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2021.01.22

朝起きは三文の得:日の出から日没までが江戸の一日【健康ことわざ#6】

日本ことわざ文化学会:渡辺 慎介

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朝起きは三文の得 蜂谷茂橘(椎園)編「国字分類 諺語」(幕末)など

意味:早起きすることが身体のためによいという教訓。

解説

私はこのことわざの意味を、早起きすればわずかな金でも拾うこともあるから得になると、子どものころから誤解していました。そんな解釈があってもよいのではないかと今でも思っています。しかし、このことわざの力点は、むしろ早起きが健康な生活の基本であるとの主張にあるようです。

中国の言葉が起源のことわざですが、日本にもその起源があるそうです。その一つは、土佐藩の奉行・野中兼山による河川改修工事です。兼山は、米増産に必要な灌漑用水確保のため、河川の改修などの施策を積極的に推進しました。しかし、河川改修に伴う農民の労役はまことに苛烈でした。しかも、朝寝して労役に遅刻した者には銀三匁の罰金が科せられました。これが「朝起きは三文の得」の語源であると、原田伴彦著「江戸時代の歴史」にあります。この場合「三文の得」は、時間通りに労役に就けば「三文の損はしない」の意味で、本当に「得」をしたとは思えません。農民は誰も得をしていません。

三文はいくら?

このことわざの「朝起き」を「早起き」に、「得」を「徳」に置き換えても、意味は変わりません。ところで三文は今ならどれくらいの価値なのでしょうか。260年以上も続いた江戸時代ですから、貨幣価値にも変動がありますが、三文は今の価値に換算すると数十円から300円程度になりそうです。大まかには三文で100円程度なのでしょうか。ですから三文の得は僅かな得という意味になります。
 
同類のことわざには、「宵寝朝起き長者の基」、「朝起き三両始末五両」(始末は倹約の意)などがあります。翻訳物では「早起き鳥は餌(え)に困らぬ」が知られています。「早起き鳥」は、early birdの訳です。反対側から見たことわざには「朝寝朝酒貧乏の基」があります。まさにその通りでしょう。また、「盗人の昼寝」という「朝起き」とは相反することわざがあります。人々の寝静まる夜に仕事をする盗人は、昼に寝ておかなければなりませんから、何をするにも理由があるとの意味になります。
 
照明がないに等しい江戸の町では、日の出とともに働き始め、日没前に活動を停止せざるを得なかったでしょう。同じ生活を今実行するのは不可能ですが、早起きして健康な生活を送ることは現代でも可能です。朝起きは三文の、いや、きっと三両の得になるでしょう。新年からの新しい習慣に「朝起き」を取り入れてはいかがでしょうか。

執筆者プロフィール

■渡辺 慎介(わたなべ・しんすけ)
日本ことわざ文化学会会長 横浜国立大学名誉教授 物理学が専門であるが、定年後はことわざの面白さ、奥深さにのめり込んでいる 写真を趣味とするも、ことわざのため最近は写真から縁遠い

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