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2020.10.07

臨月にコロナ感染した彼女の壮絶な出産体験記|まさかの事態に病院は特別態勢を組み対応した

東洋経済オンライン

すでに妊娠・出産を控える夫婦だけでなく、将来的に計画している夫婦や関係者にとってもひとごとではない話だ(写真はイメージ、写真:Mills/PIXTA)

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すでに妊娠・出産を控える夫婦だけでなく、将来的に計画している夫婦や関係者にとってもひとごとではない話だ(写真はイメージ、写真:Mills/PIXTA)

9月16日、日本産婦人科医会は、全国の分娩取り扱い施設における新型コロナ感染症についての実態調査をとりまとめて発表した。それによると、2020年1月から6月末までの6カ月間に、全国で少なくとも72人の妊婦が新型コロナ感染症に感染していたことがわかった。

妊婦72人のうち12人がコロナ感染中に出産

そのうち、感染している間に出産になってしまった母親は、12人いた。妊婦の全国的な感染状況が明らかになったのは、これが初めて。


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感染している間の出産とは、どんな体験なのだろうか。

関西在住のMさん(仮名)は、手洗いや消毒などのコロナ対策をぬかりなく実践し、そうしながら、2人目の子を胸に抱く日を楽しみに待つ妊婦だった。

前回の出産は、生まれてすぐに子どもを素肌の胸の上に載せ、写真をたくさん撮って、分娩台の上で母乳をあげた。今度も同じクリニックで同じようなお産ができると思っていたのに、新型コロナ感染症はあまりにも突然にMさんの家庭へやってきた。

陣痛がいつ来てもおかしくない「臨月」に感染したMさんは、産科学的には何の問題もなかったにもかかわらず、防護服に身を包んだ大勢の医療者に囲まれながら手術台に上がった。

Mさん自身の重症化を防ぎ、そして新生児、ほかの入院患者、医療者などへの感染リスクを最小限にするため、計画的に人を配置し短時間で終えることができる帝王切開が選ばれたのだった。子どもは、産声だけは衝立の向こうから聞こえてきたが、顔を見ることもなく隔離室に連れていかれた。

家庭にウイルスを持ち込んでしまったのは、夫だった。

「夫は、『一生かけて償います』と言っています」

帝王切開後、コロナ病棟で1人過ごした産後の寂しさを語る妻に、Mさんの夫はそこまで言ったそうだ。

「ひょっとして感染したかも」と夫が感じ始めた日はちょうど週末で、Mさんは仕事が休みだった夫に上の子を託して外出していた。

「そうしたら、外出先へ夫から『何時に帰れるの?』と電話が入って気になったのです」

Mさんが帰宅すると、夫はすでに咳をしていた。身体もだるく、横になって休みたいと言う。そして「実は、前の日から違和感を覚えていた」ということを妻に打ち明けた。

「どうして言ってくれなかったの!」とMさんは思ったが、もう、どうしようもない。

「お互い忙しくて、夫婦の会話が少なくなっていたと思います」

Mさんは、後になってそのことを何度悔やんだかわからない。ただ、今回のこの感染が防げることだったかどうかは、誰も答えることができないだろう。朝は大して気にもならず、息子と遊べるほどだった症状が、急速に悪化してしまったのだ。

間もなく、夫が少し前に飲食を共にした取引先が、感染していたことがわかった。

家族のPCR検査の結果は、まず夫が、次いでMさんが陽性と判明し、子どもは陰性というものだった。子どもの通園先の職員など、家族が接触していた人たちには陽性者が出なかったことがせめてもの幸いだった。

夫は自主隔離でホテルへ去り、子どもは義母に預けて、誰もいなくなった静かな家でMさんが1人待っていると、保健所が手配した迎えの車がやってきた。一般のコロナ患者と違ったのは、分娩準備用品や赤ちゃんの服が詰まった大きなバッグを抱えて車に乗ったことである。

