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2022.04.13

自然のリズムに身を委ねて気づく「食」のこと「料理」のこと【暮らしと余白 vol.2】

料理家・真野 遥

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この2年間、日々の暮らしや働き方について、改めて見つめ直した方も多いのではないでしょうか。自分にとっての心地よさ、丁度よさとはどんなものなのか。そんな疑問をひとつひとつ紐解き、自身の思いをSNSを通して綴られている方が、料理家の真野遥さんです。

前回のコラムに続き2回目の今日は、日々の食卓を彩る「食」について語っていただきました。

▼第一回目のコラムはこちら

「暮らしと余白」を考える上で外せない「食」のこと

暮らしと余白を考える上で外せないキーワードは、ズバリ「食」です。

忙しい毎日において、限られた時間を何にどれだけ使うかの取捨選択は、結構シビアになりますよね。そんな中、時間を作るために削りがちな行為の一つに「料理」があると思います。

今やお住まいの周辺環境によっては、料理をしなくても食べものに困らない時代。 お弁当を買ったり出前を頼んだりする「中食」はもちろん、「外食」だってファストフードや牛丼チェーンなどで食べれば、自炊するよりも安く済む場合があります。最近では、1日に必要な栄養素がバランスよく配合されている「完全栄養食」も人気があるようです。

今の時代、自分で料理をすることは、もはや「合理的じゃない」とすら言えるのです。

料理をする時間を省けば、その時間を他のことに使うことができます。 しかし、合理化が全てではない。料理をすることで生まれる余白もあるのです。 そして、生きることの根幹である「食」は、やはり大切にしていきたいもの。

今回は、私たちの暮らしにおける料理の役割とは一体何なのか?そして、暮らしに余白を作る料理とは?…そんな話をしていきたいと思います。

いつものご飯は粗食で。「ハレ」と「ケ」を意識しよう

日本の伝統的な世界観で「ハレ」と「ケ」があり、「ハレ」はお祭りや年中行事などの非日常、「ケ」は日常を意味しています。これは、料理にも密接に関係しているのです。

運動が得意な人と苦手な人がいるように、料理にも得意・不得意があるかと思います。 しかし、何か特別な料理を作ろうとしない限り、ご飯作りには得意・不得意はあまり関係無いのではないかと私は考えています。

料理家として活動していると、毎回手間をかけてご飯を作っているように思われがちですが(私の場合は)そんなことはありません。例えば朝ご飯は、いつもこのような感じです。

手作りのしば漬けやキムチなど、お漬物にはこだわっています

手作りのしば漬けやキムチなど、お漬物にはこだわっています

実際に作ったのはお味噌汁だけで、あとは炊いたご飯、生卵、漬物、納豆をお皿に盛っただけ。 お味噌汁も、出汁パックを活用し、だいたい作業時間3分ほどで作っています。 もはや、得意も不得意も関係のないご飯ですが、美味しい上に栄養バランスもバッチリなのです。

写真ではきちんと器に盛っていますが、時間が無い時は納豆はパックのまま食べますし、卵もお漬物もご飯の上に乗せて丼にしてしまいます。また、そもそも食べ過ぎた日の翌日や、あまり食欲が湧かない時、あまり体を動かさない日などは、朝ご飯を食べないこともあります。その場合は、果物を食べたり甘酒を飲んだりしています。

いつも100%全力のご飯を作らなくて大丈夫。 普段のご飯は粗食でいい。ご飯作りの体力にも、余白を残しておきましょう。ただし、できるだけ気を遣いたいのは栄養バランスです。

暮らしに余白を作る「マイベーシック栄養学」

カラフルなスムージー。濃い色の野菜や果物にはビタミン類が多く含まれています

カラフルなスムージー。濃い色の野菜や果物にはビタミン類が多く含まれています

料理と健康は一生物なので、最低限の調理法と栄養学は、誰もが心得ておくと良いかと思います。

食事はバランスが大事。まず第一に、農林水産省作成の「食事バランスガイド」がありますが、 主食、副菜、主菜の割合など、この辺りはなんとなくイメージをお持ちかと思います。

