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2023.04.21

治療する?経過観察?前立腺癌の治療法毎の長期予後【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

癌の中でも予後が良いと言われる「前立腺癌」。痛みを伴う治療を積極的にするべきか、定期的に経過を観察するにとどめるかは迷うところです。

今回ご紹介するのは、the New England Journal of Medicine誌に、2023年3月11日ウェブ掲載された、前立腺癌の長期予後についての論文です。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

非常に予後が良いと言われる前立腺癌

前立腺癌は高齢男性に多く、予後の良い癌として知られています。

PSAという血液検査でスクリーニングすることにより、初期の前立腺癌が発見される機会が増加しましたが、その一方で局所に留まる前立腺癌は、その生命予後は非常に良く、特に高齢者に多い癌と言うこともあって、前立腺癌が存在したとしても、結果としてそのために死亡する人は、極少数に留まるということが次第に分かって来ました。

そのため、PSA検査で前立腺癌が疑われる数値であっても、すぐに積極的な生検などの検査は行わず、定期的に健康観察とPSAチェックを施行して、経過をみるという選択肢も合理性を持つようになりました。

過去に行われた大規模な臨床試験では

イギリスにおいて、1999年から2009年に掛けて、50から69歳の男性82429名にPSAを測定し、その後の経過を観察するという、大規模な前立腺癌についての臨床試験が施行されました。(※2)

当時の一般的な方針として、基準値を上回ったほぼ全例に、肛門から針を刺して組織を採取する、前立腺生検が施行され、その結果3.2%に当たる2664名に病変が前立腺組織内に留まる、局所の前立腺癌が見つかりました。

臨床試験においては、そこで患者さんをくじ引きで3つの群に分けます。

最初の群はすぐに治療は施行せず、PSAを最初の1年は3か月毎、それ以降は半年から1年毎に測定して、その数値が50%以上増加するか、それ以外の臨床所見から癌の進行が疑われる時のみ、治療を検討するという、積極的監視療法(active monitoring)で、2番目の群は前立腺を摘出手術する手術治療群、この場合癌の周辺への浸潤が否定出来ないケースでは、放射線療法が併用されています。

最後の群は放射線治療を行う放射線治療群で、3から6か月の男性ホルモンを低下させるホルモン療法が併用されています。

治療群への振り分けは1643名が対象となり、545名が積極的監視群、553名が手術群、545名が放射線治療群です。

その治療後15年の長期予後を検証

今回のデータはその治療後15年という、長期予後を検証したものです。対象患者のうち98%に当たる1610名が最終的に解析されています。

患者の21.7%が15年の間に死亡していますが、前立腺癌による死亡は2.7%でした。群毎の前立腺癌による死亡率は、積極的監視群で3.1%、手術群で2.2%、放射線治療群で2.9%でした。病変の進行が認められたのは、積極的監視群で25.9%、手術群で10.5%、放射線治療群で11.0%でした。

このように、局所の前立腺が診断されても、適切な経過観察や治療を行えば、その癌によって亡くなる人は15年で3%未満です。

治療を行った方が確かに癌の進行は抑えられますが、治療をせず観察のみを行っても、適切に医療介入が可能な環境を維持すれば、3分の2の患者さんは何もなく天寿を全うする可能性が高いのです。

適切に観察すれば、治療せずとも天寿を全うできるかも

この試験が施行された時点と比較すると、MRI検査などによるリスクの高い事例の絞り込みにより、不要な生検は減少していると想定されます。

イギリスでは現状PSA検診は事例を絞って施行し、疑い事例においてはMRI検査による絞り込みが、積極的に行われているようです。

日本では検査を希望される人が多いという環境もあって、PSA検査を施行する対象の絞り込みや、適切なリスクについての説明、二次検査におけるMRI検査の施行などは、まだ乖離があるように思いますし、ガイドラインには記載はされていても、二次検査については専門医の判断に委ねられている部分が大きく、医療機関によっても対応には差があるようです。

今後より科学的データを元にしてガイドラインが整備され、適切に検査や治療、観察が施行されることを期待したいと思います。

記事情報

参考文献

著者/監修医プロフィール

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36