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2022.05.11

私を新たな世界へと導いてくれた「失敗」とは【暮らしと余白 vol.4】

料理家・真野 遥

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この2年間、日々の暮らしや働き方について、改めて見つめ直した方も多いのではないでしょうか。自分にとっての心地よさ、丁度よさとはどんなものなのか。そんな疑問をひとつひとつ紐解き、自身の思いをSNSを通して綴られている方が、料理家の真野遥さんです。

コラム4回目の今日は、発酵の世界へと足を踏み入れたきっかけとなった「失敗談」について綴っていただきました。

私を発酵の世界に導いた「失敗」

人は誰しも、できるだけ失敗せずに人生を歩みたいもの。しかし、生きていれば必ずどこかで失敗することがあります。失敗するのは嫌なことですが、失敗から生まれる余白もあるのではないかと思うのです。

実は、私が発酵食を本気で勉強するようになったのは、とある失敗がきっかけでした。

甘酒作りは、麹とおかゆを混ぜる方法もあります

甘酒作りは、麹とおかゆを混ぜる方法もあります

失敗したのは、麹で作る甘酒。

麹甘酒は、麹と水を混ぜて60℃前後で保温することで、麹の持つ酵素「アミラーゼ」が米のデンプンをブドウ糖に分解し、甘味が生まれます。アミラーゼが働きやすい「60℃前後」という温度が重要なのですが、無知だった私は「温めれば大丈夫だろう」と、こたつに入れて一晩保温させてしまいました。

すると、嫌~な腐敗臭が……。

それもそのはず、こたつの中の40℃くらいの温度帯は、アミラーゼが働きにくい上に雑菌が繁殖しやすく、甘酒になる前に腐敗してしまったのです。

ろくに調べもせずに作ろうとした私がいけないのですが、簡単だろうと思っていた甘酒作りに失敗したことにショックを受けました。

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しかし、それと同時に好奇心が湧き、「なぜ失敗したのか?菌はどんな働きをしているのか?」ということが気になり、発酵を本格的に勉強するように。本や論文を読み漁り、勉強会や醸造所に通い、東京農業大学醸造学科の研究室に通って学んだりもしました。

麹を顕微鏡で観察し、実際に胞子を観察することができました

麹を顕微鏡で観察し、実際に胞子を観察することができました

研究室では、先生に話を聞いたり、麹や発酵食品を持ち込んで顕微鏡を覗いたり、菌の培養をしたりし、発酵の奥深さと難しさを知りました。

失敗を失敗で終わらせるのが、本当の失敗

失敗は、失敗で終わらせてしまえばただの失敗ですが、失敗から学び、反省し、次に活かせば、むしろ成長の起爆剤になります。失敗の悔しさは自分を奮い立たせ、好奇心を刺激し、新しいことに突き進む原動力になる。失敗することは、ラッキーなことだと思っています。

ちなみに、発酵食品作りは今でも失敗の連続です。

右側が見事に納豆になっています

右側が見事に納豆になっています

「テンペ菌」というカビの一種で大豆を発酵させる「テンペ」という発酵食品は、納豆菌との戦い。初めて作った時は、半分テンペに、半分納豆になってしまいました。

テンペは、作り方だけ見ると簡単そうに見えるのですが、味噌のように塩を使わず、様々な菌にとって快適な30℃程度の温度で発酵させるため、雑菌に汚染されやすいのです。 面倒に思える「酢水で大豆を浸水する」という工程も、大豆を吸水させる過程で雑菌を繁殖させないための大事なポイント。私はお酢をケチって真水で大豆を浸水してしまったのが失敗の一番の原因だったようです。

失敗を通じて、なぜお酢が必要なのかを強く実感しました。反省……。

上手くいくコツよりも、失敗談の方が役に立つ

テンペの失敗経験のように、成功するためには失敗パターンを知ることも大切です。

知り合いの醸造家さんから聞いて印象的だったのが、「味噌仕込み会を開くと、みなさん"成功談"よりも"失敗談"の方に聞き耳を立てるんですよね」という話。「どうすれば成功するのか?」という情報の裏には、「どうすれば失敗するのか?」という情報が隠れているはず。そして、失敗する要因を知っていた方が、成功の確率は上がるはずです。

私も、料理教室では失敗談を積極的に話すようにしています。例えば、『発酵食品 × ポテトサラダ』は、要注意な組み合わせ。

ポテトサラダに酒粕を入れたところ、1時間ほど置いたらドロドロに溶けてしまったことがあるのです。

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これは、酒粕に含まれる酵素がじゃがいものデンプンを分解してしまったため。

甘酒の場合は酵素が甘味を出す良い働きをしてくれるのですが、ポテトサラダでは酵素が悪い方に働いてしまいます。

そして、酒粕に限らず、他にも酵素の働きが強い発酵食品(生の塩麹や味噌など)をポテトサラダに入れると、同じ現象が起きてしまいます。ポテトサラダと発酵食品は一緒に味わうにはとても相性が良いのですが、酵素の扱いだけは要注意…!!

