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2021.07.14

なぜ夫と別れても妻は変わらず健康なのか?データから見えた夫婦格差

東京都健康長寿医療センター研究所:村山 洋史

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これまでの連載で、つながりの健康への影響を解説してきました。
ところで、人生で最も大きな他者との関わりといえば「夫婦」ではないでしょうか。夫婦関係の良し悪しも、健康に多大な影響を及ぼしていることがデータで見えてきました。

新しい生活様式や定年退職など生活が大きく変わる節目は、夫婦や家族の関係も変化しやすくなります。これらの変化が心身の健康にどう影響するのでしょうか。『「つながり」と健康格差』著者で、公衆衛生学と老年学を専門に研究する村山洋史(むらやまひろし)さんに解説していただきました。

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結婚は健康に良いのか

つながりの中でも、最も身近で濃密といわれているのが家族とのつながりです。とりわけ配偶者とのつながり、つまり夫婦関係が健康に及ぼす影響は多大です(多くの方が既に実感しているかもしれません)。

結婚は人生の一大イベントですが、健康という視点では有益なのでしょうか、それとも有害なのでしょうか。その結論は、「若年期には限定的だが、メタボ等の健康リスクが増してくる中年期以降、徐々に健康に良い影響を与えてくれる」でした(1)。結婚することで「自分の身体は自分だけのものではない」という意識が芽生えたり、結婚を契機にこれまでとは違う新しい人間関係を獲得したりすることで、健康にポジティブな効果をもたらしていると考えられます。

また、その質も重要です。円満な結婚生活は健康に良い効果を与える一方、不仲や満足感の低い結婚生活は健康リスクになり得るようです。例えば、アメリカの研究では結婚生活の質や満足感が高い人は、独身者に比べて血圧が正常域の人が多かったのに対し、結婚生活の質や満足感が低い人は、異常域の人が多かったのです(2)。
配偶者は最も近い存在であるだけに、その影響はプラスにもマイナスにも大きいようです。つながりづくりにおいて、まずは夫婦関係という足元のつながりを大切にすることこそ重要というわけです。

妻の幸福度は夫の定年退職で低下する!?

「定年後は悠々自適な生活を送りたい」「定年したら○○をやってみたい」など、定年退職後の夢を持っている人も多いのではないでしょうか。
性別、年代別の幸福度をインターネットで調査した研究があります(3)。それによると、男性は40代で最も低く、それ以降は年代が高いほど幸福度の平均値は徐々に高い傾向がありました(図1)。

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40代は一般的に中間管理職的な役割を担う時期であり、仕事の大変さなどが大きく関係していそうです。50代では、役目が変わったりしてその大変さが少し緩和されるために、幸福度が少しだけ高いのかもしれません。
60代以降は、定年退職してそれまでの仕事のストレスから解放されたので幸福度が高いのでしょうか。もしかすると、夢見た定年退職後の生活を実現している可能性もあります。

では、女性はどうでしょうか。なんと、女性は60代以降は年代が高いほど、それまでの年代と比べて幸福度が低い傾向にあったのです。60代以降で幸福度が高くなる男性とは正反対の傾向です。男性にとってはちょっとショックな結果です。

定年退職後から変わる夫婦のパワーバランス

年代による夫婦関係の変化がよく分かる他のデータも紹介します。ほっとする相手が誰かを性別、年代別に比較した調査(4)では、男性では年代が高いほど配偶者をほっとする相手として選んでいる人の割合が高くなる傾向がある一方、女性はどの年代でもほっとする相手が配偶者である割合は約6割です(図3)。

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男性は配偶者にサポートを求めるのに対して、女性は親族や友人にサポートを求める傾向があることが分かります。関係性がより近く、安定した存在を重要視する男性と、色々な人との付き合いを重視する女性といったところでしょうか。

夫婦のパワーバランスも気になるところです。夫婦間でどちらの意見が通りやすいかを質問したところ、図3のように、50〜59歳では、「いつも夫」と「だいたい夫」を合わせた夫の意見が通りやすいと回答している人の割合が多いのですが、65〜69歳では逆転し、妻の意見が通りやすいという割合が多くなっています(5)。

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これらの結果は、高齢期の入り口で経験する定年退職という一大ライフイベントが、夫婦関係に及ぼす影響を顕著に示しているといえます。この時期には、夫婦は次に挙げるような変化を経験します。

1.生活や社会関係の変化

どの年代でもその時に応じて幅広く社会関係を築くことができる女性に対して、定年を迎えて高齢期に入った男性はそれまでの生活や人間関係が一変してしまいます。その結果として、頼る相手が妻だけになり、その依存的な関係性が夫婦の力関係を変えてしまいます。
一方で、女性はこれまで築いてきた生活が夫の定年退職によって崩されるかもしれないという危機感を抱きます。これも夫婦間のギャップを生むことにつながります。

2.収入の変化

家庭の稼ぎ手だった頃に比べると、一般的には定年退職後は収入が減少してしまいます。
収入が減ることで、これまでとは暮らし方を変化させないといけない部分もあるでしょう。また男性は稼ぎ頭というポジションを失うことによって、家庭内での地位が変化しがちです。

