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2021.05.26

買い物帰りの妻を圧倒的に絶望させる「最後の3m」|夫に手伝ってほしいのでなくねぎらってほしい

東洋経済オンライン

在宅勤務が増えた比較的若い夫婦の仲でもありえることです(写真:A_Team PIXTA)

参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/428506?utm_source=deschl&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

在宅勤務が増えた比較的若い夫婦の仲でもありえることです(写真:A_Team PIXTA)

コロナ禍や定年退職後、急激に一緒にいる時間が増えた夫婦。「家にいる夫」に対して不満を抱いている妻も少なくありません。今後の共同生活を長く続けていくことに不安を感じている夫婦が、より快適で前向きに暮らすためのヒントとは?

「子どもを産んだ妻を夫が散々イラつかせる理由」(2021年5月12日配信)、「妻に過去の失態を蒸し返される夫が知らない心理」(5月19日配信)に続いて、男女の脳の使い方の違いを30年以上研究し、大人気「トリセツ」シリーズを手がけた黒川伊保子氏の著書『不機嫌のトリセツ』より、黒川氏自身の体験・経験を交えた夫婦論における女性の心理についてのパートを一部抜粋、再構成してお届けする。

夫婦は、24時間一緒にいるのに向いていない

2019年、私たち夫婦は還暦を迎え、夫が定年退職をした。

ときに、結婚35周年を迎えようとしていた私たちである。ふと、こののち何年夫婦を続けていくのかしら、と指折り数えてみて、驚愕してしまった。

1959年生まれの私たちの世代は、3〜4人に1人が100歳以上生きるとメディアで言われていた。もしも万が一(三が一だけど)、私たちが100歳に到達するのなら、なんとこれから40年もあるのである。人生100年時代の到来は、結婚70年時代の到来でもあったのだ。

これまでよりはるかに長い年月を、私たちは夫婦として生きてゆく……!

永遠の愛を誓って涙を流し、わが子に出会い、泣いたり笑ったりしてともに歩いてきたこの道のりより、はるかに長いって、どんなに長いんだ。

しかも、夫が家にいる。

こ、これはかなりの覚悟と工夫が要るのでは? と、私は珍しく動揺してしまった。

うちだけの問題じゃない。残念ながら、この事態に、人類は慣れていない。少し前まで、男たちは定年退職した後、そう長くは生きてはいなかったのだもの。そもそも、とっさに正反対の感性を働かせ、別々の行動に出る男女は、24時間同じ空間で暮らす仕様にはできていない。

妻の笑顔が10年も消えている家、定年が怖い家、そして、コロナ禍で若い夫婦さえも一軒の家に閉じ込められている今、日本の夫婦シーンは、暗雲立ち込めている。

妻が、買い物袋を両手に提げて、玄関から入ってきた。そんなとき、夫は跳んで行って、荷物を持っているだろうか。

我が家ははるか以前に、これをルール化した。私が、買い物袋をカサカサいわせながら玄関のドアを開けると、リビングで寛いでいた夫や息子が、跳び起きて、走ってきてくれる。夫が荷物を受け取り、幼い息子が手をさすってくれた。私は、その度に、「この家族のために、何でもできる」と思ったものだった。

共働きで、買い物も料理も、洗濯も風呂掃除も、全部私がやっていたけど、この瞬間にすべてのわだかまりが氷解する。そんな感じだった。今では、誰もルールだなんて意識していないけど、やっぱり荷物の気配を察すれば、2階のリビングから夫や息子が降りてきてくれる。

ルール化した理由は、ここがいちばん腹が立つポイントだったからだ。「ただいま」と声をかけても、夫が寛いだままのうのうとしていると、うんと腹が立つ。アタッシュケースに買い物袋を二つも三つもぶら提げて帰宅した私自身は、1秒も寛ぐことなく台所に立つのに。

腹立たしさを抱えながら台所に立つと、料理をしながら、「私ばっかり」と情けない気持ちになってくる。ついでに「洗濯も、風呂掃除も、このあと、私がやるんだわ」と家事の不公平を数え上げる羽目になる。これは危険だと判断し、「私が帰宅したら、玄関まで迎えに来る」をルール化したのである。それだけはやってほしい、買い物も料理もしないでご飯を食べるのだから、とお願いして。

