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2021.11.12

喜怒哀楽を理解することが健康につながる?【笑トピ・#1】

明治大学名誉教授・日本笑い学会:山口政信

健康に過ごすためには、栄養バランスのとれた食事、適度な運動、十分な睡眠が大切ですが、忘れてはいけないのが充実した生活、すなわち「笑い」のある毎日です。
今回より日本笑い学会理事である山口先生より、笑いに関するトピックスをご紹介いただきます。

第1回は「泣きと笑いの健康観」をテーマに、心の動きと身体の反応について紐解いていきます。

身体の変化と感情はどちらが先?

楽しいから笑うのでしょうか、それとも笑うから楽しくなるのでしょうか。この問いから立ち位置を2歩3歩ずらしてみると、笑うから健康なの? 笑うと健康になれる? 健康だからよく笑うのかな?といった問いが浮かんできます。

いずれであるにせよ、即時的な効果を求めるよりも笑顔を心掛けておおらかに過ごしていると、笑える素材は向こうから飛び込んでくるものです。たとえば「処方せん受け付けます」という調剤薬局の看板です。

ある日「処方”せん”のに受け付けるのか」と吹き出したことがあります。言わずもがなですが、「処方せん」の後に「、」をつけて一呼吸おくと、「せん」という名詞にズレが生じ、動詞の否定形に読み替えることができるというわけです。

さて、冒頭の問いには「ジェームズランゲ説」という下地があります。心理学者のジェームズとランゲは、悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなるのだ、という刺激→身体変化→情動という新しい論理を構築しました。これは、アランの『幸福論』に見る笑いと幸福の関係を裏付けるものでもあります。

この情動を支配する身体に注目するには、胸に手を当てて考えるといった「からだ言葉」が最適です。胸に考える力はありませんが、古人はこの仕種によっていっそう深く考えられることを、身をもって知っていたものと思われます。私たちが心を落ち着かせるために深呼吸をしたり身体を軽く動かすのも、古人から続くDNAの働きなのかもしれません。

感情の位置を把握し、心のマネジメントを

「しんしん」を広辞苑で引くと、見出しには「心身」とあり、「精神と身体。こころとからだ。身心。」との説明が見られます。身心もありますが「しんじん」と読み、からだとこころ、という注釈があります。このことから、調身・調息・調心を拠り所のひとつにしている禅宗では、身の確かさを基にした身心の修行に励んでいるものと考えられます。いずれも身と心/心と身は不可分な存在である、という認識に差異はありません。

次に、喜怒哀楽という人の感情面に触れてみたいと思います。喜びの象徴は笑いですが、その対極には悲しみ(哀しみ)にともなう泣きがあります。慣用句にもなっているこの「泣き笑い」の関係をユーモアで包んだ例に、日本笑い学会の創立記念日があります。ワッハッハにちなんで8月8日かなと思うところですが、なんと7月9日だったのです。

「楽しい笑い」の対岸には「悲しい泣き」があることを認識しておれば、それがある種の免疫力になって深く傷つくことを回避できます。「涙活」はその手段としても有効で、「泣いた烏がもう笑った」現象を実感できるはずです。

もちろん泣きや笑いに限らず、対極にある人や状況を前提にしておくと、大きな歪みを退けることができます。何事によらず大局観があれば、仲直りや自分を立ち直らせるための切り替えも早く、次への展望も開けてこようというものです。

ですから、たとえ怒りの感情が高まってきても、怒っている自分を俯瞰するメタ認知力が怒りを分散させ、ままあることよ、と笑ってやり過ごせるようになるでしょう。この怒りの調整法を「アンガーマネジメント」と呼びます。

心の調律ができれば、泣きや怒りといった感情が生み出すストレスを軽減でき、笑いにも弾みがつきます。そのためにも身心一如であることを記憶に留め、喜怒哀楽という感情を包括的に理解しておくことは、私たちの健康観を築く上で大切なポイントになると思います。

著者プロフィール

■山口 政信(やまぐち・まさのぶ)
明治大学名誉教授
1946年生まれ。東京教育大学体育学部卒業・東京学芸大学大学院教育学研究科修了。日本笑い学会理事、日本ことわざ文化学会理事(事務局長)、スポーツ言語学会初代会長。全国中学校放送陸上競技大会80mハードル優勝(中学新)、日本陸上競技選手権大会/メキシコ五輪最終選考会400mハードル6位、フルマラソン完走121回。「創作ことわざ」に「わざ言語」の機能を見出し、体育・スポーツ教育を実践。学生には「体育を国語でやる先生」と呼ばれる。明治大学リバティアカデミーに「笑い笑われまた笑う」を開講し、笑ってもらうことをモットーとした。主著に『スポーツに言葉を』(単著)があるほか、『陸上競技(トラック)』・『笑いと創造第四集』(以上共著)、『笑いとことわざ』(共編著)、『世界ことわざ比較辞典』(共監修)など多数。

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