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2023.06.05

認知症の進行は20年前から始まっている。認知症予備軍MCIとは?

kencom公式ライター:村岡祐菜

記憶障害をはじめとしたさまざまな症状をきたす認知症。「自分の親が認知症になったらどうしたらよいのだろう」「自分も将来認知症になるのではないか」と不安に思っている方が増えています。

今回お話を伺ったのは、鳥取大学医学部で教授をされている浦上克哉先生です。「認知症は発症してから治療するのではなく、予備軍の段階で予防対策をすることが大切」とのこと。認知症予備軍とはどのような状態なのか、早期発見のポイントなどについて解説していただきました。

浦上克哉(うらかみ・かつや)先生

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日本認知症予防学会代表理事・鳥取大学医学部教授
1983年に鳥取大学医学部医学科を卒業・同大大学院博士課程修了後、同大の脳神経内科に勤務。2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2022年4月より鳥取大学医学部認知症予防学講座教授に就任。2011年に日本認知症予防学会を設立、初代理事長に就任し現在に至る。著書に『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』(PHP新書)『すぐに忘れてしまう自分が怖くなったら読む本 認知症を予防・克服する新習慣!』(徳間書店)がある。

脳の神経細胞が徐々に死んでしまう“認知症”

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認知症とは、脳の神経細胞が死んでしまう病気です。実は認知症は1つの病気ではなく、原因によって約100種類にわかれています。なかでも代表的なのが、以下に挙げる4種類です。

・アルツハイマー型認知症
・レビー小体型認知症
・血管性認知症
・前頭側頭型認知症

血管性認知症以外の3種類は、脳のなかに特殊なタンパク質が蓄積することで、脳の神経細胞が弱り、最終的には死んでしまいます。血管性認知症は、脳出血や脳梗塞などの病気により、脳に血液が循環しなくなってしまうことが原因です。基本的に認知症は、脳に溜まるタンパク質の種類によって細かく分類されています。

認知症は、65歳を過ぎてから発症頻度が増える病ですが、このタンパク質は、20〜30年かけて、少しずつ脳に溜まっていくことがわかっています。逆算すると、30代後半、40代から認知症対策を始める必要があるのです。

軽度認知障害(MCI)は認知症の予備軍

軽度認知障害(MCI)とは

健康な状態の人が認知症を発症する過程で必ず通る、認知症への移行状態のことを軽度認知障害(MCI)と呼びます。認知症の軽い状態である“軽度認知症”と名前は似ていますが、異なる概念です。MCIは軽度認知症になるさらに前段階を指しています。

MCIは非常に認知症の発症リスクが高い状態で、何も対処をせずに放っておくと3〜5年で認知症に移行すると言われています。だからこそ、MCIの段階で早く気づいて、認知症の予防対策を打つことが大切なのです。

認知症とは

脳の神経細胞が死んでしまう病気で、発症した段階で神経細胞の8割以上が死んでしまっていると考えられています。現在の医療では、一度死んでしまった神経細胞を蘇らせることはできません。認知症を一度発症してしまうと、健康な状態に戻すことは不可能なのです。

ただしMCIの段階であれば、神経細胞は弱ってはいるもののまだ生きています。適切な予防対策をとることで、健康な状態に戻したり、MCIの状態で留まらせることができるかもしれないのです。

MCIと認知症の境界線は曖昧

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MCIと認知症の間には、実は明確な境界線がありません。認知症かどうかを判断する基準は「日常生活に支障があるかどうか」であり、支障をきたすかどうかは仕事内容や生活スタイルによって個人差があるためです。

たとえば30〜50代の働き盛りの方が認知症を発症した場合、記憶障害は仕事に大きな影響を及ぼすことになるでしょう。一方で、80代や90代の場合は、身の回りのことが問題なくできていれば、生活に大きな支障は及ぼさないかもしれません。

また、30〜50代であっても、頭を使うような仕事なのか肉体労働のような仕事なのかによっても、記憶障害が生活に支障をきたすタイミングは異なると予想されます。認知症と診断されるタイミングが人によって異なるため、MCIと認知症の境界線は曖昧なのです。

MCIは“今までとの違いに気がつくこと”で早期発見できる

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MCIは認知症の前段階であり、発見するのが非常に難しいのも事実です。よく観察していなければ「最近、もの忘れが多いな…」と思い、見過ごしてしまう可能性もあることでしょう。MCIに気づくためには、以前の行動と比較して“変化”に着目することがポイントです。

たとえば、
・忘れなかったようなことを忘れるようになった
・今までにないミスをするようになった
といったことが挙げられます。

また、以前に比べて外出の頻度が下がるのも、MCIの特徴です。MCIではもの忘れの症状が出ることで、スムーズに目的地へたどり着けなくなってしまったり、どこへ向かおうとしていたのかわからなくなってしまったりといったことが起こりえます。結果的に外出するのが億劫になり、出不精になってしまうのです。

MCIの段階では、本人がもの忘れをしていることや今までできていたことができなくなっていることに気づけるため、自分の変化に落ち込んでしまうこともあります。認知症の症状には意欲の低下やうつっぽい状態も含まれていて、人によっては気持ちの落ち込みがMCIの段階でより強く現れるケースもみられます。いずれにしても、今までと違う様子にいち早く気づくことが、早期発見のポイントです。

新薬の登場で今後の認知症治療はどう変わる?

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2023年に入り、認知症の新しい治療薬である“レカネマブ”がアメリカで承認されました。レカネマブは認知症のなかでも、“アルツハイマー型認知症”の患者さんに対して使われる治療薬です。とくに、MCIと軽度認知症の方が対象になっています。

レカネマブが登場したことで、今後の認知症治療は大きく変化することが予想されます。今までの薬は認知症を発症してから飲み始め、進行を遅らせることや症状を軽くすることしかできませんでした。レカネマブが登場したことで、MCIのうちから治療を始められるようになり、病気の経過を変えられる可能性が出てきたのです。

MCIも治療の対象になったことで、今後はMCIの概念がさらに広まっていくのではないかと考えています。また、認知症の診断基準も「日常生活に支障をきたすか」といった曖昧なものではなく、薬による治療の対象になるかどうかを見極められるような明確な基準へと変わっていくのではないでしょうか。

MCIについて理解を深め、早期発見に役立てよう

認知症の研究や新薬の開発が進むにつれて、"認知症予備軍”の段階であるMCIの概念が、少しずつ世の中に広がってきました。一度認知症を発症してしまうと後戻りはできませんが、MCIの段階で気づけば認知症の発症を予防できる可能性が高まってきたのです。

自分の親世代や、将来的には自分自身が発症するかもしれない認知症。できる限り早期の段階で気づいて、予防対策を立てたいものですね。

■今回のお話を伺った浦上克哉先生の著書

『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』浦上克哉・著 PHP新書

『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』浦上克哉・著 PHP新書

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著者プロフィール

村岡祐菜(むらおか・ゆうな)
薬剤師・フリーライター
千葉大学薬学部薬学科卒業後、薬局薬剤師として約4年間勤務後、ライターとして独立。現在は不定期で薬局薬剤師として現場に入りつつ、医療関連のコラム制作や取材記事の制作に関わる。専門知識を一般の方にもわかりやすく伝える文章を書くのが得意。

制作

監修:浦上克哉
取材・文:村岡祐菜

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