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2022.03.30

これからの時代を軽やかに、ゆるやかに、伸びやかに【暮らしと余白 vol.1】

料理家・真野 遥

昨年の春、たんぽぽを摘んでシロップ作りを

昨年の春、たんぽぽを摘んでシロップ作りを

この2年間、日々の暮らしや働き方について、改めて見つめ直した方も多いのではないでしょうか。自分にとっての心地よさ、丁度よさとはどんなものなのか。

そんな疑問をひとつひとつ紐解き、自身の思いをSNSを通して綴られている方が、料理家の真野遥さんです。

今回は、料理レシピの紹介だけでなく発酵を通じて暮らしに余白を作る活動を行う真野さんに、これからの時代をもっと軽やかに、ゆるやかに、伸びやかに生きるためのエッセンスを伺いました。

真野遥さんに聞いた、「暮らしと余白」のはじめかた

はじめまして、料理家の真野遥と申します。

私はフリーランスの料理家として、発酵や日本酒をテーマに、料理教室やレシピ開発、メディア出演、執筆などの活動をしております。元々はものづくりに興味を持ち、化学系の専門商社で営業職をしていたのですが、より身近な「食のものづくり」に携わりたいと思い、料理の道に方向転換しました。

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日本酒に興味を持ったのをきっかけに発酵の世界に開眼。日本酒と発酵食料理のペアリングをテーマに活動するようになり、さらにその先の農業や土壌などに関心の幅が広がり、現在は京都の大原という地域で自然農(無農薬、無肥料の農法)にも挑戦しています。

長いこと東京で暮らしてきたのですが、緑の少なさや家賃の高さ、人の多さに疲れてしまい、2020年より東京と京都の二拠点生活を始めました。ゆくゆくは京都周辺の自然が豊かなエリアに完全移住し、自然に寄り添った暮らしをしたいと考えています。

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さて、今回より5回ほどにわたってコラムを書かせていただくことになりました。

第一回目のテーマは、『暮らしと余白』です。

実は最近、「発酵室 よはく」という屋号を立ち上げ、発酵を通じて余白を醸す活動を始めました。なぜ余白かと言いますと、現代社会のあらゆる問題や生きにくさは、”余白の無さ”に端を発しているのではないかと思ったからです。

私たちは、とても便利な時代に生きています。

あらゆるものが自動化、スマート化され、なんでもお金で買える時代。家事をする時間だって、移動にかかる時間だって、お金で外注・短縮できます。自分の頭で考えなくても、本を開かなくても、インターネットが代わりに調べ、AIが考えてくれます。知識や記憶、頭脳すらアウトソーシングしているのです。

…しかし、その恩恵を受けて、私たちの生活は豊かになったでしょうか??豊かになった面も多いですが、貧しくなった面もあるのではないかと思います。

圧倒的な自由の先に感じる不自由さ

京都の集落で教えてもらった、ワラビを椿の葉っぱでアク抜きする方法

京都の集落で教えてもらった、ワラビを椿の葉っぱでアク抜きする方法

昔は、多くの人は家族や地域のネットワークの中で暮らしてきました。

今のようにインターネットや家電、スマホ、車、コンビニ、ファミリーレストランなどが無い時代は、地縁や血縁の中で支え合うことで暮らしが成り立ってきたからです。しかし、今は良くも悪くも一人でも生きていける時代。ご近所さんとの関係性が無くても、ある程度お金を稼いでいれば、好きなように生きていけます。

現代を生きる私たちは、圧倒的な「自由」を手にしているのです。

しかし、完全なる自由は、逆に不自由であることも意味します。真っ白な画用紙には余白が無いように、まっさらな自由には本質的な自由が無いのです。私はまっさらな白ではなく「余白」にこそ、真の自由があるのではないかと考えています。

これからの時代を軽やかに、ゆるやかに、伸びやかに生きていくためには、「余白」が大事なキーワードになってくると思うのです。

追われる毎日から解放を。それぞれの「心地よさ」とは?

たんぽぽシロップを漉す様子

たんぽぽシロップを漉す様子

「余白のある暮らし」なんて言うと、もしかしたらムッとなる方もいらっしゃるかもしれません。

「丁寧な暮らし」や「スローライフ」という言葉には、多かれ少なかれ嫌悪感を持っている方が多いことを、私もよく理解しています。目の前の仕事や生活に忙しく、丁寧な暮らしやスローライフなんて、なかなかできないものですよね。

忙しい理由は人それぞれだと思います。

圧倒的に激務な仕事に就いていたり、仕事や家事や育児に追われていたり、繁忙期や今が頑張りどきで一時的に忙しい方もいらっしゃるかと思います。様々なライフスタイル、ライフステージ、価値観があるため、一概に「良い暮らし」を提案することはできません。

でも、余白の形も人それぞれ。

みんな、暮らしの中にそれぞれの余白を見つけられると良いな、と思うのです。

実際のところ、お給料の大半を税金として納め、働いても働いても豊かにならない社会構造には大きな問題があります。本来、改善すべきは個々の人以上に、政治にあると思います。しかし、この社会構造をすぐに変えることは難しいのが実情です。

そこで、自分にとっての”心地よい暮らし”を見つけていきましょう、というのが、今回の「余白のある暮らし」という提案です。

「土の時間」を取り戻したくて

畑で畝を立てている様子

畑で畝を立てている様子

そもそも、世の中のスピードってちょっと早過ぎませんか??

