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2020.04.11

膵炎治療薬が新型コロナウイルス感染予防に効く?【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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新型コロナウイルス感染症には未だ有効な治療薬が見つかっていません。しかし、膵炎の治療薬が有効という説があるようです。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Cll誌に2020年3月5日にウェブ掲載された、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染メカニズムと、SARSコロナウイルス(SARS-CoV-1)との関係、そしてセリンプロテアーゼ阻害剤の治療や予防への可能性についての論文です。

正式な雑誌への掲載は4月になるようですが、内容の重要性もあって早期にウェブ掲載されたものだと思います。

SARSウイルスにおいて検証されたことを、新型コロナウイルスでも成り立つかどうか検証した部分が多く、画期的な知見ということではないのですが、最近読んだ論文の中では最も興奮しましたし、今回の新型コロナウイルスの治療薬の候補の中でも、個人的には最も有望なものではないかと思っています。

▼石原先生のブログはこちら

新型コロナウイルスはどのように感染するのか

新型コロナウイルスはSARSの原因ウイルスと、その振る舞いが非常に似通っており、遺伝子レベルでも高い相同性のあることは、皆さんよくご存じの通りです。

ただ、異なっている部分もあります。

両者のウイルスは共に人間の身体の細胞にある、ACE2という受容体に結合することにより感染します。
その後にもう1つのステップがあり、コロナウイルスに特徴的な表面の突起(スパイク)が、感染細胞にあるセリンプロテアーゼ(TMPRSS2)という酵素により、変化(プライミング)を受け、それにより細胞内に侵入することが出来るのです。

この2つのステップは、SARSコロナウイルスと新型コロナウイルスとの間で、同一であると考えられています。

一方でSARSコロナウイルスは主に下気道で感染し、不顕性の感染はあまり起こさないのに対して、新型コロナウイルスは上気道への感染が比較的初期から多く、それにより周囲に感染を広げやすいと考えられています。
その違いが何処から来ているのかは不明ですが、上気道にも少ないながらACE2は発現しており、そこに結合する能力において、SARSコロナウイルスより新型コロナウイルスが勝っているのではないか、という仮説もあります。

いずれにしても、新型コロナウイルスの感染を阻止するには、ACE2受容体をブロックするか、セリンプロテアーゼをブロックすれば良い、ということになる訳です。

ACE2受容体かセリンプロテアーゼをブロックすれば感染阻止が可能

ACE2については、このタンパク質は気道の細胞ばかりでなく、血管など別の臓器にも広く分布していて、抗炎症作用や血管拡張作用など、身体にとって良い働きを多く持っているので、それをブロックすることは、あまり得策とは言えません。
実際ACE2には肺障害を予防するような働きもあり、SARSコロナウイルスの感染は、ACE2の発現を減少させる方向に働くという知見もあります。

一方でセリンプロテアーゼについては、膵炎の治療薬として、その酵素の阻害剤が実際に薬として使用されていて、勿論副作用や有害事象はあるものの、短期間であれば比較的安全に使用可能であるという利点があります。

SARSコロナウイルスについては動物実験において、セリンプロテアーゼ阻害剤により、その感染が予防されたという結果が報告されています。

膵炎の治療薬でウイルスの侵入を阻止できることが確認

そして、今回新型コロナウイルスを使用した同様の動物実験において、新型コロナウイルスについても、セリンプロテアーゼ阻害剤であるメシル酸カモスタット(商品名フォイパンなど)の使用により、ウイルスの細胞への侵入がブロックされることが確認されました。

もう1つこの論文の興味深い知見として、SARSに感染した患者さんの血清から採取された中和抗体が、今回の新型コロナウイルスに対しても、一定の感染阻止作用を持つことが確認されています。

これは主にウイルスの突起に結合して、その細胞内への侵入を阻止する抗体ですが、SARSに一度感染すると、少なくとも1年間はその感染阻止効果が維持されることも、確認されています。

つまり、SARSコロナウイルスと新型コロナウイルスには、一定の交差免疫が成立しているのです。

以上をまとめたのがこちらです。

SARSコロナウイルスと新型コロナウイルスは、共にACE2とセリンプロテアーゼという、人間の細胞にある仕組みを利用して、感染を起こします。
その突起に対する中和抗体は、両者の感染予防に一定の有効性があります。

現状薬としてのセリンプロテアーゼ阻害剤は、内服薬のメシル酸カモスタットと、注射薬のメシル酸ナファモスタット(商品名フサンなど)があり、本論文で使用されているのはカモスタットですが、理屈の上ではナファモスタットにも、同様の効果は期待されます。
実際3月16日には東大が、ナファモスタットを使用した治験の開始を発表しています。

セリンプロテアーゼ阻害剤の有効性に期待

私見としては、この酵素阻害剤はインフルエンザのオセルタミビル(タミフル)に近いもので、細胞への侵入を阻止するというメカニズムからは、感染が進行した時期より、感染早期や無症状の時期からの使用、また濃厚接触者の感染予防のために、その有効性が期待されると思います。

データは動物実験レベルなので、その臨床上の有効性は勿論まだ不明ですが、タミフルが酵素阻害剤として一定の有効性を示している以上、期待は出来るのではないでしょうか。

他の現行の治療候補薬は、人体に与える影響が大きく、初期治療や予防としての使用は出来ませんから、その意味でもセリンプロテアーゼ阻害剤の有効性には、大きな期待が持てるのではないかと、現時点では考えています。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36