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2018.08.08

医師が教える熱中症対策の考え方【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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全国的に暑さが際立つ今年の夏。気をつけていても熱中症になる方は多いようです。
この猛暑の中で熱中症を予防するためには、どのようなことに気をつければいいのでしょうか。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、KenCoM読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

▼石原先生のブログはこちら

「熱中症」とは?

熱中症は昔でいう熱射病のこと、程度によりⅠ度~Ⅲ度に分類される

今年は記録的な猛暑で、熱中症の患者さんが急増していることは、皆さんも良くご存じの通りです。
これまでに何度か取り上げていますが、熱中症の基礎知識をまとめておきたいと思います。

熱中症というのは、ちょっと不思議な言葉ですね。
一昔前まで、同じことを表現するのに、「熱射病」という言い方をしていたのを、昭和生まれの方はご存知かと思います。

それでは熱中症と熱射病とは何処が違うのでしょうか?

一般的な意味合いでは、両者は同じ現象を表現した用語です。
昔は「熱射病」と言われていた言葉が、「熱中症」に変わったのは、2003年に日本神経救急学会の診断基準が発表され、行政もそれに則った手引きを出したからです。

それ以前の用語では、高温多湿の状態に置かれることにより、引き起こされる病気の全体を、暑熱障害(heat illness )と呼び、その軽い状態が熱痙攣(heat cramp )、中等度の状態が熱疲労(heat exhaustion )、最も重症の状態を熱射病(heat stroke )と呼んでいました。

これが英語の直訳で分り難いとの意見が多く、また本来は重症例のみを指す、「熱射病」という言葉だけが、全ての暑熱障害に対して使われるようになったので、全体を「熱中症」とし、それをⅠ度、Ⅱ度、Ⅲ度に分けるという分類が提唱されたのです。
英語は変わった訳ではないので、そのままです。これはあくまで翻訳の変更に過ぎないのです。

Ⅰ度の熱中症

熱中症は、病気ではなく環境によって体温が上昇するときのみ起こる

さて、このうち一番軽症のⅠ度の熱中症とは、こむら返りや立ちくらみ、めまいなどの症状のことです。これを以前は熱痙攣(heat cramp )と呼んでいました。
これは主に脱水と電解質のバランスの乱れによる症状です。
人間の身体は一定の体温に保たれるような仕組みがあり、その機能も一定の体温の範囲でのみ、可能となるものです。

たとえば今の季節、クーラーを消した車の中になどいれば、簡単に中の温度は60度以上に達します。この時、皮膚の表面の温度は急上昇しますが、身体の中の温度が同じように上昇すれば、大変なことになります。
血液の中には多くの蛋白質が存在しますが、内面の温度が41度を超えれば、蛋白は変性します。要するに固まってしまうのです。この状態が長く続けば、細胞は正常の代謝を保つことが出来ず、細胞は死んでしまいます。

ここで注意が必要なことは、人間が自分で起こす発熱では、そうした現象は通常起こらないということです。
風邪を引けば、熱も出ます。測定上41度になることもありますが、だからと言って、熱中症になる訳ではありません。
これはあくまで環境要因が主体で、体温が強制的に上昇する時のみ、起こり得る現象なのです。

汗で体温を下げられなくなると危険。適度に休息を

人間が高温から身を守る主な手段は、血液をなるべく皮膚の表面に分布させて、熱を外に逃がし、汗をかいて水を外に出して、体温を下げることです。

ただ、汗を多くかけば、当然身体は脱水になり、血液の量も減ります。この時に水分や電解質が補充されなければ、もう熱を逃がすことが出来なくなり、状態は悪化するのです。

この血液が足りない状態の最初のサインが、こむら返りやめまいの症状です。

従って、このサインを見逃さず、涼しい場所で休憩を取って、ポカリスエットのような電解質飲料で水分を補充すれば、症状は速やかに改善し、熱中症の進行は防げるのです。

暑い日にこむら返りが起きたら熱中症のサイン

ただ、往々にして、こんなことがあります。

小学生のお子さんが、夏の盛りにサッカーの試合をしています。途中でこむら返りを訴えるお子さんがいて、先生はそのお子さんを日陰で休ませ、水を飲ませて、足にマッサージをします。そのお子さんはすぐに回復するので、よしそれじゃ、と先生はそのお子さんを試合に戻します。

ところが…
その10分後にそのお子さんは意識を失い、倒れてしまうのです。

一体、何が悪かったのでしょうか?

