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2021.06.03

運動が身体にいいのはなぜ?健康効果とヒスタミンの関係【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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適度な運動が健康にいいのは周知の事実。でもそれはどのようなメカニズムなのでしょうか?

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Science Advances誌に2021年4月14日掲載された、ヒスタミンと運動との関連についての論文です。とても面白くて刺激的な内容だと思います。

▼石原先生のブログはこちら

運動が健康にいいのはなぜ?

運動が健康に良いということは、多くの疫学データにより実証されている事実です。適度な運動習慣は、心血管疾患や糖尿病、気管支喘息などの慢性疾患の多くにおいて、その予防にもなると共に、治療でも有効であることが実証されています。

しかし、こうした運動の慢性効果のメカニズムが、実際にどのようなものであるのかについては、必ずしも明確なことが分かっていません。

運動というのは基本的に身体に負荷を掛ける行為です。運動により筋肉の血流は増加し、細胞内のミトコンドリアのエネルギー産生は増し、インスリンの感受性は高まり、全身の血流状態も改善します。

これは基本的には筋肉に負荷が掛かることに対する、身体の適応(順応)のシステムが関連していると想定されていますが、その詳細なメカニズムは不明の点が多いのが実際です。それ以外に、筋肉由来の一種のホルモンが脂肪の燃焼を促すような仕組みも報告されています。

運動後の血流増加を引き起こすヒスタミン

さて、運動に伴う血流増加の仕組みにおいて、最近注目されているのがヒスタミンの働きです。

ヒスタミンはヒスチジンというアミノ酸から合成される生体アミンで、その多くは白血球に蓄えられて刺激により分泌され、それ以外に少量が胃粘膜と脳に存在しています。ヒスタミンの増加は、じんま疹や鼻水などのアレルギー症状を引き起こし、脳では覚醒アミンとして覚醒状態のコントロールを行い、胃粘膜では胃酸の分泌を刺激します。

ヒスタミンには複数の受容体があり、H1受容体が刺激されると主にじんま疹や鼻水などの反応が起こり、H2受容体が刺激されると胃酸の分泌が主に抑制されます。そのためH1受容体の阻害剤が、風邪や花粉症の治療には使用され、H2受容体の阻害剤が、胃潰瘍や胃炎の薬として使用されているのです。

さて、このヒスタミンは、運動後の血流増加を引き起こす原因物質の1つであることが、以前より指摘されています。しかし、運動後に起こる全身変化のうち、ヒスタミンがどの程度影響しているのかの実際については、まだあまり明確なことが分かっていません。

ヒスタミンを阻害して運動したらどうなるか?

そこで今回の検証では、健康なボランティアを被験者として、運動による急性の身体の変化とそれを繰り返した場合の慢性の変化をくじ引きで2つの群に分け、一方はH1受容体とH1受容体の、両方の阻害剤を服用後に運動し、もう一方は偽薬を服用後に運動して、血流や血管内膜機能、インスリン感受性、ミトコンドリアのエネルギー産生能などを比較検証しています。

例数は急性影響で8名、慢性影響でも20名と少ないのですが、非常に詳細な生理学的分析がされています。

使用されている薬剤は、H1受容体の阻害剤としてフェキソフェナジン(商品名アレグラなど)を、単回で540mg使用し、H2受容体の阻害剤としてはラニチジン(商品名ザンタックなど)を単回で300mg、もしくはフェモチジン(商品名ガスターなど)を単回で40mgが使用されています。

これは胃薬は通常の日本での1日量を1回という量で、フェキソフェナジンは日本での1日量は、120mgから240mgなのでかなり多いのですが、海外では180mgの単回投与が一般的なので、その3錠分を1回で、ということになります。ただ、この薬は単回で800mgまでは、人体に有害な影響はないとされています。

運動機能の改善度やブドウ糖の取り込み能等に影響が

その結果、試験開始後6週間後の運動機能の改善度やミトコンドリアのエネルギー産生能などは、偽薬に比較してヒスタミン拮抗薬使用群では、有意に低下していました。また、抹消のインスリン感受性やブドウ糖の取り込み能、末梢血管の血流や内膜機能においても、その改善度はヒスタミン拮抗薬使用群で有意に低下していました。

そして急性影響についても、運動後の血流増加は、ヒスタミン拮抗薬の使用により抑制されていました。

つまり、運動による健康影響のうち、糖代謝や血流改善、エネルギー代謝の増加などは主にヒスタミンの増加によりコントロールされていて、通常の使用量の倍量程度の一般的なヒスタミン阻害剤の服用により、かなり大きな影響が出ることが確認されたのです。

ヒスタミン阻害剤は適正使用を

この結果はまた別個のデータにより、検証される必要がありますが、H1ブロッカーとH2ブロッカーの併用により、これだけ大きな影響があるという指摘は重要視する必要があり、今後その適正使用についても問題となる可能性を秘めていると思います。今後の検証に注視したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。2021年には北品川藤サテライトクリニックを開院。著書多数。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36