2020.04.15
新型コロナウイルスの経過とウイルス量【kencom監修医・最新研究レビュー】
新型コロナウイルスに効果がある治療を求めて日々研究が進んでいますが、決定的な治療法はまだ見つかっていません。抗ウイルス剤等以外に、どのような治療法があるのでしょうか。
当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。
今回ご紹介するのは、2020年4月1日のNature誌にウェブ掲載された、新型コロナウイルスのPCR検査を1人の患者で頻回かつ採取部位を変えて検査し、抗体価の推移も計測して、患者さんのトータルなウイルス量の推移を詳細に検証した論文です。
▼石原先生のブログはこちら
無症状でも感染力を持つ新型コロナウイルス
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)と、遺伝子的に高い相同性を持っています。
このため新型コロナウイルス流行の早期においては、このウイルスの感染様式は、SARS原因ウイルスと似通っていると考えられていました。
実際、その感染にACE2とセリンプロテアーゼ(TMPRSS2)が必要である、という点でも2つのウイルスは同じ特徴を持っています。
しかし今回の論文では、SARS原因ウイルスは、ほぼ下気道のACE2受容体にのみ結合して、そこで増殖することによって気管支炎や肺炎を発症し、そうなってから初めて咽頭や鼻腔などの上気道でもPCR検査で陽性反応が認められます。
上気道の細胞に直接感染するのではなく、ある程度の量のウイルスが下気道で増殖し、痰の喀出などにより上気道でも検出されるようになった…という理屈です。
このためSARSの時は感染初期は、咽頭や鼻腔でのPCRの陽性率は低く、症状出現後7から10日くらいでウイルス量はピークとなります。
こうした性質が同様であると考えられたので、新型コロナウイルスにおいても主に症状が出現してから4日以上経ってからの検体採取が行われ、下気道感染の症状が出現する以前の時期においては周囲への感染も起こらないと想定されたのです。
これは、「新型コロナウイルスは上気道の細胞には感染しない」という前提に立った場合の話です。
しかし、実際には新型コロナウイルスは上気道の細胞にも感染し、病初期や場合によって無症状の時期から周囲への感染力を持っていることが、臨床的な観察から事実であることは皆さんももうご存じの通りです。
患者の体内では何が起こっているのか?
今回の研究はドイツの単独施設において、1人の感染者からの濃厚接触者の感染事例9名を症状出現時より入院で経過観察し、咽頭や鼻腔、喀痰、便、血液、尿の検体でPCR検査を行いました。同時にウイルス培養も試みます。
さらに、血液の中和抗体も測定して、免疫の成立とウイルス量との関連も検証しています。複数例では、これまでで最も詳細な検証といって良いと思います。
その結果…
9名の患者全てで、症状出現後1から5日以内の中咽頭もしくは鼻腔から採取した検体で、PCR検査は陽性となっていました。
ウイルス量のピークは殆どの事例で5日以内にあり、5日以降は上気道のウイルス量は低下していました。症状出現5日目以降のPCR陽性率は39.93%でした。
ウイルス量は概ね14日後には低下しますが、28日後にも陽性であった事例も認められました。喀痰検体での陽性率は少し上気道より遅れますが、ほぼ同じ推移を示し、喀痰より鼻腔のウイルス量が多いというケースも複数認められました。
血液中の抗体は、症例の50%では症状出現7日後までに陽性となり、14日後には全例で陽性となっていました。ただ、抗体が陽性化しても、その後もPDRでウイルスは検出され病状の経過と抗体陽転との間にも明確な関連は認められませんでした。
他の検体では尿や血液からはウイルスは検出されませんでしたが、便からは鼻腔より長期に渡りウイルスが検出され、
遺伝子変異の解析からは、喀痰や上気道のウイルスが便に入り込んだものではなく、上気道とは独立に消化管の中でウイルスが増殖したことが示唆されました。
それでは事例を2つご覧下さい。まずこちらです。
症状が治まっても周囲に感染しないとは言えない
こちらは熱や咳などの症状のあるケースです。
発症10日より前に抗体は陽性化していますが、その後も長期間ウイルスは喀痰や便では検出されていて、28日後にも陽性が続いています。
このように新型コロナウイルスはSARSとは異なり、上気道での感染が初期から強く認められ、抗体は2週間以内には陽性化するもののその後もウイルスの排出は持続します。
現状PCR検査はむしろ病状が進行した段階で、初めて行われることが多く、逆に濃厚接触者の検査では病初期に行われることが多い訳ですが、
今回の結果を見る限り、鼻腔や咽頭でのPCR検査は病初期に行ってこそ意味がありその意味で濃厚接触者のフォローには、意義が大きいと思われる反面、通常の感染疑いの事例で発症から5日以上経ってからの検査にはあまり向いていないように思います。
中和抗体が陽性となった時点で、患者さん本人としては快方には向かい、その時点以降でしばらく(おそらく1年くらい)は再感染はしない訳ですが、それ以降も上気道や便などに長期間ウイルスは検出され、そうした時期に周囲に感染する可能性は現時点ではないと言えないのです。
このウイルスの極めて厄介な部分は、どうやらこの点にあるようです。
▼参考文献
<著者/監修医プロフィール>
■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36