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2016.09.09

日本の伝統薬って知ってる?胃弱な日本人を支えてきた薬がスゴイ

kencom編集部

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皆さんは「伝統薬」と聞いて何を連想しますか?伝統薬とは昔から広く民間で使われてきた薬で、TVCMなどで知られる「正露丸」や「龍角散」も伝統薬のひとつです。

日本各地には、全国的な広告で知る機会は少ないものの、家庭の薬箱に常備され世代を越え愛されてきた伝統薬が数多くあります。夏の終り、老舗の漢方薬局、東京・品川の「薬日本堂」にて開催された「夏の漢方イベント」では、全国から伝統薬メーカーが集合。自社の歴史や主力製品の展示を行いました。今回は、全国の伝統薬についてレポートします。

人が草木を食べるなかで「効き目」を試して生まれた生薬

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会場となった薬日本堂「漢方ミュージアム」では、漢方の考え方や漢方の薬物学である「本草学」の成り立ちなどを、実際の処方に使う「生薬」を見て知ることができます。

漢方ミュージアムによると、人は農作物を自ら栽培するようになるずっと前、野山に自生している草木の実、木の根などを食べていました。そうする中で体調の変化を感じ、そこから薬物療法、そして生薬に発展したということ。

伝統薬は、古来より体への効き目で評価されてきた「生薬」と、門外不出となるほど重要な「配合」、すなわち薬のレシピによる複合効果が民間で認められ、広く使われてきた薬です。現在においても防腐剤や保存料などが含まれていないものが中心です。

古くから伝わる日本全国の伝統薬が集合!

陀羅尼助丸:胃弱な性質の日本の胃腸薬

本イベントには、1,300年も前に吉野山(奈良県)で生まれた胃腸薬「フジイ陀羅尼助丸(フジイだらにすけがん)」をはじめ、胃腸薬も複数が展示されました。日本で生まれた伝統薬には、“胃腸薬”が多いといいます。背景として日本人には胃腸の不調が多く、漢方ではその原因を風土や日本人の気質によるものとみています。

胃腸全般を「脾(ひ)」といい、梅雨から夏は「脾」の働きを鈍らせ、冷たい飲み物を飲んではまた「脾」を冷やして、胃痛や下痢を起こしてしまう。さらに日本人の繊細な性質は「脾」をいため、食欲不振や消化不良の原因になっているそうです。
ここでは、生薬で作られた伝統的な胃腸薬を中心に紹介していきます。

「御嶽山日野百草丸」:薬草の宝庫、御嶽山で生まれた胃腸薬

長野県の「日野製薬株式会社」のブースでは、主力商品の「御嶽山日野百草丸(おんたけさんひのひゃくそうがん)」をはじめ、キハダという木の内皮を主原料とした製品が展示されました。

伝統薬は「生薬の微妙な配合により効果が違う『配合の妙』がある」。そう語るのは、日野製薬代表の井原正登さん。前述の「陀羅尼助丸」と同じくキハダを主原料としながら、独自の調合で製造した「百草丸」は生薬100%です。「百草(ひゃくそう)」とは、キハダの内皮を煮詰めたエキスのことで幕末より家伝薬として御嶽山信仰とともに広まりました。

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キハダは、生薬名で「オウバク」とも言い、漢薬の1つでありながら日本では漢方が伝来するはるか前の縄文時代から薬として用いられていたと言われています。薬事法制定以前、「百草」はこのように竹の皮に包んで販売されており、現在は下の写真のチョコレートのような板状の形で販売されています。

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現在、国内産のキハダは大変希少で、中国や朝鮮からの輸入がほどんどとなっていますが地元の山林では植樹も始まっているとのこと。日野製薬では、錠剤の「百草錠」も発売するなど現在もキハダの新たな可能性を追求しています。

また、「普導丸(ふどうがん)」という、めまいや乗り物酔い、二日酔いを緩和する丸薬はパッケージに記載の薬効のほか「『更年期障害が和らいだ』という声もいただいており、もっと女性らしいパッケージに変えた方がいいのでは?と言われたこともある」(井原正登さん)とのこと。キハダのほか、生理不順を治療する漢方薬にも入っている生薬の、川芎、当帰、などが配合されているため婦人科系の症状にも効果が期待できるというわけです。

