メニュー

2020.05.25

イベルメクチンは新型コロナウイルスに効くのか?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

記事画像

新型コロナウイルスに効果がある治療薬を模索して、たくさんの薬の検証が進んでいます。意外な薬が新型コロナウイルスに効く可能性もあるかもしれません。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Antiviral Research誌に2020年4月3日ウェブ掲載された、蟯虫症や疥癬の治療薬として使用されている、イベルメクチン(商品名ストロメクトール)の新型コロナウイルスへの効果を検証した、細胞レベルの基礎実験の論文です。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

イベルメクチンは寄生虫症等の治療薬

イベルメクチンというのは、日本の大村智先生が発見した、クラリシッドやアジスロマイシンと同じ、マクロライド系抗菌剤ですが、他のマクロライドのような抗菌活性はない替わりに、寄生虫に対する強い毒性を持ち、1980年代から、動物用の寄生虫症の治療薬として広く使用されています。

人間に対しては、蟯虫症などの寄生虫症、そして、ダニによる疥癬の治療薬として、保険適応の上使用されています。

イベルメクチンは寄生虫の細胞に存在する、クロライド(クロール)チャネルの阻害剤で、細胞の過分極を引き起こして寄生虫を死滅させると考えられています。

その一方このイベルメクチンは、培養細胞などを用いた基礎実験においては、HIV-1やデング熱ウイルス、インフルエンザウイルスなど、多くのウイルスに対する抗ウイルス作用を持つことが報告されています。

ただ、現状臨床において明確に抗ウイルス作用が実証された、ということはないようです。

新型コロナウイルスの増殖を抑える効果がある?

今回の研究はオーストラリアの研究者によるものですが、培養細胞を使用した実験において、細胞を新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染させ、その2時間後に5μMのイベルメクチンを培養液に添加したところ、未使用と比較して24時間後のウイルスRNA量は93%減少し、48時間後には5000分の1以下に減少したと報告されています。イベルメクチン濃度を変えた検証により、イベルメクチンの新型コロナウイルス感染に対するIC50(50%阻害濃度)は、2から3μMと計算されています。

それではどのようなメカニズムで、イベルメクチンは新型コロナウイルスの感染を抑制しているのでしょうか?

上記文献の著者らによると、細胞の細胞質で合成されたタンパク質を、核に運ぶインポーチンという乗り物のようなタンパク質があり、このインポーチンの働きを妨害することにより、ウイルス遺伝子の複製を抑えるのではないか、と推測しています。

細胞に感染したウイルスタンパク質の一部は、インポーチンの働きで核内に運ばれ、それがSTAT1というシグナル伝達系を介した、自然免疫の活性化を抑制するので、ウイルスの増殖が止められなくなってしまうのですが、そのウイルスタンパクの核内移行を妨害することで、ウイルスの増殖を抑えるという、やや回りくどいメカニズムです。

通常ウイルスなどが細胞に感染すると、それを細胞側が察知し、すぐに自然免疫系を活発にして、感染を押さえ込むような働きがあるのですが、コロナウイルスはその仕組みを抑えてしまうので、感染が止められなくなるのです。
そこでウイルスが利用しているのがインポーチンなので、それを阻害するイベルメクチンが、ウイルスの増殖阻害に有効だ、という理屈です。

お分かり頂けたでしょうか?

ただし、高濃度でないと役に立たない

いずれにしても、寄生虫に対して有効なクロールチャンネルの阻害とは、全く異なる作用がイベルメクチンにはある、ということになります。

ただ、問題なのはIC50で2.5μMという、イベルメクチンの濃度です。

通常人間の寄生虫症や疥癬で使用されるのは、体重1キロ当たり150から200μgという用量です。
血液濃度で2.5μMという濃度は、イベルメクチンを通常量で使用した場合のピークの血液濃度の、50から100倍という高用量です。

単純に考えると、通常の使用量でクロールチャネルの阻害作用は、生体でも認められるけれど、インポーチンを阻害するとなると、その50から100倍は使わないと役に立たない、ということになります。

実際デング熱に対してイベルメクチンを使用する臨床試験が、タイで行われたのですが、そこでは体重1キロ当たり400μgで3日間という、通常の倍以上の高用量が使用され、結果として臨床的有効性は示されませんでした。

ここまででは、イベルメクチン駄目じゃん、という気がします。

ただし、イベルメクチンを使用すると死亡リスクを低下させるという結果も

しかし、その一方で、ひょっとしたら、と思わせる臨床データが発表されています。
こちらです。(※2)

これはユタ大学とハーバード大学が発表した、短報みたいなもので、まだしっかりした論文、というようなものではなく、学会のポスター発表、くらいの感じのものです。

内容は2020年1月から3月に北米、ヨーロッパ、アジアの、169の病院のデータから、イベルメクチンを使用した新型コロナウイルス感染症の、704名の患者データを抽出して、イベルメクチン未使用のコントロール群704名と、他の条件をマッチングさせてその予後を比較検証したものです。
イベルメクチンは体重キロ当たり150μgが、1回のみ使用されているのが標準です。

その結果、総死亡のリスクはイベルメクチン使用群が1.4%に対して、未使用群は8.5%で、イベルメクチンは総死亡のリスクを、80%(95%CI: 0.11から0.37)有意に低下させていました。

この内容が報道などもされていて、イベルメクチンに画期的効果、というようなニュアンスなのですが、このレベルのデータなら、クロロキンとアジスロマイシンも凄いし、レムデシビルもアビガンも凄いんですよね。
患者さんを登録したような臨床試験ではなく、ただ、症例を集めて比較しただけのもので、それも治療法の確立していない感染症なのですから、条件など合わせられる訳もないし、本当に何とも言えないと思います。

抗ウイルス作用の有効性には疑問

今後日本でも臨床使用が行われるようですが、厳密な臨床試験のようなスタイルではなさそうなので、その有効性が確認されるかどうかは、極めて疑問のように思います。

イベルメクチンは確かに面白い作用の薬なのですが、寄生虫への有効性は確立しているものの、抗ウイルス作用は通常の50から100倍くらいの用量でないと、成立はしない可能性が高く、タイでのデング熱の臨床試験も失敗していることから考えて、それほどの期待は持てないように、個人的には考えています。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36