、ピーマンの苦味が増したり、なんとお刺身の「うま味」まで減少してしまうとか。

切れ味の良い包丁であれば作業ストレスが減り、調理スピードも上がりますし、料理の味にも大きく影響します。包丁は、おいしさにも直結しているのです。

なお、時々「切れすぎる包丁は指を切りそうで怖い」という声を耳にしますが、切れない包丁で指を切る方が、傷口の断面が粗くなるため痛いんですよ…!(経験者は語る)最初のうちは怖いかもしれませんが、少しずつ慣れていくので大丈夫。

包丁研ぎワークショップを行なった時の様子

包丁研ぎワークショップを行なった時の様子

そして、余裕のある方は、ちょっと頑張って包丁研ぎに挑戦してみるのもおすすめです。

砥石を使って自分で包丁を研ぐのは面倒な作業かもしれませんが、面倒くさい作業ほど、実は心に余白を作ってくれることが多いもの。一人で黙々と研ぐ時間は心が落ち着き、瞑想に近い感覚になります。

その2:ヘラ類

お気に入りの木ベラを使っている時もテンションが上がります

お気に入りの木ベラを使っている時もテンションが上がります

包丁よりも地味な存在ですが、実は料理に大事なヘラ類。

木ベラやゴムベラなど様々なヘラがありますが、私の推しアイテムは、小さめのゴムベラ(写真左の2つ)。普通のサイズのゴムベラをお持ちの方は多いかと思いますが、小さめサイズがあると更に便利です。

特に活躍してくれるのは、味噌などの調味料を使い切る時や、小瓶の中身を取り出す時で、大きなゴムベラでは入らないようなところにも届くのが嬉しい…!調味料を残さずに使い切ることができる喜びも、料理をする時間の豊かさにつながります。

その3:鋳物鍋

大好きなストウブ。オプションで選べる蓋の持ち手が可愛くてお気に入り

大好きなストウブ。オプションで選べる蓋の持ち手が可愛くてお気に入り

煮込み料理をグンとおいしくしてくれる、鋳物鍋。私はストウブとル・クルーゼを愛用しています。

一つでも鋳物鍋を持っておくと、肉じゃがやカレー、シチューなどのおいしさが一気にレベルアップ。無水調理もできますし、ご飯をおいしく炊くこともできます。お気に入りの鍋でコトコト煮込み料理を作っている時間は、とても豊かなものです。

断片的な「時間短縮」や「おいしさ」だけでなく、時間そのものに豊かさを見出せるのも、道具の良いところなのではないでしょうか。

お酒と共にゆっくり楽しむ、日々のごはん

お酒好きな私にとって、晩酌の時間は一番の楽しみ。余裕があるときは、豆皿にちょこちょこおつまみを盛って、小料理屋気分で晩酌を楽しんでいます。

ちょっとした料理でも、お盆+豆皿に盛るだけで素敵な雰囲気に

ちょっとした料理でも、お盆+豆皿に盛るだけで素敵な雰囲気に

料理とお酒の相性を楽しむペアリングも、暮らしに余白を作ってくれる存在です。

私は日常的にペアリングを楽しんでおり、「今日は唐揚げだからビール」、「お刺身だから日本酒」、「アヒージョだからワイン」など、食べるものに合わせてお酒を選んでいます。

ワカサギの天ぷらに、発泡性のにごり酒を

ワカサギの天ぷらに、発泡性のにごり酒を

お店と違って、おうちで楽しむペアリングは、完璧じゃなくて良い。

発泡性の日本酒を天ぷらに合わせてみたり、苦味のある食材に甘味のあるお酒を合わせて中和したり、料理とお酒の色を合わせてみたり。色々な組み合わせを試しながら、相性の良いペアリングを見つける時間も楽しいものです。

暮らしに安心感と喜びが生まれる、発酵食と保存食

発酵や熟成による複雑な風味が、料理をおいしくしてくれます

発酵や熟成による複雑な風味が、料理をおいしくしてくれます

最後に、私の暮らしを下支えしてくれているのは、やはり発酵食と保存食です。

常備している塩麹やひしお、玉ねぎ塩麹、酒粕ペーストなどに加えて、季節ごとに作る梅干し、柚子胡椒、塩レモン、山椒の塩漬け、しば漬けなど。そして、変わったところでは、ラオスの魚醤パーデークや、友人にもらった鹿肉で作った肉醤(ししびしお)などなど……。

旬を逃さずに保存食を仕込み、新しい発酵食に挑戦するのは、楽しみの一つであり、暮らしに安心感を生む大切な営みです。

りんご箱を重ねただけの発酵棚

りんご箱を重ねただけの発酵棚

この安心感の正体は、食べものがあることの物質的・精神的な安心感だけでなく、仕込んでいる時の頭を空っぽにできる感じや、「自分の手で作ったぞ」という達成感も大きいかもしれません。発酵食・保存食の棚を眺めていると、なんだか嬉しい気持ちになります。

根源的な喜びは、身体的な行動に宿る

お喋りしながら楽しむ金柑仕事は、至福の時間でした

お喋りしながら楽しむ金柑仕事は、至福の時間でした

私は手仕事をしている時に喜びを感じ、心が満たされていくのを感じます。

視覚や聴覚などの脳の情報処理だけで簡単に娯楽が得られる今、つい「受け身」になってしまいがちですが、人間は人に何かを与えたり、能動的に何かを作り出すことに喜びを感じる生き物なのだと思います。

楽しいことがたくさん転がっている世の中ですが、身体を通して本質的な喜びを得る機会は案外少ないのかもしれません。

面倒くさい作業を省くことで生まれる時間的な余白もありますが、"あえてやる"ことで生まれる心の余白もある。今回は、そんな話をしてみました。

著者プロフィール

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1990年生まれ。法政大学を卒業後、商社勤務を経て料理家として独立。
現在は東京と京都を拠点にレシピ開発やメディア出演、発酵食と日本酒のペアリング料理教室の主宰など幅広く活動中。2022年からは「発酵室 よはく」として、発酵を通じて人生に余白を作る活動をスタート。Podcastラジオ「よはく採集」を毎週火曜日に配信中。
著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする最強おつまみ事典』(西東社)がある。

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