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2020.05.23

新型コロナウイルス感染時のACE2受容体と免疫との関連とは【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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感染を起こすウイルスとそれを防ごうとする免疫の働きには、未だに解明できていないことがたくさんあります。今回はコロナウイルスがどのように感染を起こすかというお話です。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Cell誌に2020年4月27日ウェブ掲載された、新型コロナウイルスの感染様式についての論文です。

基礎実験のデータなので、ここで示される知見が、臨床でも成り立つとは言えないことに注意が必要ですが、内容は非常に興味深いものです。

▼石原先生のブログはこちら

新型コロナウイルスの感染様式は

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の人体への感染では、ウイルスの突起が細胞のACE2を受容体として結合し、それからセリンプロテアーゼ(TMPRSS2)という酵素の働きを借りて、細胞の中に入ります。
感染経路がこれだけなのか、という点については別の知見もありますが、いずれにしてもACE2とTMPRSS2が発現している細胞では、感染が成立し得る、ということは間違いがありません。

当初下気道の細胞のみに主に感染が起こる、という見解が主体でしたが、その後上気道や腸管の感染が成立しないと、説明の付かないような現象が認められ、研究が重ねられて知見は修正されました。
ただ、そうしたデータの多くは、ACE2受容体の発現のみを見ているものなので、それが感染することと同じではありません。

感染する可能性があるのは鼻粘膜、肺胞上皮、腸管上皮の3種類の細胞

今回の研究では、人間の細胞のうち、鼻の粘膜のゴブレット細胞と、2型肺胞上皮細胞、そして腸管上皮細胞の3種類の細胞が、ACE2とTMPRSS2の両者の遺伝子を発現していて、新型コロナウイルスの感染を受ける可能性があると、確認されました。

この知見は、新型コロナウイルスが、実際に上気道症状と肺炎などの下気道症状、そして下痢などの消化器症状の3つを主に示すという、臨床的な知見とも合致するものです。

新型コロナウイルスはそれぞれ独立に、鼻粘膜と肺と腸に感染し、そこで増殖するのです。その増殖の仕方により、出現する症状には差がある訳です。

ウイルスの侵入に対して身体の細胞は、インターフェロンなどのサイトカインを産生して、ウイルスを撃退しようとします。

ただ、今回の研究では意外なことに、インターフェロンにより気道の内皮細胞において、ACE2の遺伝子発現が刺激され増加する、ということが明らかになりました。

インターフェロンは、ウイルスを退治するための武器のようなものですが、それがACE2を増加させることによって、結果的に感染を促進しているのではないか、というのが上記文献の著者らの推測です。

ACE2が持つ肺障害を抑制する働きでバランスを取っている?

ただ、ACE2自体には肺障害を抑制するような働きがあり、細胞がウイルスに感染するとACE2の発現は抑制されますから、そうした仕組みによりバランスが保たれている、というようにも考えられます。

単純にこの知見から、ACE2の善悪を論じるのは行き過ぎではないでしょうか?

こちらをご覧下さい。

今回の知見をまとめた図がこちらになります。
ネズミの実験が行われることがしばしばありますが、この図にあるように、インターフェロンによるACE2の増加は、ネズミでは認められない現象で、ネズミでこうした実験を行うと、その結果を見誤る可能性がありそうです。

感染と免疫応答の一側面を示しただけという可能性も

これは1つの実験結果としては興味深いものですが、複雑な感染と免疫応答の、1つの側面を示しただけのものとも言え、今後の知見の更なる積み重ねにより、感染の詳細なメカニズムが、明らかになることを期待したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36