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2020.05.01

新型コロナウイルスの発症前感染リスクについて【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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無症状でも他人に感染させるリスクがあることが分かってきた新型コロナウイルス。
実際、新型コロナウイルス感染症を発症する前の無症状の時期には、どれくらいの感染力があるのでしょうか?

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Nature Medicine誌に2020年4月15日にウェブ掲載された、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染の仕方を分析した論文です。

中国の研究者によるもので、77組の感染経路の明確な感染者のペアを解析して、発症前後どのくらいの時期に、その人から人への感染が起こるのかを数理的に解析しています。

これまでにも同様の研究は複数あるのですが、さすがネイチャー・クオリティというのか、例数も多く分析も緻密かつ的確で、この問題はほぼこれで解決したと言って良いようです。

▼石原先生のブログはこちら

新型コロナウイルスは発症前に感染力を持つのか?

新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)は、その名称の通りSARSコロナウイルスに、遺伝子レベルでの相同性が高く、その性質も同様なのではないかと、そのウイルス同定当時には考えられていました。

それでは、SARS原因ウイルスの感染様式は、どのようなものなのでしょうか?
こちらをご覧下さい。

これは上記文献にある図ですが、上半分はSARSの感染様式を示し、下半分は季節性インフルエンザの感染様式を示しています。

よく潜伏期(latent period)という言い方をします。
これはある患者さんが感染してから、熱などの症状が出るまでの時間ですが、ここでは2つの指標が重要視されています。
serial interval とincubation periodです。
これはあまり良い日本語がないのですが、serial intervalというのはある患者さんが熱などの症状を出してから、その患者さんから感染した別の患者さんの症状が、出るまでの時間のことで、incubation periodというのは、感染が起こってから症状が出るまでの時間のことです。

SARSの感染力のピークは症状が発症してから10日目

上の図のSARSのケースでは、incubation periodが4から5日であるのに対して、serial intervalは10から11日です。
要するにSARSの場合、人から人に感染するのは、発熱などの症状が出てからのことで、それも症状が発症してから10日目くらいがピークになります。
感染力がなくなるには14日くらいは待たないといけません。
従って、SARSの封じ込めは、症状が発生したら隔離する、という対応で問題がないのです。

インフルエンザは熱が出た初日に最も感染力をもつ

一方で下のインフルエンザのケースを見ると、incubation periodが2日であるのに対して、serial intervalは2から4日です。
これはどういうことかと言うと、インフルエンザは患者さんに熱などの症状が発症する、2日くらい前には既に感染力があり、熱の出た初日くらいが周囲に感染し易いピークで、6から8日くらいで感染はしなくなります。

コロナウイルスが感染力を持つのは、症状の出る2、3日前から

二次感染の44%は症状出現前に起きていると推測

それでは、今回の新型コロナウイルスの場合はどうだったのでしょうか?
こちらをご覧下さい。

これは今回の新型コロナウイルス感染症の感染様式について、3つのケースを想定したものです。
真ん中の2はSARSに近いパターンで、当初想定されていたものです。
一番下の3はインフルエンザに近いパターンです。
そして一番上の1はその中間くらいのパターンです。

そして、実際の事例を解析した結果、実際の感染パターンはこの図の3に近く、incubation periodが5.2日であるのに対して、serial intervalは平均で5.8日です。
感染は症状の出現する2.3日(95%CI:0.8から3.0)前から始まり、ピークは症状出現0.7日前(95%CI:0.2から2.0)にあります。
二次感染の44%は症状出現前に起こっていることも推測されました。

人間同士の接触を避けつづけないと収束しない

これはもう結果論となってしまいますが、今回の新型コロナウイルス感染が世界中に広がった一因は、感染拡大当初に、無症候の患者からの感染はあるとしても少ない、という考えから、症状出現後の患者の追跡や隔離に重点をおいてしまったことで、実際にはその感染のピークは症状出現前にあり、そのため多くの感染が見えないところで拡大してしまったのです。

こうした状況になってしまうと、有効な治療薬や予防薬、ワクチンなどが利用可能となるまでは、症状のあるなしに関わらず一定期間、人間同士の接触を避けるという対策以外に、一旦広がってしまった感染を収束に向かわせるのに有効な方法は、存在しないというのが現実なのです。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36