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2019.11.21

女性に多い身近な疾患・甲状腺疾患との向き合い方【甲状腺の働き後編】

kencom公式ライター:松本まや

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身体活動をする上で非常に重要な甲状腺の働き。もし異常が起きてしまったら、どのような影響が出るのでしょうか。そしてどのような治療をする必要があるのでしょうか。特に女性に多い代表的な疾患を中心に、虎の門病院内分泌センター長の竹内靖博先生に解説していただきました。

■そもそも甲状腺ってどんな器官?基本を学ぶならこちらから

甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるとどんな影響が出るの?

甲状腺機能の亢進による影響とは

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甲状腺ホルモンが過剰に分泌されてしまう状態を「甲状腺機能亢進症」といいます。
甲状腺の機能が亢進すると、甲状腺ホルモンの2つの働き、「代謝の活性化」と「交感神経の活動性促進」が過剰に行われ、身体のエンジンがかかりすぎたような状態になってしまいます。その結果、動悸が激しくなったり、手足が震えたりといった症状が現れ、明らかな体重減少、多汗、胃腸の働きが活発になることによる下痢などが起こります。

また、交感神経が緊張すると心臓への負荷が非常に大きくなるため、心不全などのリスクが高まる危険性があります。

代表的な疾患:バセドウ病の概要

甲状腺亢進症で最もよく知られているのがバセドウ病でしょう。若い女性に特に多いことで知られ、有名人の闘病も時々話題になりますよね。比較的多い疾病で、100人~1000人に1人がバセドウ病と言われています。

バセドウ病は、本来なら自分の身体を守る働きを持っている免疫機能が、自己の正常な細胞に対して働いてしまう「自己免疫疾患」です。
バセドウ病の場合は、甲状腺ホルモンの合成を活性化するTSHが本来結合すべき受容体に自己抗体が結合してしまうことで、TSHが結合した場合のように甲状腺が刺激され、甲状腺ホルモンが過剰に産生されてしまいます。脳下垂体のコントロールがおよばなくなってしまうため、正常なフィードバック作用が発揮されず、過剰な分泌が止められない状態に陥ってしまいます。
 
バセドウ病を発症すると、頻脈や動悸、手足の震え、体重の減少、疲れやすくなるなど甲状腺機能亢進症の症状が現れます。
目が飛び出してくる「眼球突出」の症状でよく知られていますが、これは目の周りの筋肉に存在する免疫反応が炎症を起こすことによって、筋肉が腫れて引き起こされる症状で、甲状腺ホルモンの働きとは直接的な関係はありません。

バセドウ病の治療法は3つ

バセドウ病の場合は、残念ながら抗体の生成を抑制するなどの根本的な治療法はなく、過剰に分泌された甲状腺ホルモンを減らす治療が行われます。

①薬物治療

最も一般的に行われるのが、甲状腺ホルモンの合成を抑える作用のある抗甲状腺薬の服用です。一般的な治療の期間は、2年~5年程度。約3~4割の人が薬もいらない程に回復しますが、3割は服用をやめた後に再発、他の3割程は数年たっても薬の投与がやめられない状態が続いてしまいます。

②外科手術

薬物治療の効果が芳しくない、副作用が出たりアレルギーがあるなどの事情で薬物が使用できない場合には、甲状腺そのものを切除する外科手術が選択されます。甲状腺そのものを切除してしまえば、甲状腺ホルモンも当然生成されなくなるので、過剰な分泌に困ることもなくなります。
外科手術の最大のメリットは即効性があることです。前述したように薬物治療の場合、数年かけて根気よく付き合っていく必要があります。また特に抗甲状腺薬の副作用が強くて薬が服用できない人にとっては、再発しないというメリットもあります。

しかし、甲状腺を切除してしまって、甲状腺ホルモンがまったく分泌されない状態になってしまうと身体への影響は出ないのでしょうか。
実は、甲状腺ホルモンは注射を必要とするインスリンとは異なり、口から摂取しても分解されないホルモンです。さらに生きていく上で必要な分量がある程度一定のため、摂取量を日常的に細かく調整する必要がありません。そのため、甲状腺を切除してしまった後も、毎日甲状腺ホルモンを服用して補うことができてさえいれば、3ヵ月から半年に1回程度通院する程度で問題はなく、日常生活への影響は大きくないのです。

③放射線治療(アイソトープ治療、放射性ヨウ素内用療法)

甲状腺切除の外科手術では、鎖骨の上に傷痕が残ってしまうなどのデメリットもあります。そこでもう一つ用いられるのが放射線治療です。
放射線治療といっても、放射線を照射するわけではありません。放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)といって、放射線を発生させるアイソトープカプセルを飲み、放射線を甲状腺に取り込むことで、甲状腺の正常な細胞が徐々に減少し、甲状腺ホルモンの産生が抑えられます。
治療の効果や経過には個人差がありますが、数ヵ月かけて治療していきます。

どの治療法が最適か、患者の状況や体質によっても変わってくるので、その時々で最適な治療法が選択されています。

甲状腺の機能が低下するとどのような症状が出るの?