農林水産省の「食事バランスガイド」より

参照元:https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/

農林水産省の「食事バランスガイド」より

その上で、食塩の摂取量基準(男性7.5g未満、女性6.5g未満)を把握したり、腸内環境を良好に保つには食物繊維が必要なこと、緑黄色野菜を積極的に摂ると良いこと、ビタミンやミネラルの役割など、基本的な健康と栄養に関する知識をざっくりで良いので把握しておくと良いかと思います。

とは言え、あまり気にし過ぎて神経質になるのは禁物。栄養バランスは大事ですが、心と体は繋がっているので、好きなものを食べて心を満たす「心の栄養」も必要です。

そこで私が提案したいのが「マイベーシック栄養学」。

最低限の栄養学を把握した上で、毎日のご飯作りやご飯選びのベースとなる「自分なりのゆるい基準」を設定してみましょう。

私の場合は、毎日の食事では「食物繊維」「発酵食」「タンパク質」の3つの要素を特に意識し、健康を大きく左右する腸内環境を健やかに保つために、食物繊維と発酵食は積極的に食べるようにしています。

そして、意識しなくても食べてしまう炭水化物や脂質とは別に、不足しがちなタンパク質は意識的に食べるようにしています。その他にも、きのこや海藻など、できるだけ意識的に食べている食材はいくつかあります。

茹で鶏。ナンプラーで味付けし、エスニック風に仕上げました

茹で鶏。ナンプラーで味付けし、エスニック風に仕上げました

これらの基準があると、買い物をする時の食材選びも料理をする時も、迷いが少なくなります。

例えば「茹で鶏」を作り置きしておけばタンパク質には困らないので、私はできるだけ茹で鶏を常備するようにしています。時間が無い時でも、ご飯の上にスライスした茹で鶏と適当な野菜を乗せ、茹で鶏の汁をかけて調味すれば、そこそこ栄養バランスの良い一品が完成。

ちなみに、トマトには抗酸化作用のあるリコピンが含まれているので、夏場は毎日のように食べています。 そう、栄養のことを知っていると「サラダを作る時間が無くても、とりあえずトマトを食べておけば大丈夫!」と、潔く決断することができます。

栄養の知識を持つと「ちゃんと料理をしないといけない」という呪縛から解放されるのです。一見煩わしいと感じる栄養学の知識も、一度覚えてしまえば「時短」に繋がります。そして、その知識やスキルは一生物なのです。

小手先の時短テクニックではなく、こうした基本的な栄養学や調理法を心得ておくことが真の時短であり、健康に繋がっていくのではないでしょうか。

メリハリが「余白」を生む

ちなみに私のルールでは、朝ご飯と夜ご飯は健康的に、お昼ご飯は栄養バランスを考えすぎず、ラーメンでもパスタでも食べたいものを食べるようにしています。

花椒たっぷりの坦々麺。刺激的なものが食べたい時もありますよね

花椒たっぷりの坦々麺。刺激的なものが食べたい時もありますよね

上写真はある日のお昼に食べた、大好きな坦々麺のうどん版。私にとって担々麺は心の栄養です。これはまだ頑張っている方ですが…実はインスタントラーメンが大好きで、時々お昼ご飯に食べています。野菜マシマシにすればOKというのもマイルールです。

体の健康のために無理をし過ぎると、心の栄養が不足してしまいます。時には、好きなものを好きなだけ、思う存分食べましょう!

毎回完璧を求めると余白が無くなってしまうため、メリハリをつけることは、余白の基本であると私は捉えています。

時には手間暇かけて。心に余白を作る「ハレ」のご飯

さて、ここまでは「ケ」(日常)のご飯の話をしてきましたが、次は「ハレ」(非日常)のご飯の話です。

今年のお正月に作ったおせち料理

今年のお正月に作ったおせち料理

私がハレのご飯、いわゆる”ご馳走”を作るのは、お正月などの行事、友人が遊びに来る時、週末の時間がある時、または無性に食べたい料理がある時などです。時には思う存分時間をかけて料理をするのも楽しいものですよね!

