2023.04.02
新しい環境に適応しすぎると危険。新入社員に起こりやすい適応障害とは?【働く人のこころ処方箋】
令和2年労働安全衛生調査(実態調査)によると、過去1年間にメンタルヘルス不調を理由に連続して1ヵ月以上休業した労働者又は退職した労働者がいた事業所割合は、平均で9.2%でした。うつ病などのメンタル不調は、現代では誰にでも起こりうる身近な病です。
本連載『働く人のこころ処方箋』では、産業医・精神科医・健診医として活躍している井上智介先生に、心の健康を保つ秘訣を教えていただきます。
@ikue takizawa
新しいはウキウキ。時々、心の負担に
4月は、新生活や新学期などからイメージされるように”新しい”ことが目白押しのシーズンですね。会社のなかでも新入社員が加わったり、新規プロジェクトが立ち上がったり、あなたの周りの環境も大きく変わる時期でもあるでしょう。
“新しい”というのは気分をウキウキさせる反面、その環境に慣れるまで、それなりの負担もかかります。あまりにも負担が大きい状態が続くと、気分が晴れなかったり何をするのも億劫になってきたりします。
そこで改善ができればいいのですが、そのままその状態が続くと、朝から仕事に行こうと思っても体が重たくて布団から出られずに、ずっと気分がどんよりして、何もやる気が起きなかったり、職場に行っても仕事に集中できないなんてことが起こり始めます。体の面では、頭痛や吐き気、めまいや腹痛など多彩な症状に悩まされることもあります。いよいよ、これで生活や仕事に支障が出はじめると”適応障害”と診断されます。
適応障害は、”適応しすぎた”結果
皆さんは、適応障害という疾患にはどのようなイメージを持っていますか。もしかしたら”環境に適応できなかった人がなる病気”と思っている方も多いかもしれませんね。実は、それは間違いで、今の環境に過剰に適応をしつづけた結果、エネルギーが切れてしまったことによって、先のような様々な症状が引き起こされるのです。
適応障害は、「適応できなかった」のではなくて「適応しすぎてしまった」ことによる疾患なのです。とくに新入社員さんにとっては、変化が大きい時期。十分に注意が必要なのです。
適応障害とうつ病の違い
適応障害はうつ病ともよく混同されます。症状がオーバーラップするところもあるので、実際の臨床の現場でもきっちりと線引きは難しいこともあります。
しかし、適応障害はうつ病とは違ってストレスの原因がはっきりしており、そこから離れることで症状が回復する特徴があります。その対応が遅くなればなるほど、事態は深刻になり治療にも長期間かかってしまうので、社内でも早期に対応するのがポイントです。
大切なのは、緩めること
環境の変化に疲れている人がいたら、上司のあなたにできることは何でしょうか。それは、本人に”緩める”を誘導してあげることです。
適応障害になりやすい人は、責任感が強くてまじめな人も多いです。
「周りに迷惑をかけてはいけない…」
「弱音を吐いてはいけない…」
という考えに縛られて、自分からSOSを出すのが苦手な人も多いので、まずは、あなたのほうから、具体的なストレスの原因をヒアリングしてあげてください。
もし考え方が固くなっている様子なら
「100点は目指さなくても大丈夫」
「私も昔はよくミスしたから心配しないで」
「何かあっても私が責任を取るからね」
などの声かけで、安心して心を緩めてあげてください。さらに、こちらから業務の量や質にも気を配ってみてください。例えば、業務量を制限してスケジュールを緩めたり、お客さんとの交渉など複雑な対人業務を避けて緊張感を緩めたり。「本人から何も要望がなかったから、何もしなかった…」ではなく、上司のあなたが主導となってストレスの源から離れて心も体も緩めるように働きかけてみましょう。
心の負担を繰り返さないために
適応障害は、ストレスの原因がなくなれば、すぐに復活する人も多いです。ただ、本人の我慢強い性格上、また同じようなことを繰り返さないとも限りません。ストレスの原因がなくなってから、少なくても3ヵ月間は様子を見ることが重要です。
記事情報
引用・参考文献
著者プロフィール
井上智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医・健診医。
兵庫県出身。島根大学を卒業後、大阪を中心に精神科医・産業医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、一般的な労働の安全衛生の指導に加えて、社内の人間関係のトラブルやハラスメントなどで苦しむ従業員にカウンセリング要素を取り入れた対話重視の精神的なケアを行う。精神科医としてはうつ病、発達障害、適応障害などの疾患の治療だけではなく、自殺に至る心理、災害や家庭、犯罪などのトラウマケアにも注力。SNSや講演会などでも「ラフな人生をめざすこと」を積極的に発信中。主な著書に『職場の「しんどい」がスーッと消え去る大全』(大和出版)等がある。
制作
文:井上智介
写真:滝沢育絵