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2022.03.11

笑いとあくび【笑トピ・#9】

明治大学名誉教授・日本笑い学会:山口政信

あくびをすることは気持ちのよいものです。仕事場などで思わず声を出して背伸びをしてしまい、ちょっと恥ずかしかった経験もあります。「出物腫物ところ嫌わず」には含まれていないあくびですが、何らかの飽和や歪みを知らせる生理現象ですから、それなりの意味があります。時と場合によってはかみ殺さなくてはなりませんが、事情が許せば大らかに振舞い、他者にもそれなりに寛容でありたいものです。

通常のあくびは不随意ですが、随意的に生み出すこともできます。疲れたなと思ったら次の動作を試みてください。まず鼻から息を吸い、途中から口を開いて吸気を増やします。これに連動して胸を開きながら背骨を伸ばすと、あくびが誘発されます。

吸気が最大域に達したら上体をすぼめつつ「ハー」と吐き始め、途中から口もすぼめて「フー」と声を出しながら細長く吐き切ります。「ハッハッハー」「フッフッフー」と笑うように吐くのもよく、ふいごで空気を送るように横隔膜が上下して、肺には多くの空気が出入りします。同時に筋肉を伸縮させるので血液循環が促進され、気持ちよく感じられるはずです。なお、息を吸う時にも「ハー」という声なき声を出すのも悪くありません。が、いずれの場合も吸いっ放し、吐きっ放しにはしないようにお願いします。

忙しい時も、あくびで一休み

さて、あくびをする時の呼吸は深く、炭酸ガスと酸素の交換が促進されます。肩をすぼめてパソコンなどを操作している時の呼吸は浅く、肺にはガス交換に与れない残気が多く留ります。この意味から、一息入れるということは仕事や勉強の効率を上げるためにも大切で、あくびをその手段として活用するのは損な話ではありません。
ところで、あくびではありませんが、試合の直前に口を大きく開く所作がスポーツ選手に散見されるようになりました。横綱:照の富士関も見せる口開けですが、私の印象に残っている最初の選手は、五輪で金メダルを獲得した柔道の松本薫さんです。大きく口を開けると顎がガキガキと鳴ることがあることから、緊張をほぐすには有効な仕草だと分かります。

気ままに書いてきましたので、「そこまでしなくても、読んできただけであくびが出たよ」という声が聞こえて来そうです。そこで「あくび指南」という古典落語を紹介して、矛先をかわしたいと思います。中身を端折って記してみます。

主人公の熊五郎は、新しく看板を掲げたあくび指南所で手ほどきを受けるため、八五郎を無理やり連れて行きます。しかし、あまりも馬鹿々々しいので、八は待つことにしました。熊は師匠と頓珍漢なやり取りを交わしますが、待っている八は退屈でたまらず文句をつぶやき始め、ふとあくびを漏らします。師匠はすかさず、「お連れさんの方が質(たち)がいい」との一言でオチがつきます。
つかの間であっても、笑いやあくびによって身心が放下(ほうげ)されますが、笑うか寝るかしかない演芸場では、八五郎のような「あくび師範」になるのは禁物です。

著者プロフィール

■山口 政信(やまぐち・まさのぶ)
明治大学名誉教授
1946年生まれ。東京教育大学体育学部卒業・東京学芸大学大学院教育学研究科修了。日本笑い学会理事、日本ことわざ文化学会理事(事務局長)、スポーツ言語学会初代会長。全国中学校放送陸上競技大会80mハードル優勝(中学新)、日本陸上競技選手権大会/メキシコ五輪最終選考会400mハードル6位、フルマラソン完走121回。「創作ことわざ」に「わざ言語」の機能を見出し、体育・スポーツ教育を実践。学生には「体育を国語でやる先生」と呼ばれる。明治大学リバティアカデミーに「笑い笑われまた笑う」を開講し、笑ってもらうことをモットーとした。主著に『スポーツに言葉を』(単著)があるほか、『陸上競技(トラック)』・『笑いと創造第四集』(以上共著)、『笑いとことわざ』(共編著)、『世界ことわざ比較辞典』(共監修)など多数。

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