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2023.06.02

ベムペド酸は心血管疾患の予防ができる?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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食の欧米化や生活習慣の乱れから、コレステロールの値が高くなりやすい現代。動脈硬化が進行すると、脳卒中や心血管疾患の原因となり生命維持にも関わる怖い病気です。

今回ご紹介するのは、the New England Journal of Medicine誌に、2023年4月13日付で掲載された、新規コレステロール降下剤の有効性についての論文です。

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臨床のスタチン使用の現状

コレステロール降下剤の主役は、所謂スタチンと呼ばれるタイプの薬です。アトルバスタチンやプラバスタチン、ロスバスタチンなどがその代表で、コレステロールの合成酵素を阻害することにより、強力にLDLコレステロールを低下させ、心筋梗塞などの心血管疾患の、再発予防効果も確認されています。

ただ、スタチンには、新規糖尿病の発症リスク増加や、筋肉痛や筋脱力などの、筋肉系の有害事象が多いという特徴があり、スタチン治療の適応と考えられても、その継続が困難な患者さんが一定レベル存在しています。

実際にはスタチンを本当に使用出来ないという患者さんは、極少数に留まるという報告が多いのですが、軽度の筋肉痛などの症状で、臨床的には継続することは可能であっても、患者さん自身の不安や拒否感が強く、現実には継続が困難であることが多いことも知られています。

スタチンとベムペド酸の違い

それでは、スタチンと同等の有効性を持ち、コレステロール低下作用のみならず、心血管疾患の予防効果も併せ持って、スタチンが継続困難な患者さんにも、安全かつリーズナブルに、使用可能は薬はないのでしょうか?

その候補として今注目されているのが、今回ご紹介するベムペド酸(Bempedoic Acid)です。ベムペド酸はATPクエン酸リアーゼ(ACL)、という酵素の阻害作用を持つ薬です。この酵素はコレステロールの合成に関わる酵素で、この酵素を阻害することにより、血液中のコレステロールは低下します。

このメカニズム自体は、スタチンと同じなのですが、スタチンはHMG-CoA還元酵素という酵素を阻害するのに対して、ベムペド酸はそれより初期段階の酵素であるACLを阻害する、という点が違うのです。

もう1つのポイントはベムペド酸は、そのままで効果を示す薬ではなく、細胞の中にあるASCVL1という酵素により代謝を受けることで、初めてその活性が生じる、という性質があることです。こうした薬をプロドラッグと言います。

ASCLV1は肝臓の細胞に潤沢に存在しているので、ベムペド酸は肝臓の細胞で働いて、コレステロールの合成を抑えます。その一方で膵臓の細胞や筋肉の細胞には、ASCLV1が存在していないので、筋肉や膵臓ではこの薬は働きを示さず、そのため糖尿病や筋肉系の有害事象を、スタチンのようには起こさない可能性が想定されるのです。

それではこの薬はどの程度の有効性を持ち、本当にどの程度の安全性があるのでしょうか?

ベムペド酸の有効性を検証

今回の臨床試験はベムペド酸の有効性を評価する目的で、心血管疾患のリスクが高く、スタチンの適応であるものの、副作用などの原因でスタチンの使用が困難な13970名の患者を、世界32か国で登録し、くじ引きで2つの群に分けると、患者にも主治医にも分からないように、一方は毎日180㎎、ベムペド酸を使用し、もう一方は偽薬を使用して、中間値で40.6か月の経過観察を施行しています。

その結果、ベムペド酸の使用により、LDLコレステロールは21.1%に当たる29.2mg/dL低下し、心血管疾患による死亡と、心筋梗塞、脳卒中、心臓カテーテル治療を併せたリスクは、13%(95%CI:0.76から0.96)有意に低下していました。有害事象としては、痛風と胆石症のリスク増加が認められました。

有効性はあるが、飲み合わせや副作用について更なる検証が必要

このように、ベムペド酸は高力価のスタチンほどの、コレステロール低下作用はありませんが、中力価のスタチン治療に匹敵する効果を持ち、このコレステロール低下作用に、ほぼ見合った心血管疾患の予防効果も確認されました。

その有害事象としては、以前より指摘のある痛風と胆石症が認められ、その使用時には胆石の有無や尿酸値に、注意する必要があると考えられます。またこれまでの他の臨床データより、腎機能の低下や腱断裂が報告されている点にも注意が必要です。スタチンとの併用はあまり想定はされていませんが、シンバスタチンとプラバスタチンの血中濃度を上昇させ、フェノフィブラート以外のフィブラート製剤は、胆石症のリスクを高める可能性があることより、原則禁忌と考えられているようです。

この薬は理論的にはスタチンのような、糖代謝や筋肉系の副作用は生じない筈なのですが、実際にその点がどうなのかについては、今後より多数例で長期の臨床観察が必要であると考えられます。ベムペド酸の使用は、スタチンが使用困難な患者さんにおける選択肢として、非常に有望なもので、近い将来に日本でも発売されると思いますが、その安全性を含めた評価については、今後の検証を待つ必要がありそうです。

記事情報

参考文献

著者/監修医プロフィール

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36