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2021.11.10

がんになっても働ける?働くがん患者さんが置かれている現状とは【がんと仕事:前編】

kencom公式ライター:森下千佳

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日本人の死因の第一位として知られる「がん」。かつては、「がん=不治の病死」というイメージで捉えられていましたが、医療の進歩により、今は「長い期間付き合っていく慢性疾患」へと変わりつつあり、働きながらがんの治療を受ける患者さんが増えています。

がん治療はどのように変わり、働きながら就労することにはどんな課題があるのか?がんと仕事の今を、国立がん研究センターがん対策研究所の土屋雅子先生に伺いました。

土屋 雅子(つちや・みやこ)先生

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国立がん研究センターがん対策研究所
医療提供・サバイバーシップ政策研究部

【プロフィール】
Chartered Psychologist(英国)、指導健康心理士、キャリアコンサルタント、(旧)国立小児病院研究助手、香港大学医学部助手、千葉大学看護学研究科特任研究員を経て、2015年から国立がん研究センターに勤務。これまでがん患者の就労支援に関する研究,資材開発,および研修等の講師として活動.

「働きながらがん治療」が増えている

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厚生労働省が発表した平成22年国民生活基礎調査に基づく推計によりますと、仕事をしながらがんの通院治療をしている方は男性14.3万人、女性18.1万人、計32.5万人です。がん患者全体の約80万人のうち約3人に1人は働きながら通院治療をしている計算になります。人生100年時代と言われる中、生涯現役となれば働き手も高齢化していくため、その数はさらに増加すると見込まれています。つまり、治療を続けながら働けるようによう、社会がサポートすることが当たり前の時代になりつつあると言っても良いと思います。

医療の発達により、入院日数の短縮や通院での治療が可能に

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平成14年には、平均35.7日だった入院日数は、近年では17日とかなり短くなりつつある一方で、外来患者数は増加傾向をしめしており通院しながら治療を受ける患者さんが増えていることがわかります。

こうした背景には、医療の進歩(放射線治療、内視鏡治療等)により、身体への負担が少ない治療が実現し、治療期間・入院期間が短くなりつつあることや、外来治療が可能になったことなどが挙げられます。また、これまで患者さんの大きな負担となっていた化学療法(抗がん剤治療)ですが、副作用自体が軽減される薬の開発、副作用をコントロールする技術の発達により、身体への負担が少ない治療が実現しつつあります。これにより、早期に社会復帰できる可能性も高まり、がんを治療しながら働き続けるという選択肢を選べるようになりました。

がんは「不治の病」というかつての負のイメージから、「誰もがかかる可能性のある、長く付き合う慢性疾患」へと変化しつつあると言えます。がんとの共生が、これからのあるべきがんとの向き合い方となっているのです。

がんを原因とした離職率は低下傾向

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しかしながら、がん患者さんを対象に行われたいくつかの就労実態調査から調査によると、2割〜4割ががんと診断された後に離職している事が分かっています。

国立がん研究センターでは、国のがん対策の進み具合やその効果を検証するため、3年ごとにがん患者の働き方の問題などを対象にした「患者体験調査」を実施していますが、その結果、平成30年度に実施した調査によると「がん治療のため、退職・廃業した人は2割」ほどいらっしゃいました。前回の調査では(平成26年度に実施)の何らかの理由で「退職・廃業した」人は全体の33.2%でしたので、全体としては改善傾向にはありますが、依然として2割の方が離職をされているのは課題だと言えます。

現職の継続を困難にしている理由とは?

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では、離職の最大の理由は何でしょうか?

内閣府が実施した「がん対策に関する世論調査」で、「現在の日本の社会は、がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働きつづけられる環境だと思うか」を聞いたところ、「そう思う」とする者の割合が27.9%、「そう思わない」とする者の割合が64.5%となり、仕事と治療等が両立がし辛い環境であると感じている人が、働き続けられると思う人の2倍以上という現状が示されています。なかでも、女性の方がその傾向が大きいこともわかります。

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両立を困難にする最大の要因については、「代わりに仕事をする人がいない、またはいても頼みにくいから」、「職場が休むことを許してくれるかどうかわからないから」及び「がんの治療・検査と仕事の両立が体力的に困難だから」が上位3要因という結果になっています。

ひとりで抱えすぎる前に、まずは職場に相談を

調査結果から分かるように、がんによる離職理由は悲観的なものが多いように思います。治療を開始する前に離職する人が多いのは、職場に病気のことを話す前に「理解してもらえないだろう。配慮してもらえないだろう」と、思い込んでしまうことも影響しているようです。

会社によって福利厚生や支援する内容は様々です。また、会社の就業規則からあまりにも逸脱した要望は、実現が難しいことがあるかもしれません。しかし、患者さんが自身の病状を丁寧に説明することで、職場側の理解も深まります。その結果、仕事量の調整や配置の転換などを提案されることもあるかと思います。ひとりで悩んで辞めてしまう前に、まずは「職場にきちんと話して理解してもらおう」という気持ちで周りのサポートを得て欲しいと思います。

治療と仕事の両立が、当たり前の社会に? がんと働く環境の未来

治療と仕事の両立の実現は、患者さん本人だけが頑張るものではなく、雇用主、医療者、ご家族など、色々な役割分担をしている人たちが一緒に取り組むべき問題だと思っています。特定の立場の人だけが変わるのではなく、みんなが少しずつ変われば、社会全体が変わっていきます。

これは、がんに限った問題ではありません。今後の日本は、高齢化から慢性疾患を抱える方が増えていきます。それに伴って、両立支援のかたちも、さらに大きく変化すると思います。皆が当たり前に、治療と仕事を両立しながら生活できるような社会になっていくと思いますし、実現するように私たちも支援をしていきたいと思っています。

次の記事では、がんになっても安心して働き続けるための心構えやポイントをご紹介します。

参考

著者プロフィール

■森下千佳(もりした・ちか)
フリーエディター。お茶の水女子大学理学部卒。テレビ局に入社し、報道部記者として事件・事故を取材。女性ならではの目線で、取材先の言葉や見過ごされがちな出来事を引き出す事を得意とする。退社後、ニューヨークに移住。当時、日本ではなかなか手に入らなかったオーガニック商品を日本に届けるベンチャー企業の立ち上げに関わる。帰国後、子宮頸がん検診の啓発活動を手がける一般社団法人の理事を経て現職。一児の母。

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