そう、先生はただの疲労によるこむら返りと判断したのですが、これは実はⅠ度の熱中症だったのです。一時的に回復したように見えても、熱中症自体が治った訳ではありません。その状態で運動を再開すれば、当然より状態は悪化するのです。

熱中症の疑われる環境で、運動中にこむら返りが起こったら、たとえ症状はすぐに改善しても、決してすぐに運動を再開してはいけません。皆さんもご注意下さい。

湿度が高いと熱中症を起こしやすい

湿度の高い環境であると、それほどの高温でなくても、熱中症は生じ易いと言われています。それは何故でしょうか?

汗を掻くと皮膚に水が付きます。その水分が蒸発すると気化により熱を奪うので、皮膚温は下がるのです。それが湿度の高い環境にあると、水が気化出来ないため、皮膚温が上昇し易くなるのです。

Ⅱ度、Ⅲ度の熱中症

めまい、疲労感と共に、頭痛や嘔吐下痢を起こす場合も

さて、Ⅰ度の熱中症が改善されないと、病状は進行してⅡ度の熱中症になります。
めまいは悪化し、強い疲労感と共に、頭痛や嘔吐、下痢などが起こります。体温は概ね38度以上に上昇しています。

この状況で意識がなくなるのが、Ⅲ度の熱中症です。
Ⅱ度とⅢ度の境界はあまり明確ではなく、体温が38度以上に上昇して、吐き気や疲労感が強ければ、Ⅲ度に移行する可能性の高い状態と考えて、厳重な経過観察が必要です。

この場合、意識がしっかりしていれば、まず涼しい場所に運んで、足を少し上げて、頭を低くします。これは血圧が下がっている可能性が高いためです。
そして、洋服は脱がせて裸に近い状態にし、脇の下や首筋、股に氷嚢や冷えピタを置いて冷やし、皮膚には水を掛けます。
意識がはっきりしない徴候があれば、即坐に病院に運びます。

熱中症対応時の注意点

熱中症への対応における、幾つかの注意点です。

高血圧の薬を飲んでいる方は要注意!

高血圧の薬は高熱の環境下では、心臓の働きを抑える場合が多く、精神科の多くの薬剤や風邪薬には、抗コリン作用といって、汗を出し難くする作用があります。
ゾニサミドのような抗痙攣剤にも、汗をかき難くする作用があります。
従って、こうした薬剤を飲んでいる方は、熱中症に掛かり易いと考えて、通常以上の注意が必要です。

少しずつ身体を暑さに慣らすのがコツ

熱での順応には慣れがあります。つまり、少しずつ身体を慣らしてゆけば、同じ環境でも熱中症にはなり難くなるのです。
お仕事をされる場合には、1日1時間程度から始め、徐々に2週間くらいを掛けて、お仕事時間を増やしていくのが予防に有効とされています。
また、1日2時間程度クーラーの効いた環境下に入ることで、熱中症にはなり難くなる、との報告もあります。

予め水分と電解質を補充すること

熱中症になり易いような環境では、どのくらいの水分と電解質とを、補充するのが望ましいのでしょうか?

一般に最大の発汗量は1時間に1.5リットル程度で、この数値は年齢と共に低下します。
汗の中に含まれる塩分量は、実際にはかなりの幅があり、単純な推測は困難ですが、概ね1リットル当たり2~3グラム程度と考え、その半分くらいの量を補充することを心掛ければ、深刻な事態にはならないと考えられます。

ポカリスエットの塩分は、1リットルに1.2グラム程度。医療用の経口補水液(OS-1など)では、3グラムが含まれています。経口補水液は薬局等で購入が可能です。
1人暮らしのお年寄りなどでは、OS-1を1日500ml程度取るように、というような指示が行なわれていますが、これはまあ上記の理由で、妥当なものなのです。しかし、通常はポカリで代用しても大きな問題はありませんし、食事が摂れている、という条件下であれば、水やお茶のみで補充して、後で塩分が濃い目の食事、という順番でも別に問題はありません。

水分摂取はほどほどにとどめ、ミネラル補給も忘れずに

人間は基本的に血液より塩分が濃い汗は出さないのです。
汗をうんと掻くような条件下では、当然ナトリウムより水分の方を、より多く喪失します。従って、軽度の熱中症の状態では、まず水分を補充して、それから塩分の補充という順番で、考えて良いのです。身体のナトリウム濃度は、当然高い状態になっているからです。

問題は脱水を気にし過ぎて、大量の水分だけを摂ってしまうことで、この場合には血液が薄まって、今度は本当に低ナトリウムの状態になってしまうのです。
スポーツドリンクや経口補液を、予防的に使用することには注意が必要です。水分補充はほどほどに、というのが原則なのです。

意外に知られていませんが、汗には結構カリウムも多く含まれていて、汗を掻いた後にバナナが美味しいのはそのためです。ただ、これもあまり神経質に、カリウムの補充を考える必要はありません。

湿度が高く熱い日が続きますので、皆さんも充分ご注意下さい。

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36