流行り廃り、デジタル化、大量生産に大量消費、SNSやインターネットからの膨大な情報の波。時代の変化に適合していかなければ置いてけぼりにされてしまう危機感、そして焦燥感がつきまとう世の中です。

それもそのはず。一説によると、現代人が1日に接する情報量は、江戸時代の1年分とも言われています。そりゃ疲れるわけですよ。

先日、お米農家をしながら麹屋を営む知人が、こんな話をしていました。

ー「基本的に”土の時間”をベースに考えている。麹作りだけでも食べていけるけど、土に触れる百姓の仕事から離れてしまうと、速度感覚を失ってしまう。どれだけ麹屋として儲かっても、畑や田んぼとはずっと関わっていたい」

この話を聞いた時、ハッとしました。現代人は、土の時間から離れ過ぎなのではないだろうかと。

長いこと農業をベースとした暮らしをしてきた私たちの祖先。時代は変われど、まだまだ身体感覚は土の時間と共にあるのではないかと。世の中のスピードが早過ぎて、私たちの中の原始的な感覚が追いつかず、心が疲弊しているのではないでしょうか。

日本は明治時代以降、急激な工業化が進み、人口も急増しました。飽くなき経済成長はとどまるところを知りません。しかし、人類の長い歴史からすると、このように工業化が進み、目まぐるしいスピードで社会の流れが変わるような時代になったのは、つい最近のことです。

縄文時代の狩猟採集社会から始まり、弥生時代には農耕社会に発展し、移動生活から定住生活になり、家を建て、富を蓄えるようになり、文明は少しずつ進化していきました。それでも、江戸時代は人口の8割程度が農家でした(現在の農業従事者は人口の約1%)。現在は、ほとんどの人が農業から離れ、特に都市においては土から隔絶された暮らしを送っています。

私が取り戻すべきは、「土の時間」だと思うのです。

”手作り”を通して自然に身を委ねてみる

友人が山で採ってきた破竹

友人が山で採ってきた破竹

…とはいえ、今の暮らしを捨てて今すぐに農業を始めろと言っているわけではありません。暮らしの中に、少しでも「自然のリズム」や「土に繋がる時間」を取り入れて欲しいのです。

私にとっての土に繋がる時間は、京都で畑仕事をしている時間や、味噌作りなどの手仕事をしている時間です。

味噌や塩麹などの手作り発酵食品は、時間をかけてこそ美味しくなるもの。あらゆるものが時短化される中で、時間が美味しさを形作り、目に見えない微生物が物質を変化させていく。そんな自然の息吹を感じられる「発酵食」は、自然のリズムに人間側が寄り添う行為です。

あらゆるものを人間の力でコントロールしようとする現代社会において、人間の力の及ばないものの存在を認め、自然のスピード感を受容する心を持つこと。それこそが”余白”だと思うのです。

忙しい毎日の中で、少しでも時間を見つけたら、なんでも良いので”手作り”してみてください。お金で買えるものを、わざわざ自分で作ってみること。それこそが、土に繋がる入り口です。

特におすすめなのは、季節の移ろいを感じられる手仕事。

春はふきのとう味噌や木の芽味噌が楽しいですし、初夏の実山椒や梅仕事の黙々とした作業なんて、マインドフルネスにもってこいです。

保存食や手仕事じゃなくても良いです。例えば、いつもはあらかじめ茹でてあるものを買うことの多いタケノコを、丸ごと買ってきて茹でてみたり。茹でている時の芳しい香りに春を感じたり、「やっぱり自分で茹でるのは大変だなあ」と実感したりします。

何を感じるかは人それぞれですが、自分で手作りしてみて感じることは、どんなことでも有意義なことだと思います。

忙しい方ほど、手仕事を通じて自然に身を委ね、頭を空っぽにしてみてはいかがでしょうか?きっと自然は、私たちに何かを囁いてくれるはずですよ。

著者プロフィール

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1990年生まれ。法政大学を卒業後、商社勤務を経て料理家として独立。
現在は東京と京都を拠点にレシピ開発やメディア出演、発酵食と日本酒のペアリング料理教室の主宰など幅広く活動中。2022年からは「発酵室 よはく」として、発酵を通じて人生に余白を作る活動をスタート。Podcastラジオ「よはく採集」を毎週火曜日に配信中。
著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする最強おつまみ事典』(西東社)がある。

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