おいしいものには、失敗の歴史がある

発酵食品は、先人たちの失敗の積み重ねの結晶のようなもの。 味噌も醤油も日本酒も、微生物の存在が見つかるずっと前からあります。

発酵のメカニズムも分からない中で、きっと数えきれない程のトライアンドエラーが繰り返されてきたのでしょう。目に見えない菌の働きによる変化を観察し、五感をフル動員し、失敗と成功の傾向や原因を探ってきた結果、醤油や味噌、漬物、日本酒など、様々なおいしい発酵食品が味わえているわけです。

先人の知恵と努力に感謝ですね。

一昨年初めて手作りした醤油。手間の割に取れ高の少なさに驚き

一昨年初めて手作りした醤油。手間の割に取れ高の少なさに驚き

今は、あらゆるものが分析・数値化でき、「おいしさ」すらも数値化されています。現代版のトライアンドエラーは今でも絶え間なく行われ、麺つゆやレトルト食品やお弁当なども、絶対に「おいしい」と感じる味に設計されています。

これらの企業努力の過程でも、たくさん失敗があったことでしょう。いつでもどこでもおいしいものが食べられるようになったのは、ありがたいことです。

一方で、「余白のあるおいしさ」というものもあるように思います。

「お母さんが作る、たまに失敗するご飯」のような人間味のある味や、「失敗の末に辿り着いた私だけのレシピ」というのも、良いものですよね。おいしさにも揺らぎや余白があると、安心感があるものです。

「失敗」から生まれる「余白」について

失敗は嫌なことですが、不思議なことに、失敗すればするほど心に余白が生まれるように感じます。

思えば、私のキャリアも失敗の連続でした。

就活に失敗し、会社勤めもうまくいかず、料理の修行でも挫折を経験しました。独立してからも、色々な仕事に挑戦しては何度も失敗してきました。数々の失敗の中で、より自分に向いていること、得意なこと、自分らしく努力できる仕事の方向性を探求してきた結果、今はとても楽しく仕事ができています。

大人数向けの調理はあまり得意でないため現在はあまり受けていない

大人数向けの調理はあまり得意でないため現在はあまり受けていない

やることを絞るということは、一見すると世界が狭まるように見えますが、私は逆だと思っています。私自身、手広く仕事をやっていた時と比べて、やることを絞っていった今の方が、仕事の自由度が増え、できることが広がりました。

的を絞ったつもりでも、それを掘った先には、さらに広い世界があり、その世界を掘ったらさらに世界が広がり…その繰り返し。まるで宇宙のようです。

順調に就職していたら、きっと現在のように料理や発酵や日本酒、さらには土や手仕事や余白というテーマまで掘り下げるような人生にはなっていなかったと思います。我ながら、面白い人生だなあと思っています。

旅行は計画通り順調にいくよりも、トラブルがあった方が面白いもの。私たちの想像を超える世界は、失敗の先にこそ広がっているのかもしれないですね。

麹甘酒のレシピ

最後に麹と水のみで作る甘酒レシピをご紹介します。炊飯器またはヨーグルトメーカーで簡単に作ることができるのでぜひ挑戦してみてください。

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【材料】(作りやすい分量)

米麹…200g
(乾燥麹で作るとトロリと濃厚に。生麹で作るとサラリとした仕上がりになります)
水…400g

【作り方】

■ヨーグルトメーカーで作る場合
材料を容器に入れ、よく混ぜて蓋をし、60℃で8時間保温する。

■炊飯器で作る場合
材料を炊飯器に入れてよく混ぜ、濡れ布巾をかぶせる。
蓋が半開きになるようテープで固定し、保温ボタンを押して8時間保温する。
途中で1~2回、布巾を濡らし、軽く混ぜるとよい。

【保存期間】

冷蔵庫で1週間程度。
冷凍庫で3ヶ月程度。
*冷凍する場合は、ジップ付きの保存袋に入れると良い。

著者プロフィール

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1990年生まれ。法政大学を卒業後、商社勤務を経て料理家として独立。
現在は東京と京都を拠点にレシピ開発やメディア出演、発酵食と日本酒のペアリング料理教室の主宰など幅広く活動中。2022年からは「発酵室 よはく」として、発酵を通じて人生に余白を作る活動をスタート。Podcastラジオ「よはく採集」を毎週火曜日に配信中。
著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする最強おつまみ事典』(西東社)がある。

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