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2020.09.12

“美しい”が心と身体を豊かにする!アートと脳の不思議な関係

kencom公式ライター:大貫翔子

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美しい絵画や心躍る音楽に触れると、モヤモヤした気分が晴れたり、テンションが上がってやる気に満ち溢れたりと、心に対してなんらかの動きが生まれることってありませんか?

誰しもが一度は体感したことがあるであろう、美術鑑賞をはじめとするアートに触れる体験は、私たちの心身に働きかけて健康的なメリットをもたらすということが近年、科学的に明らかになりつつあります。

今回は改めて「アート」と健康の関係について、慶應義塾大学で感性科学を専門に扱う川畑秀明教授に伺いました。

川畑 秀明(かわばた・ひであき)先生

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慶應義塾大学文学部教授。九州大学大学院博士課程修了。博士(人間環境学)。現在、美や芸術、対人魅力など、人が美しさを感じる心や脳の働きに関する基礎研究とアートの効用や抗加齢医学などへの応用展開について研究を行っている。著書に「脳は美をどう感じるか―アートの脳科学」(ちくま新書)、「美感:感と知の統合」(勁草書房 三浦佳世・横澤一彦と共著)など。

アートと脳の働きを探る「感性科学」とは

「わたしが研究している『感性科学』は、心理学をベースにした学問です。美術や音楽が、脳や心にどのような影響をもたらすかを研究しています。いわゆる芸術と呼ばれるものだけでなく、人の容姿など身体的な美しさが脳に与える働きも対象です」(川畑先生)

このような美的経験についての研究は哲学の一分野として古代ギリシャ時代から行われてきたそうです。19世紀後半からはデータに基づいて実験や解釈を行う心理学の一部として研究され始め、脳科学として成立したのは2000年代に入ってからのこと。

人の心や脳について研究する感性科学は、さまざまな学術領域にまたがって進化を遂げてきたといえます。

脳はどのようにアートを認知しているか?

「自分にとって好ましい物や状況を認識したとき、脳の中の眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と呼ばれる領域の一部が活性化します。この場所は脳科学では『報酬系』とも呼ばれ、美術だけでなく、『お金をもらえる』というような社会的なメリット、容姿に優れた人など、接した事象を快適に感じられる場合に働きます。美術に対して美しいと感じるときも同じです。

反対に、私たちの研究では美術作品を醜いと感じるときは『左脳運動野』という領域が活動し、本能的に対象から遠ざかろうと反応します」(川畑先生)

自分が美しいと思う絵画や音楽に触れた時には脳がメリットであると感じていて、醜く感じるということは本能的に遠ざかろうとする拒否反応が出ている、ということになります。

人によって好みが分かれるというのは脳の反応が違うということに繋がるのかもしれませんね。

アートが健康に与える効用とは

ここ10年ほどの研究によって、美術鑑賞をすることで痛みが軽減したり、血圧が下がったり、精神が安定したりするという結果が報告されています。

これらのアートが脳へ与えるポジティブな効果を活かして、カナダのモントリオールでは2018年から精神疾患やストレス、痛みへの医学的処方として芸術鑑賞を用いている例もあります。

しかし、アートが人の心身に与える効果について、まだ不明な点が多いのです。

「アートが心身の健康に影響するという因果関係は認められていますが、そのメカニズムは研究段階であり、現在のところ解明されていません。アートと身体の関係は、まだまだ未知の領域なのです。今後さらに研究が進めば、具体的な理由が明らかになることでしょう。

アートに触れることでネガティブな効果があると示した研究は今のところ一切ありません。ある意味、アートは薬というよりはサプリメントに近いのではないでしょうか。効能は人それぞれであり、アートの種類や鑑賞のスタイルによっても変わる可能性があります」(川畑先生)

福祉や医療の現場では創作活動を取り入れるケースも

高齢者施設では以前より折り紙や書道などのアクティビティが取り入れられています。これらは主に脳機能を維持するために手を動かすことが目的でしたが、近年は「アートを創作する」ことが脳にどのような影響を与えるかという点も注目されています。さらに、介護にアートを取り入れることによって、自宅で家族を介護する人のストレスを軽減する効果が確認されているそうです。

「近年、美術館において学芸員やファシリテーターが来館者と一緒に作品を鑑賞し、絵画に描かれている内容や感想を話し合う『対話型の美術鑑賞』が注目されています。このようなインタラクティブな鑑賞によって、描かれているものを理解しようとし、自分がどう感じたかを言語化しようとすることが、認知機能の改善につながるのではないかという観点から研究が進められています」(川畑先生)

どんなアートが効果的なの?

それでは、アートによって健康状態を向上させるためには、どのようなアートが向いているのでしょうか。
川畑先生によると、アートの種類によってその作用はさまざまだといいます。

「例えば何が描かれているかわかりにくい抽象画よりは、具体的で理解しやすいものが描かれている肖像画や風景画の方が、血圧を下げる効果が高いと言われています。また、ある実験では、芸術作品に手で触れることで生活満足度が増すと同時に、『自身が健康である』という認識も高まったといいます。

特に芸術への関心が高くない人でも、アートによる健康効果は期待できます。むしろアートを知りすぎていることによるフィルターを通さず、ニュートラルな感覚でアートに触れられる方が、より顕著な結果になるかもしれません」(川畑先生)

アートを楽しむことが心身にポジティブな影響を与える

詳しいメカニズムは解明されていないものの、美しいアートはわたしたちの心身にポジティブな影響を与えるということがわかりました。より広くとらえれば、自分にとって楽しい、嬉しい経験をすることが心身の健康につながるともいえます。
疲れや落ち込みを感じたときには、アートに触れてパワーをチャージしてみてはいかがでしょうか。

著者プロフィール

■大貫翔子(おおぬき・しょうこ)
編集プロダクションにて住宅情報誌や企業の広報誌、フリーペーパー等の編集・制作に携わる。のちにフリーの編集・ライターとして独立し、住宅、キャリア、ヘルスケアなどのジャンルで記事を執筆。

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