メニュー

2022.05.06

笑いと環境【笑トピ・#13】

明治大学名誉教授・日本笑い学会:山口政信

「環境は人をつくる」という言葉があります。

微笑みをたたえた人と話していると自然に笑みがこぼれ、談笑している人たちの輪に加わると身心がほぐれてきます。これというのも、人という社会環境の為せる業であり、人という社会的動物が順応する優れた能力のお蔭です。

人からひとへと伝わりやすい笑いの有り様を見抜き、ヨガに結び付けた人がいます。その人は「笑いヨガ」の考案者として知られるインドの医師、M・カタリナさんです。一見何の関係もなさそうな笑いとヨガの間に新たな関係性を見出し、その環境を整えたところに彼の非凡さが認められます。

私は笑いヨガをN先生に習うとともに、学生相談室の行事や主宰する社会人講座に先生を招き、その楽しさを参加者と共有してきました。もちろんその初回には、「笑いとヨガの間につながりなどある訳がないと思っていたのは、私の独りヨガりでした」とシャレることも忘れませんでした。

それはさておき、笑いヨガは良質の「録音笑い」に似て、郷に従ってしまうパワーがあります。笑いは軽い動きの中にブレンドされていますので、健康体操を体験する気分で始められます。それでも最初は馬鹿々々しい所作に映るかもしれませんし、恥ずかしくて気後れするかもしれません。ですが、手拍子で気を高めつつ、「ホッホッ、ハハハ」と皆で声を出し始めると、いつしか場に溶け込んでしまう魅力があります。

殻を破ってしまえばこっちのもので、気恥ずかしさなど今いずこ。ふと我に返った時には、満更でもない自分にニンマリすることは間違いありません。因みに私が好きなヨガは、のけぞって高笑いする「ミルクセーキ・ラフター」です。

「環境」は人をつくり、思考や行動に影響する

環境を新たにすることの意義は、古くから転地療養という名で知られてきました。

これとは異なる視点に立つと、旅も大切な役割を担ってきたことが分かります。なかでも傷心旅行は、旅というハレの行動によって心の傷の恢復(かいふく)が促進されます。ですから、環境を変えたいとする志向は、人に備わっている生存戦略の一端だと考えられます。

逆に転勤や左遷などによるウツも見受けられます。が、その時こそが笑いヨガの教室に飛び込んで笑い、少し奮発して美味しいものを食べるなど、非日常の文化といった風土に触れるチャンスです。しみじみと心の故郷に訪ね入る心境は、このような時に訪れるのです。

「孟母三遷(もうぼさんせん)」は、よい環境に身を置くことの大切さを説いた故事/ことわざの象徴です。同様の文言は現代にも数多く見られます。

たとえば「その場所にいることができるかどうかが、その後を大きく左右する」です。「いる」には複眼による解釈が必要ですが、この文句はアップルの創業者であるS・ジョブズのものとして知られています。これらの名言を待たずとも、環境が思考や行動に影響することは、私たちも体験的に学んでいるはずです。

逃れるにしても浸るにしても、これぞと思う環境へ身をひるがえせば、必ずやその場のエネルギーが自分の資源と化して花開くことでしょう。

著者プロフィール

■山口 政信(やまぐち・まさのぶ)
明治大学名誉教授
1946年生まれ。東京教育大学体育学部卒業・東京学芸大学大学院教育学研究科修了。日本笑い学会理事、日本ことわざ文化学会理事(事務局長)、スポーツ言語学会初代会長。全国中学校放送陸上競技大会80mハードル優勝(中学新)、日本陸上競技選手権大会/メキシコ五輪最終選考会400mハードル6位、フルマラソン完走121回。「創作ことわざ」に「わざ言語」の機能を見出し、体育・スポーツ教育を実践。学生には「体育を国語でやる先生」と呼ばれる。明治大学リバティアカデミーに「笑い笑われまた笑う」を開講し、笑ってもらうことをモットーとした。主著に『スポーツに言葉を』(単著)があるほか、『陸上競技(トラック)』・『笑いと創造第四集』(以上共著)、『笑いとことわざ』(共編著)、『世界ことわざ比較辞典』(共監修)など多数。

この記事に関連するキーワード