メニュー

2021.09.20

モチベーションが上がる仕事は認知症を予防する?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

記事画像

定年を迎えて仕事をしなくなると、とたんに認知症を発症するという話はよく聞きます。仕事には認知症発症を予防する効果があるのでしょうか。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、British Medical Journal誌に、2021年8月18日ウェブ掲載された、仕事の質と認知症のリスクについての論文です。

▼石原先生のブログはこちら

頭を使うことで認知症が予防できるか

どの職業が認知症になりやすい、というようなものは、一般向けの面白トリビアとしては昔から結構あるのですが、それほど科学的根拠のあるものではありません。

ただ、今回の検証は職業的ストレスモデルに基づいて、仕事の区分けを行なってそれを一種の「脳トレ」と考えている点がユニークで、検証もこうしたものとしては精緻に行われているという印象です。

認知症予防には常に脳を使え、というようなことは誰でも体感的にそうかなと思うところですし、実際に「脳トレ」のようなソフトが広く使用されているのも、「脳を使うことによって認知症を防ぐ」という目的があることは間違いがありません。

ただ、実際には信頼性の高い臨床研究において、「脳トレが認知症の予防になる」という知見が得られたことはありません。

少数例の検証で、脳トレをすることによって記憶力の指標が改善した、というようなものはあるのです。ただ、それは一時的な効果であって、それが持続して認知症の予防に繋がる、というようなことは言えないのですね。

こうした趣味的なものでは、やはり認知症の予防にまでは結び付かないのではないか、というのが現状の認識なのです。

仕事には認知症予防効果がある?

そこで注目されるのが「仕事」の効果です。よく定年を迎えた仕事人間の男性が、退職して間もなく認知症を発症する、ということがあります。

これは仕事をしている状態で脳が刺激されていたのが、仕事をしなくなることでその刺激がなくなり、認知症の発症に繋がったのでは、というような説明をされることが多いと思います。

つまり「仕事」には一定の認知症予防効果があるのでは、ということをこの事実は示唆しているのです。

ただ、どんな仕事でもそうした効果があるのか、と言う点については疑問です。

モチベーションの高い仕事と低い仕事で認知症リスクを調査

今回の研究では1つの仮説として、仕事の要求が大きく職務裁量も大きいような仕事を、「認知刺激療法」として機能する仕事と仮定して、それを仕事の要求も職務裁量も小さな仕事の従事者と比較し、認知症の発症リスクの検証を行なっています。

これはJob Demand-Controlモデルと言われるものを元にしているのですが、要求される仕事の量が多く、それをコントロール出来る裁量が、職場で認められている仕事を「active job」として、モチベーションの上昇する仕事とし、逆に要求される仕事量も少なく、裁も少ない場合を、「passive job」として、モチベーションは低下し、ストレスにも過剰に反応しやすい状態になる、と分析しているものです。

欧米の7つの疫学研究に含まれる、トータル107896名の住民データを解析したところ、モチベーションの高い仕事に従事していた住民では、1万人当たり4.8人という認知症の罹患率に対して、モチベーションの低い仕事に従事していた住民では、1万人当たり7.3人という罹患率で、ここから年齢などの因子を補正した結果、モチベーションの高い仕事による認知刺激は、認知症の発症を、23%(95%CI:0.65から0.92)有意に低下させている、という結果が得られました。

更に認知症の発症リスクになる、糖尿病などの疾患の影響を補正しても、18%(95%CI:0.68から0.98)の低下が有意に認められました。

この認知症予防効果は、登録後10年以内でも40%(95%CI:0.37から0.95)の低下が認められ、10年以降では21%(95%CI:0.66から0.95)の低下が認められました。

更に認知症のリスクになると想定されている、脳神経の再生(軸索形成やシナプス形成)を、阻害する働きを持つ複数の蛋白質の血液濃度との関連を見ると、モチベーションの高い仕事では低い仕事と比較して、そうした蛋白の濃度は低下していて、その高値と認知症の発症との間には関連が確認されました。

仕事と健康のいい関係を

このように、モチベーションの高い仕事には、認知症の発症リスクを低下させる可能性があり、確実とは言えませんがそれが血液中の神経再生を阻害する蛋白の低下と、関連している可能性が示唆されました。

今後長期的に考えると、単純作業で指示の通りに業務をこなすだけのような仕事は、ITやロボットなどの技術で人間の手から離し、人間は負荷は大きくとも裁量も大きくて、創造的でモチベーションの高い仕事に従事すれば、それが認知症の予防にもなる、ということになるかと思いますが、何をもってモチベーションの高い仕事とするか、というのはかなり恣意的な部分もありますし、一歩間違えば職業差別に繋がるところもありますから、その判断は非常に難しいところです。

ただ、1つ言えることは、一番人間が時間を割いて行っている「仕事」というものは、それが上手く機能してくれれば認知症の、最も効果的な予防になるという事実で、この事実が労働環境の問題を含めて「仕事と健康」という問題を、より良い方向に進めるきっかけになることを期待したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36