「萬金丹」:室町時代から伊勢神宮前に店を構える「伊勢くすり本舗」の主力製品

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三重県・伊勢の伊勢神宮前に、600年前の室町時代から営業を続ける「伊勢くすり本舗」。主力製品は、胃腸薬の「萬金丹(まんきんたん)」です。

三重県の伊勢は、いくつもの街道が通る交流の地。「萬金丹」は、街道を行く武士の懐中薬としても人気でした。センブリなどの日本の植物に加え、当時インドネシアから船で輸入されてきたアセンヤクを配合。当時としてはこれまでに無かった成分で室町時代の「新薬」です。

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「百毒下し」(明治時代):時代劇「JIN ‐仁-」に登場した、松本良順が処方

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伊勢の街道では、伊勢神宮の参拝者だけでなく医師や本草家も行き交い、滞在中に薬の処方も多くなされたといいます。数年前テレビドラマ化された、時代劇「JIN -仁-」に登場した松本良順(松本順)もそのひとりですが、その松本の処方した「百毒下し」は、ダイオウ・甘草、アロエ、桂皮などを配合した便秘薬です。当時は、軍医界の重鎮として有名だった松本良順が処方したとあって、生産が追いつかないほど人気だったそうです。

伊勢くすり本舗では現在生産を終了しており、一部成分を刷新して「おはらい丸」として今に蘇っています。

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このような薬は、特別階級の人物にしか手に入れられないと思いきや、江戸時代では庶民が薬を買う財力を持ち、様々な薬を買い求めていたといいます。そして薬の処方も発展。今は罹ることの少ない脚気や淋病など“はやり病”の薬も製造されました。抗生物質など西洋薬が日本に入る前、人々のセルフメディケーションを支えてきたと言えます。

伝統薬を支える生薬には、1g15,000円の希少な原料も!

麝香(ジャコウ)、犀角(サイカク)など希少な成分も

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伝統薬は、薬草だけでなく中国、アジア地域に生息する、動物を原料とした動物薬をも原料にします。身近なところでは、セミの抜け殻「蝉退(せんたい)」や牡蠣の殻「牡蠣(ぼれい)」があります。

しかし、現在はワシントン条約(希少動物の国際間取引を規制する条約)の制約下にあり、日本には昭和55年(1980)以降、日本に入ってこない成分も多く存在。その一つが、「シャネルの5番」に、かつて配合されていたことで有名な、「麝香(じゃこう)」。日本には生息しない麝香鹿から採取し、現在日本への輸入は全面的に禁止されています。

写真の、サイの角「犀角(サイカク)」も一切日本に入ってこない生薬です。これらは、1g、1万円~1万5,000円の値が付く希少価値があり、現在の処方を維持するためにはこれまでの備蓄で製造を続けています。

先人が病の治癒を自然に求めて得た、「配合の妙」も時代と共に変化を求められているのです。

良質な生薬へのこだわり、日本人に合った薬づくり

「薬は原料が命。薬は広告でなく、実際の効果で売れるもの」というのは京都の伝統薬メーカー亀田利三郎薬舗に伝わる言葉。派手な広告はなくとも、数世代に渡って愛されてきた理由は。良質な成分・配合など守るべきものと、変えていくものを柔軟に対応させてきたからでしょう。

薬日本堂・広報の村上奈津美さんは、
「伝統薬が支持され続ける理由は、家庭の常備薬として人から人へ、その良さが受け継がれてきたこと。そして各社が日本人の体に合った薬を作り続けて来られたことが大きいのでは」と語ります。

「冬病夏治」を実践して、年中病気になりにくい体に

夏の終わりの「夏の漢方イベント」。夏の疲れを癒す、七味唐辛子作り、和漢茶作りなどの体験イベントも多くの来場者でにぎわっていました。

漢方の考え方には、「冬病夏治」という考え方があります。冬に冷えた体、かかった病を陽気な夏のうちに治しておくことで、冬の病を緩和し1年中病気にかかりにくい体調に整えていくというものです。

病気を治すというより、体を根本から元気にする考え方をもって作られるのが伝統薬。秋・冬を前に、胃腸の状態やや血の巡りを整えて未病を防ぐ、日本古来のセルフメディケーションを実践しても良いかもしれません。

参考文献

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