行き先は京都府立医科大学附属病院の感染症病棟で、同病院の産婦人科が、妊婦としてのMさんの転院先となった。通い慣れ、信頼関係もできていた産科クリニックは、夫が濃厚接触者になった時点から立ち入ることができない場所になっていた。

通常分娩では難しく「予定帝王切開」に

報道で「感染中の出産は帝王切開」と聞いていたので予想はしていたが、入院すると、やはり通常分娩では難しいため、あらかじめ帝王切開と決めておく「予定帝王切開」が提案された。手術は怖かったけれど状況が状況だけに、Mさんにはそれを承諾することしかできなかった。

京都府立医大病院の産婦人科でMさんの担当医だった藁谷深洋子医師は「Mさんには感染防止に多大なご協力をいただいて感謝している」と言った。

「なぜ、こうなるの?と思っても口に出せず、我慢していただいた場面もあったのではないかと思います。ただ、私たちとしては、院内感染防止のためにはベストを尽くさなければなりませんでした」

Mさんがいちばんつらく、また京都府立医大の医師やスタッフも心が痛んだのは、出産後、親子が2週間もまったく会えないことだった。

「普通に生まれていたら、たくさん抱きしめて、母乳をあげて、話しかけてあげたのに……。

私の子は、マスクで顔が隠れた人にしか会うことができない。抱っこもしてもらえない」

Mさんがそんな思いに沈む中、せめてもの慰めにと、新生児科の看護師たちが、赤ちゃんがミルクを飲んでいるかわいい様子を捉えた動画をMさんに送ってきてくれた。それは病棟に備えられたiPadで見ることができた。

動画の中のわが子は、ゴクゴクと元気そうにミルクを飲んでいて、日々成長していく様子が見てとれた。それを見るのが、Mさんにとって何よりもうれしい時間だった。

これが、Mさんが入院中に送ってもらえた動画の1コマ。Mさんの赤ちゃんがたくましく、一生懸命にミルクを飲んでいる様子を見ていると「お母さんと会えるまで、頑張れ」と声をかけたくなる(写真提供:京都府立医科大学病院)

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これが、Mさんが入院中に送ってもらえた動画の1コマ。Mさんの赤ちゃんがたくましく、一生懸命にミルクを飲んでいる様子を見ていると「お母さんと会えるまで、頑張れ」と声をかけたくなる(写真提供:京都府立医科大学病院)

Mさんがわが子と初めて対面し、抱きしめることができたのは退院後のことだった。さっそく母乳をあげると、赤ちゃんは上手に飲んだ。

母乳は通常、飲ませなければ出なくなってしまうのだが、Mさんは入院中に搾乳機を借りて搾乳を続けたので分泌を維持することができた。赤ちゃんのほうも、哺乳瓶しか使わないと母親の乳首から飲めなくなることがあるが、幸いにも、Mさんの赤ちゃんにはそれは起きなかった。

Mさんに、感染が不安な妊婦さんへのメッセージを聞いてみると、こう話してくれた。

「もし感染して独りぼっちの産後になってしまっても、必ず赤ちゃんに会える日は来ます。だから、頑張って、と伝えたいです。

それから、私のような出産をする妊婦が出ないように、妊娠している人と、そのご家族はくれぐれも慎重に行動してほしいと思います。こんなに騒がれていても、どこかで『私は大丈夫』と思っている人は多いのではないでしょうか」

妊婦の感染は病院にも負担が大きい

妊婦の感染は、病院にとっても、負担が大きい。

Mさんを今回受け入れた京都府立医科大学産婦人科学教室の北脇城教授によると、同病院は府の第一種感染症指定医療機関であり、流行初期から最前線でコロナと闘ってきたが、院内で感染中の分娩があったのはMさんが第1号だった。準備はしていたものの、いざ実際に感染妊婦の分娩を扱ってみると、予想をはるかに上回る大変さだったと北脇教授は言う。

