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2021.08.29

閉経後の乳癌術後のホルモン療法、何年位続けたほうがいい?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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乳癌の摘出手術後、再発防止のためにホルモン療法を行うことがありますが、これには閉経後の骨粗鬆症リスクを高めるデメリットもあるのだとか。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、the New England Journal of Medicine誌に、2021年7月29日掲載された、乳癌術後のホルモン療法の持続期間についての論文です。

▼石原先生のブログはこちら

乳癌の治療で一般的な「ホルモン療法」

乳癌は治療の進歩により、その予後が格段に改善した癌の1つです。ただ、その治療についてはまだ方針の、明確に定まっていない事項もあります。

その1つが、外科治療後のホルモン抑制療法をどのくらいの期間継続するべきか、という問題です。

癌細胞がエストロゲンなどの、女性ホルモンの受容体を持っている乳癌では、女性ホルモンの合成や分泌を抑制する薬を使用することにより、その再発が予防されることが分かっています。

閉経後では女性ホルモン分泌は、卵巣からではなく副腎から行われるので、その抑制にはアロマターゼ阻害剤と呼ばれる、エストロゲン合成酵素の阻害剤を使用することが、現在では一般的です。

ホルモン療法は長く続けても大丈夫?

ただ、この薬を長期使用することにより、閉経後の骨粗鬆症はより進行し、骨折などのリスクが増加することが知られています。

そこで問題はどのくらいの期間、ホルモン療法を持続するのが良いのか、という点にあります。これまでの知見により、術後5年間ホルモン療法を施行することについては、そのメリットは有害事象を上回ると考えられ、その使用が推奨されています。

それでは5年でホルモン療法を中止するべきでしょうか?

術後20年は乳癌再発のリスクは減少しない、という報告もあり、その点を重視すれば10年、場合によっては20年薬を継続することも選択肢の1つです。

しかし、本当にそれが患者さんにとってメリットのあることなのでしょうか?

7年と10年のホルモン療法の影響を比較検証

今回の臨床研究はオーストリアの複数施設において、閉経後乳癌で治療を受け再発の所見はなく、その後5年間のホルモン療法(タモキシフェンもしくはアロマターゼ阻害剤)を受けた、80歳以下の3484名を登録。

くじ引きで2つの群に分けると、一方はその後2年間アロマターゼ阻害剤であるアナストロゾールを継続し、もう一方はその後5年間継続して、10年の時点での予後を比較しています。

つまり、トータルで7年のホルモン療法と、10年のホルモン療法を比較したということになります。

その結果、乳癌の再発やそれによる死亡、総死亡のリスクにおいても、7年のホルモン療法と10年のホルモン療法との間で、有意な差は認められませんでした。

その一方で臨床的な骨折の発症は、7年のホルモン療法では4.7%に認められたのに対して、10年のホルモン療法では6.3%に認められ、10年のホルモン療法は7年と比較して、骨折リスクを1.35倍(95%CI:1.00から1.84)有意に増加させていた、という結果でした。

つまり、10年のホルモン療法は7年のホルモン療法と比べて、トータルに患者さんにメリットがあるとは考えにくい、ということになります。

個々のリスクの違いを考えて治療期間の決定を

ただ、これは個々の患者さんで、その再発のリスクには差があるはずで、癌の組織所見や血液中の微細な癌由来遺伝子の検出、遺伝子多型の解析などにより、ある程度科学的に再発リスクを階層化することが、可能となっていることを考えると、そうした知見をより系統化することによって、個々の患者さんにとっての、最適なホルモン療法持続期間を、割り出すことが可能となるかも知れません。

従って、現状今回の知見のみで、ホルモン療法の持続期間を決定することは出来ませんが、個々のリスクの違いを考えることなく、10年継続することは賢明な判断ではない、ということは明らかになったと言えそうです。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36