結果、このルールは、私たち夫婦の結束を固くした。だから、日本中の夫である方に、熱烈推奨したいのである。特に、「家にいる夫」には、買い物帰りの妻を迎えるシーンが多発する。ゆめゆめ、気を抜かないように。

「重くてつらいから手伝ってほしい」のではない

あるとき、テレビのニュース番組の情報コーナーで、「妻の買い物袋を台所まで運んでください」と言ったら、コメンテイターの50代男性に「それは偽善だよ」と言われた。「妻は、ここまでの500mを運んできてるんだ。最後の3mがなんだっていうんだ。そこだけ持ってやったって、意味がない」と。

私は、「いやいや、妻は、最後の3mで絶望する」と答えた。家族のため、重い買い物袋を持って歩くこと自体に、私たちは腹は立たない。「こんなに重いなんて、家族なんていなきゃいいのに。子どもなんか産まなきゃよかった」なんて、誰が思うだろう。

けれど、玄関を入って、リビングで寝そべったまま何もしない夫には絶望する。要は「重くてつらいから手伝ってほしい」のではなく「ここまで500m重い荷物を指に食い込ませながら歩いてきたことをねぎらってほしい」からだ。

女性脳は共感とねぎらいで、ストレス信号を減衰させる。家事を手伝ってくれることもたしかに嬉しいけど、家事をねぎらってくれることのほうがずっと大事。

そう考えてみると、ヨーロッパの男性たちがするレディファーストは、よくできたマナーだ。女性が荷物を持っていたら手を差し伸べる、ドアを開けようと思っていたら開けてやる、女性が椅子に座るのを待ってから自分が座る。あれは、女性たちに「あなたを見守ってますよ、あなたがしていることに敬意を抱いてますよ」を表すアイコン(象徴)。今さら恥ずかしいと言わず、試してみてほしい。定年後の暮らしが楽になる最大のコツだ。なにせ、ここから40年あるのである。

くだんのコメンテイター氏は、「うちの妻は、30年も完璧な専業主婦として、僕を支えてくれている。いわば、プロフェッショナル。うちの妻に限って、そんなことは絶対にない」と言い切っていたが、翌日、お詫びのメールをくださった。「帰宅したら、玄関に妻が立っていて、黒川先生が正しい、と叱られました」と。

「妻をねぎらう」が夫婦を救う

あるとき、私のイタリア語の先生(イタリア人男性)に、夫源病について説明していたら、まったく通じない。イタリア語が難しいわけじゃない(最後はほとんど日本語でしゃべっていた)。イタリア人男性が、日本の夫たちが気軽にすることをしないからだった。

「2階から、妻を呼びつける?したことがない。イタリア男は誰もしない。イタリアの女性は、絶対に来ないから」

「お茶!それだけでお茶が出るの? イタリアでは、店員さんにさえ、「Per favore(お願いします)」をつけるのに。しかも、家で飲み物を淹れるのは男の役目。イタリアで、妻に「Un caffè(コーヒー)」と言ったら、「いいわね」か「要らない」のどちらかの返事が返ってくる」

「靴下を脱ぎっぱなしにする?なんだそれ。イタリアでは、大人はけっしてそんなことはしない」


『不機嫌のトリセツ』(河出書房新社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

「妻に小言?とんでもない。女性たちの仕事には敬意を払う。家事は簡単なことじゃないから」

……だそうです。

イタリアでは、職業を聞かれると、堂々と「主婦(Casalinga、カーサリンガ)」と応える。家ごとに独自のパスタとソースとドルチェを継承していくマンマたちの地位は高い。「職業は?」と聞かれて、「いいえ、何も。ただの主婦です」と答えるわが国の主婦たちがなんと多いことか。自分を過小評価しすぎて、人生に意味が見いだせず、夫に絶望する。家族に主婦業に対する敬意がなく、「ねぎらう」マナーがないのが問題なのだろう。

とはいえ、恥ずかしがり屋の日本男子に、イタリア男の真似はとうてい無理。日本男子らしい、和のレディファーストを作らなければならないかもしれない。

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黒川 伊保子:人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家

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