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2020.12.30

コロナ禍の癌治療の遅れは、どれくらい生命予後に影響する?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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新型コロナウイルスの感染拡大により、院内感染が発生したり予定していた手術が延期になったりと、医療に大きな影響が出ています。進行性の癌など、速やかな治療が必要な病気の対処が遅れた場合、どの程度生命予後に影響は出るのでしょうか。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、British Medical Journal誌に2020年11月4日ウェブ掲載された、癌の診断後の治療の遅れが、患者さんの生命予後に与える影響についての論文です。

▼石原先生のブログはこちら

治療が遅れると進行してしまう癌

癌は進行性の病気なので、癌と診断された場合には、速やかに治療を行う必要があります。

ただ、たとえば手術が必要であるとして、病院で手術が可能な件数というものがありますし、手術を行うのは人間ですから当然順番に行うということになり、それなりの待機時間というものが必要になります。

通常の進行度の癌の場合、1週間や2週間の違いが生死を分ける、というようなことは考えにくいのですが、それが1ヵ月になり2ヶ月になるとどうか、というように考えると問題はそう単純ではありません。

治療の遅れが死亡率にどう影響するか

特に今大きな問題となっているのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響です。

院内感染が起これば病棟閉鎖や手術中止となりますし、そうしたことがなくても、新型コロナの診療を優先する観点から患者数が急増すれば、通常の手術件数は減らさざるを得ないというような状況が生じます。

実際にクリニックを受診されて、腎臓癌と診断されたある患者さんは、手術予定の病院で新型コロナの院内感染が発生したため、当初の予定が2ヶ月延期となってしまいました。こうした延期により、その患者さんの生命予後には、どれほどの影響があるのでしょうか?

臨床上では非常に重要な問題ですが、実際にはこれまでそうした点についての精度の高いデータはあまり存在していませんでした。

4週遅れるごとに死亡リスクが増えるケースも

今回の研究はこれまでの臨床データをまとめて解析した、システマティックレビューとメタ解析ですが、この問題についての1つの見方を提供しているものです。手術の遅れや集学的治療の遅れなど、様々な条件のデータを解析したところ、そのうちの13の条件で、治療の遅れによる有意な死亡率の増加が認められました。

データのあるのは、膀胱癌、乳癌、大腸癌、頭頚部癌、非小細胞肺癌の、5種類の癌ですが、その手術が4週遅れる毎に、死亡リスクは6~8%の幅で増加が認められました。乳癌が8%と最も高く、膀胱癌、大腸癌、頭頚部癌が6%、非小細胞肺癌のみ有意な増加は認められませんでした。

一方で、手術以外の放射線治療や集学的治療の遅延については、データにかなりばらつきが大きく、中では頭頚部癌に対する放射線治療が、4週遅れる毎に9%の死亡リスクの増加に繋がっていました。

コロナ禍でも適切な治療プランを

このように、特に乳癌の手術や頭頚部癌の放射線治療において、4週を超えて治療が遅延することでその生命予後に与える影響は大きく、こうしたデータを元にして患者さんに大きな不利益が生じないように、コロナ禍においての適切な治療プランが練られることを期待したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36