しかし、一口に”ご馳走”と言っても、何をご馳走と感じるかは人によって様々。 私にとっての一番のご馳走は、旬の美味しいものを味わうことです。

「入梅イワシ」を夏向きの日本酒と一緒に

「入梅イワシ」を夏向きの日本酒と一緒に

例えば、梅雨の時期に一年で最も脂が乗る、「入梅イワシ」。酢〆にして夏向きの日本酒と合わせると、これがもう最高なのです...!

ちなみに、入梅イワシという種類のイワシがいるわけではなく、あくまで梅雨の時期に水揚げされるマイワシの呼称です。そのため、入梅イワシが美味しいことを知らないと、梅雨の時期にスーパーでイワシを見かけても素通りしてしまうかもしれません。

「旬の美味しいものを知っている」ということは、実はとてもお得で贅沢なことなのです。

秋には「はらこ飯」を

秋には「はらこ飯」を

そして、秋になると必ず作るのが、旬の秋鮭で作る「はらこ飯」。宮城県の郷土料理です。

すじこを買い自分でイクラを作るのは手間のかかる作業ですが、それはそれで楽しい。そして、自分で作ると本当にびっくりするほど美味しいのです!宮城県の新米を使って作ればなお完璧。日本に生まれてきてよかったぁ...と、しみじみ心が豊かになるご飯です。

春の琵琶湖のお魚たち

春の琵琶湖のお魚たち

最近は魚を食べる人が減っているそうですが、肉類と違って魚には旬があります。ステーキやローストビーフなど肉で作るご馳走も良いですが、旬の魚介類で作る、その時期にしか味わえない特別感もまたご馳走ですよね。

旬を味わい、自然のリズムに身を委ねる

料理家としてレシピを考案する仕事をしていると、いつでもどこでもスーパーで手に入る食材を使ったレシピを求められることが多く、それは現代のニーズとして当然のことだと理解しています。

しかし人間は、昔から自然のリズムに合わせて暮らしてきました。季節を感じ味わうことは、自然のリズムに人間側が寄り添う感覚を忘れないためにも必要なことだと思います。

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前回のコラムで「土の時間を取り戻したい」と書きました。

旬の食材を食べることは、自然のリズムに身を委ねることであり、土の時間を取り戻すことに繋がります。旬のものを美味しく楽しむ。それだけでも、人間本来の感覚を取り戻すことができるのです。

最初の話に戻りますと、季節の移り変わりに身を委ねることは、一見すると不便で非合理的なように思えます。しかし、実はそうとも限りません。

夏野菜は体の熱を逃し、春野菜は冬に溜め込んだ毒素を排出してくれるように、旬の食材はその時期の体に適した働きをしてくれるため健康に良く、また、夏の暑さや冬の寒さなどの気候を利用して作物を育てることは、エネルギー面で見ても無駄が少ない。そう、自然に寄り添うことは、実は一周回ってとても「合理的」なのです。

柚子胡椒を手作りすると、いつもの料理がワンランクアップします

柚子胡椒を手作りすると、いつもの料理がワンランクアップします

特別な料理や難しい料理を作ろうとしなくても大丈夫。 季節を感じながら、その時期に一番美味しい食材をシンプルに味わうこと、それこそが特別なことであり、究極の贅沢だと思います。

そして、自分の力だけで頑張ろうとせず、自然の力を借りること。発酵食品や保存食などは、仕込みこそ多少時間がかかるものの、あとは微生物の働きや時間が美味しくしてくれるのを待つだけです。

自然の力は、私たちの毎日のご飯作りの味方になってくれるはずですよ。

著者プロフィール

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1990年生まれ。法政大学を卒業後、商社勤務を経て料理家として独立。
現在は東京と京都を拠点にレシピ開発やメディア出演、発酵食と日本酒のペアリング料理教室の主宰など幅広く活動中。2022年からは「発酵室 よはく」として、発酵を通じて人生に余白を作る活動をスタート。Podcastラジオ「よはく採集」を毎週火曜日に配信中。
著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする最強おつまみ事典』(西東社)がある。

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