3.病気などによる体調の変化

年齢を重ねるに従い、様々な病気や障害を持つリスクは高まります。親の介護が一段落しても、配偶者の介護の可能性が出始めるわけです。
男性の平均寿命が女性に比べて短いことを考えると、男性の方が早い時期に大きな病気を患いがちです。体調の悪化は男性の妻への依存度を加速させ、夫婦の勢力図を書き換えているのかもしれません。

4.目標や価値観の不一致

子どもが小さい時期には、子育てを夫婦の共通の目標として、一緒に頑張る、あるいは役割を分担することが可能です。
しかし、子どもが手を離れてからは子育てのような夫婦の共通の目標を見つけにくいと言われます。また、それに伴って夫婦で話し合う機会が少なくなってしまうと、それぞれの価値観にずれが生じていることにも気づきにくくなってしまいます。

定年退職後は、夫婦で一緒の時間が増えます。それだけに、夫婦は互いの立場や意見を理解し尊重し合うことが大切です。
これからの生活について夫婦で意見を交わし合い、お互いを知ることも必要です。お互いのことをよく理解してこそ、定年退職の時期や高齢期に近づくにつれて起こり始める変化に対応できるでしょう。

夫婦関係は、長い期間をかけて築かれていくものです。「これまで仕事ばかりでそんな時間を持ってこなかった」「妻の意見に耳を傾けたことなんてなかった」という人もいるかもしれません。世の男性は、女性、特に自分の妻が何をどう考えているのかについて思いを巡らし、徐々に対話を始めてみる必要がありそうです。

男性は妻と離れると死亡リスクが上がる

このように、男女で夫婦関係への意識や思いには違いがあることが分かりましたが、健康への影響にも違いがあるのでしょうか。

婚姻状況と死亡率を調べた研究から面白いことが分かっています(6)。男性では、既婚者に比べて死別あるいは離別した人の将来の死亡率はそれぞれ約1.3倍、1.5倍高いという結果でした。男性にとって、配偶者との別れは死亡リスクなのです。
しかし、女性ではそれとは全く異なる傾向でした。死別と離別の死亡リスクは両方とも約1.0倍、結婚している人と同じレベルだったのです(図4)。つまり、結婚していても、死別や離別をしても、女性の将来の死亡率は変わらないということです。

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理由の一つは生活力の差です。女性は家事など自分で生活をしていくスキルがある一方、男性は自活スキルがない場合が多く、配偶者と死別、離別してしまうと、食事や生活リズムといった生活の質が落ちてしまい、不健康に陥った可能性があります。

加えて、社会とのつながり量の差が考えられます。男性は退職後に人間関係が一気に希薄化する傾向がありますが、そんな中、家庭外とのつながりを仲介してくれる頼みの妻と別れてしまっては、周りの助けを得ることもできなくなります。
かたや女性は、友人とのつながりや地域を通じたつながりが男性に比べて強く、夫と別れた後も変わらず他者とのつながりを持てているのです。

第3の居場所をみつける

『The Case for Marriage』という本では、離別について「男性が離婚すると、タバコを毎日1箱吸うのと同じだけ寿命が短くなる」と記されています(7)。男性にとっての配偶者とのつながりが持つ健康への影響をうまく表していると思います。

残念ながら、人はいつか死んでしまうものです。配偶者が亡くなって一人になった時でも困らないように、少しずつ準備しておくことが大切です。
例えば、職場でも、家庭でもない、第3の居場所を持っておくのはどうでしょうか。それは身近な地域の中にあるかもしれませんし、趣味の活動かもしれません。いずれにせよ、何らかの居場所を持っておけば、一人になった時でも助けが得られる友達や知り合いが見つかるはずです。

参考文献

(1) Guner N, Kulikova Y, Llull J. Does marriage make you healthier? CEPR Discussion Paper No. DP10245. 2014.
(2) Holt-Lunstad J, Birmingham W, Jones BQ. Is there something unique about marriage? The relative impact of marital status, relationship quality, and network social support on ambulatory blood pressure and mental health. Annals of Behavioral Medicine 2008; 35(2): 239-244.
(3) 小谷みどり. どんな人が幸せなのか:幸福に対する価値観との関連から. Life Design REPORT 2012. http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp1207a.pdf
(4) 経済企画庁. 家庭と社会に関する意識と実態調査報告書. 1994.
(5) 東京都老人総合研究所社会学部門. 現代定年模様: 15年間の追跡調査. 1993.
(6) Ikeda A, Iso H, Toyoshima H, et al. Marital status and mortality among Japanese men and women: The Japan collaborative cohort study. BMC Public Health 2007; 7: 73.
(7) Waite LJ, Gallagher M. The case for marriage: Why married people are happier, healthier, and better off financially. 2000.

村山洋史(むらやま・ひろし)

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1979年生まれ。2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。東京大学高齢社会総合研究機構、ミシガン大学公衆衛生大学院を経て、2021年より東京都健康長寿医療センター研究所・研究副部長(テーマリーダー)。2012年日本公衆衛生学会奨励賞、2015年公益財団法人長寿科学振興財団長寿科学賞、2020年日本疫学会奨励賞などを受賞。専門は、公衆衛生学、老年学。著書に『「つながり」と健康格差』(ポプラ社)。

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