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2022.02.11

笑いと復活劇【笑トピ・#7】

明治大学名誉教授・日本笑い学会:山口政信

日本笑い学会大会の前日、大阪のミナミで友人と会食していた時のことです。笑いの話はいつしか勘やコツといったスポーツ談義に移り、「込む」ということの功罪が話題に上っていました。

「投げ込む」や「走り込む」の類ですが、ふいに「落ち込むもあるけど…」と話が振られてきました。今であれば「ケンコムもあるぞ」と煙に巻いて矛先を転ずるところですが、その時は一呼吸おいて「うぅん、へたり込むもあるなー」とまずは同調しておき、考える時間を稼ぎました。そして後に思い出したのが「落ち込んだらその底を掘れ」という文言です。この返事をしながら半ばおどけて彼を見上げると、そこは心得たもの。《阿吽の笑顔》で話は他へと移りました。

このように発想を転換した言葉には、我を取り戻したり場の空気を入れ替える効用があります。「さあ、力んでいこうか」と言うと緊張がほぐれるのも、逆説的なユーモアのお蔭です。

笑いも筋肉のように適度な休息が必要

言語(話し言葉や読み書きの内容)、視覚(表情や手振りなどの見た目)、聴覚(声の強さやリズムなどの抑揚)に訴えるコミュニケーションは、笑いをともなうと更に親しいみのある人間関係を保つことができます。この意味において、笑顔は窮地を抜け出すための布石であり、程のよい復活劇の演出家になれるる、と言えるでしょう。

この復活を意味する英語に「レジリエンス」があります。

物質の弾性エネルギーを表す言葉には回復力/元気/しなやかさの意味があることから、心理方面にも援用されています。その理由の一端には、仙厓義梵(せんがいぎぼん)の「堪忍の袋を常に首にかけ、破れたら縫え破れたら縫え」の志向があるのではないか、と想像しています。

レジリエンスのある人/レジリエントな人は、窮地に陥ったとしても機転と粘り腰で不死身の再起を果たす才気があります。それは、優れたスポーツ選手が試合や練習で激しく追い込んだ後、超過回復を得るための完全休息と積極的休息(身心の緩やかな活動をともなう休息)を組み合わせる巧みさと同じです。そこには生まれもった気の強さもありますが、強い気を培うといった後天的な可塑性が関与しています。

可塑性による学習成果は、いわゆる動物とは異なる人間の卓越した資質です。可塑性が自在に形を変えることができるという意味では粘土に譬えられ、伸び縮みという観点からはゴムや筋肉の弾性をもって語られます。

ゴムは放置すると劣化しますが、人の筋肉も使わなければ廃用性委縮によるフレイルに傾斜し、使い過ぎれば疲弊して〈焼き切れ〉と言われる過用性委縮が生じます。

身体運動は主として横紋筋の伸縮で成り立ちますが、疲れてくると短縮して固くなり血流が減ります。疲労は必要悪の黄信号ですが、過労は可塑性に支障をきたす赤信号です。

フレイルや過労を防ぎ、ストレスへの耐性を強化する(閾値を上げる)ためにも、うまく手を抜き、気を晴らすことが欠かせません。自前の〈手抜きうどん〉でも味わうといった遊び心をもって、身心のトーンが整う流れを大切にしたいものです。

著者プロフィール

■山口 政信(やまぐち・まさのぶ)
明治大学名誉教授
1946年生まれ。東京教育大学体育学部卒業・東京学芸大学大学院教育学研究科修了。日本笑い学会理事、日本ことわざ文化学会理事(事務局長)、スポーツ言語学会初代会長。全国中学校放送陸上競技大会80mハードル優勝(中学新)、日本陸上競技選手権大会/メキシコ五輪最終選考会400mハードル6位、フルマラソン完走121回。「創作ことわざ」に「わざ言語」の機能を見出し、体育・スポーツ教育を実践。学生には「体育を国語でやる先生」と呼ばれる。明治大学リバティアカデミーに「笑い笑われまた笑う」を開講し、笑ってもらうことをモットーとした。主著に『スポーツに言葉を』(単著)があるほか、『陸上競技(トラック)』・『笑いと創造第四集』(以上共著)、『笑いとことわざ』(共編著)、『世界ことわざ比較辞典』(共監修)など多数。

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