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2023.06.27

認知症が予防できる?睡眠薬スボレキサントの効果【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

認知症を安全に予防する方法はまだ確立されていませんが、意外な薬にその可能性があるかもしれません。

今回ご紹介するのは、Annals of Neurology誌に、2023年5月8日付で掲載された、睡眠導入剤の認知症に関する進行予防効果についての論文です。

▼石原先生のブログはこちら

アルツハイマー型認知症とオレキシンの関係

アルツハイマー型認知症では、まず一番初期の変化として、アミロイドβ42という異常蛋白が凝集蓄積し、それから10年以上経過した後に、異常にリン酸化したタウ蛋白の蓄積が始まり、それに伴って神経細胞が死滅減少してゆきます。従って、このアミロイドβ42の蓄積と、タウ蛋白のリン酸化を抑制することが出来れば、認知症の進行予防が可能だという理屈になります。

しかし、現時点でそうした予防効果を、安全に実現可能な予防法として確立されていません。

オレキシンは、視床下部の神経細胞から分泌される、一種の神経伝達作用を持つ蛋白質で、人間が覚醒した状態を維持するために必要な物質、というように考えられています。覚醒を保つことが困難となる、ナルコレプシーという病気があり、その9割ではオレキシンの分泌不全がある、というデータが存在しています。そしてナルコレプシーの患者さんでは、脳のアミロイドβの沈着が少ない、というようなデータが存在しています。

実際オレキシンとアルツハイマー型認知症との間には、無視出来ない関連が指摘されています。

アルツハイマー病のモデル動物のネズミにおいて、オレキシンの遺伝子が働かないようにすると、アミロイドβの蓄積が強く抑制されました。オレキシン受容体の拮抗薬でアミロイドβが減少する一方で、脳脊髄液にオレキシンを注入すると、アミロイドβが増加することも確認されています。

オレキシン受容体拮抗薬は、スボレキサント(商品名ベルソムラ)として、不眠症の治療に使用されています。

オレキシンを抑制すると認知症が予防できる?

それでは人間において、オレキシン受容体拮抗薬の使用により、脳におけるオレキシンの作用を抑制すると、認知症の予防に繋がるのでしょうか?

今回の研究では、45から65歳の認知症のない38名の男女を、くじ引きで、偽薬とスボレキサント10mg、スボレキサント20mgの、3つの使用群に振り分け、その使用前後で、髄液検査を髄液腔に挿入したチューブから連続的に施行して、その変化を観察しています。

スボレキサントは睡眠剤の一種ですから、薬剤は夜の21時に使用して、睡眠中の変化を観察している訳です。

その結果、スボレキサント20mgの使用により、髄液のタウ蛋白のリン酸化の指標は10から15%減少し、薬の投与後5時間において、アミロイドβ濃度も10から20%減少していました。
偽薬を使用している人も寝ている訳ですから、これは睡眠だけの影響ではなく、スボレキサントによりオレキシンを抑制している結果だ、という理屈です。

アルツハイマー病の兆しが減少

スボレキサント20mgというのは、通常の臨床でも使用している用量ですから、その使用のみでアルツハイマー病の進行に繋がる、脳の変化が抑制されたという結果は、非常に興味深いものです。

睡眠不足と認知症との関連を示唆する疫学データもあり、睡眠の質をオレキシンの観点から正常化することにより、認知症の予防が可能であるとすれば、画期的なことのようにも思えます。

ただ、覚醒することは生物にとって、それがストレスであっても必要であることは間違いなく、オレキシンを効かなくすればそれで良い、というものではありません。問題はたとえば今回の実験のように、夜間のみスボレキサントを使用することで、それが実際の認知症予防に繋がるのかどうか、というような点にあり、それはまだ今後の検証を待つ必要がありそうです。

記事情報

参考文献

著者/監修医プロフィール

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36