感染病棟では帝王切開はできないので、そのときには、手術室はもとより、手術室と感染病棟を往復する動線をすべて立ち入り禁止区域としなければならない。

すべてが終わり、厳重な消毒が完了するまでそこには防護服を着けた者以外誰も入ってはいけないのだ。そのためには、病院のさまざまな部門が力を合わせなければならなかった。手術日は外来患者が来ない休診日が選ばれ、たくさんのスタッフが休日出勤をした。

「私たちは、可能な限り妊婦さんを受け入れていく覚悟です」と北脇教授は言う。

「しかし今後、例えばこの秋冬に大きな流行がやってきた場合は、この府立医大も満床になってしまうかもしれません。そうなると、いつ産気づくかわからない妊婦患者が行き場を失う心配もないわけではない」

京都府立医大では、Mさんの後にも再び感染した母親の帝王切開があった。北脇教授はそうした経験から得られたことを他施設にも積極的に提供し、もっと多くの病院が感染妊婦を受け入れられるようにしていきたい考えだ。

妊婦のコロナ感染例は0.02%

冒頭で紹介した全国実態調査の推計によると、日本の妊婦がコロナに感染した割合は妊婦全体の「約5000人に1人(0.02%)」であり、確率としては決して高くはない。調査をまとめた日本産婦人科医会医療安全部会の関沢明彦医師(昭和大学産婦人科学教授)は、この結果を「妊婦さんたちの慎重さの賜物」だと考えている。

医療関係者も、手探り状態を強いられながらも敢闘した。亡くなられた方が1人いたが流行地から入国した旅行者で、国内で妊婦健診を受けていた妊婦の中に死亡例、重症化例はなく新生児への感染例もなかった。

とはいえ、調査は、感染した妊婦の中には大きな影響を受けた母親もいたことを示唆している。Mさんのように感染している間に分娩となった人は12人いて、感染がどう影響したかは不明だが、早産の時期の出産になってしまったケースも2例あった。

分娩方法はすべて帝王切開だった。1例を除き、産科的な問題はない妊婦だった。出産後は全員が母児分離(子どもに会えない状態)となり、母乳をあげられたのはたった1人だった。

感染経路は、家庭内感染が57%で最多だった。まさにMさんのような、夫が必死に謝ったケースが多かったということだろう。

厚生労働省は、コロナ禍の中で妊娠期を送る女性の支援策としてテレワークや休業を推進しているが、妊婦たちからは、自分だけではなく、夫も出勤しないでほしいという声が高い。その心配は、的を射ていたということになる。

しかし、医療者をはじめテレワークができない仕事は多く、家庭内感染を防ぐことは現実的にはとても難しい。

妊娠後期はとくに慎重な行動が必要

筆者が調査会社ニンプスと実施した調査では、出勤している夫との接触を減らすために別居をしているという女性や、食事は別にとるという女性もいたが寂しそうな様子だった。妊娠中は夫婦の触れ合いを大切にしたい時期でもあり、Mさんのように「もっと会話があればお互いの体調が把握できた」と反省している人もいる。

関沢教授は、夫に感染の可能性が高まったとき、速やかに妊婦を守れる仕組み作りを提案する。

「私たちは調査からの提言として『自宅に感染者、濃厚接触者が出た場合は、妊婦が安全に隔離される体制が必要』と書きました。例えば、無症状、軽症の感染者でも家庭に妊婦がいる場合は自宅待機とせず、優先的にホテルなどへ移れるとよいのではないでしょうか」

とくに慎重に行動してほしいのは、妊娠後期だ。妊娠後期は感染中に分娩となる可能性があるうえに、重症化しやすいことがわかってきた。今回の日本産婦人科医会の調査でも、酸素投与が必要になったケースが、全体では17%だったが、妊娠後半・産後では37%と2倍以上に増えた。

「未知の病」も、感染拡大が始まったころに比べるとずいぶんいろいろなことがわかってきた。これからは、わかったことを素早く生かす柔軟さがますます大切になるだろう。

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河合 蘭:出産ジャーナリスト

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