甲状腺機能の低下による影響とは

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それでは、逆に甲状腺機能が低下した場合、体にはどのような影響が出てくるのでしょうか。
甲状腺機能低下症の場合は、亢進症とは逆で、代謝が落ち、交感神経の緊張が緩んだ状態になります。体温が下がり、動きが遅くなる、同じような食事量にも関わらず太りやすくなる、無気力になるなど様々な症状がみられます。朝から全身がむくむなど、患者本人が異常を自覚することもありますが、自覚的な症状が出ないことも多くあります。そのため、患者さんが自ら病院に行くことは少なく、健康診断でコレステロール値の上昇などの異常が発見されたり、日常的な会話の応答が鈍くなったことに周囲が気が付いたりと、他の人の指摘が発見のきっかけになるケースが多いです。

代表的な疾病:橋本病の概要

甲状腺機能低下症の原因となる代表的な病気が橋本病です。バセドウ病同様に自己免疫疾患で、自らの免疫機能が甲状腺を異物とみなし、甲状腺の正常な細胞を徐々に壊してしまう病気です。甲状腺の細胞は一度壊されてしまうと、残念ながら再生することはできません。
女性に非常に多い病気で、成人女性の15~20%は厳密な検査をすれば橋本病と診断されます。男性患者は女性の10から20分の1程度と言われています。

橋本病と診断されると言っても、全員の甲状腺機能が低下しており、即座に治療が必要な状態というわけではありません。「甲状腺の細胞を破壊する自己抗体を持っている人」が橋本病と診断されますが、抗体を持っていても甲状腺の機能に影響がない場合も多く、その場合、治療は必要ありません。橋本病の患者のうち、甲状腺機能低下症の明らかな症状が出現するのは1割程度と言われています。

橋本病の治療法

橋本病を原因とする甲状腺機能低下症の場合、甲状腺ホルモンが恒常的に不足した状況になってしまっているため、甲状腺ホルモンを内服して補うことで治療していきます。バセドウ病と同じく根本原因の治療は難しく、基本的には他の治療法はありません。

ヨウ素の過剰摂取が原因となる場合も

また、実はヨウ素の過剰摂取が甲状腺の機能を低下させる場合もあります。ヨウ素は海藻類に多く含まれており、特に昆布は含有量が多いので注意が必要です。ヨウ素の過剰摂取が原因の場合は、摂取を控えることで症状は改善していきます。

甲状腺の機能を正常に保つコツは?

バセドウ病や橋本病の直接的な予防策はない

甲状腺の疾患で頻度の高い、橋本病やバセドウ病を完全に防ぐ予防策は残念ながらありません。
特にバセドウ病の場合はストレスが引き金となる場合があるので、可能な限り過度にストレスをため込まないような工夫が大切です。

妊娠・出産に影響する場合も

予防の観点で気を付ける必要があるのが妊娠をしている女性です。
最近、甲状腺機能低下症が早産や流産のリスクを高めることが分かってきました。日常生活を送る上では支障のない範囲でも、リスクを軽減するために甲状腺ホルモンを補う必要がある場合もありますので、特に近親者に橋本病の患者がいる場合などは、検査を受けておくと安心です。

早期発見・早期治療で豊かな生活を!

完全な予防は難しいですが、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症は、原因が正しく分かれば、治療を行うことで普段通りの生活を続けていくことができる病気です。影響を最小限に止めるためにも、早期発見・早期治療が肝要。もし思い当たるような症状があったら、病院で一度相談してみましょう。

竹内 靖博(たけうち・やすひろ)先生

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虎の門病院内分泌センター長。
1982年東京大学医学部卒。米国留学、東京大学医学部腎臓内分泌内科講師などを経て、現職。日本内科学会評議員、日本内分泌学会・日本骨粗鬆症学会・日本骨代謝学会理事など。内分泌疾患全般、特に副甲状腺疾患、代謝性骨疾患を専門とする。

著者プロフィール

■松本まや(まつもと・まや)
フリージャーナリスト。2016年から共同通信社で記者として活躍。社会記事を中心に、地方の政治や経済を取材。2018年よりフリーに転身し、医療記事などを執筆中。

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