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2019.08.28

日本人は医療費増大の本質をわかっていない|抑制狙うなら効果的な予防を推進すべきだ

東洋経済オンライン

人生100年時代の到来によって、医療費は増加している。医療費の増加によって、日本の財政は破綻しないのでしょうか(写真:erdikocak/iStock)

参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/297988?utm_source=deschl&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

人生100年時代の到来によって、医療費は増加している。医療費の増加によって、日本の財政は破綻しないのでしょうか(写真:erdikocak/iStock)

2017年度に医療機関に支払われた医療費の総額は、前年度よりも約1兆円増加して、42兆円となった。国民1人あたり33万円で、過去最高を更新。年々、医療費が増加する主な原因は75歳以上の後期高齢者の医療費の増加だ。75歳以上の後期高齢者の1人当たり医療費は94万円にも上る。当然、高齢化の進む日本では、今後も医療費の増加が予測される。2040年には67兆円になるとの予測もある。

人生100年時代の到来によって、医療費は増加している。医療費の増加によって、日本の財政は破綻しないのか。慶應義塾大学総合政策学部学生の菅原一輝さんをインタビュアーとして有識者に尋ねた。

日本の医療・社会保障制度はこのままで大丈夫なのか?

菅原 一輝(以下、菅原):日本の医療費の増大が指摘されています。このままで、日本の医療・社会保障制度は大丈夫なのでしょうか。

佐藤啓(さとう けい)/参議院議員(自由民主党)。東京大学経済学部卒業後、カーネギーメロン大学大学院(MPM)、南カリフォルニア大学大学院(LL.M.)を修了。社会全体で予防・健康づくりを強化することで、①個人の健康増進、 ②社会保障の担い手の増加、③ヘルスケア産業の育成を同時に実現する、3方良しの「明るい社会保障改革」を推進している(撮影:今井康一)

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佐藤啓(さとう けい)/参議院議員(自由民主党)。東京大学経済学部卒業後、カーネギーメロン大学大学院(MPM)、南カリフォルニア大学大学院(LL.M.)を修了。社会全体で予防・健康づくりを強化することで、①個人の健康増進、 ②社会保障の担い手の増加、③ヘルスケア産業の育成を同時に実現する、3方良しの「明るい社会保障改革」を推進している(撮影:今井康一)

佐藤 啓(以下、佐藤):日本の社会保障は、「中福祉・低負担」だといわれています。つまり、国際的にみて中程度の福祉を、低い国民負担で実施しています。不足する財源を赤字国債で補いながら社会保障制度を維持しているのが現状です。今後も社会保障制度を維持していくためには、この「中福祉低負担」をどうやって解消していくかが課題になります。

津川 友介(以下、津川):国際的にみてみると、医療費の抑制に成功している先進国はほとんどありません。なぜなら、医療費というのは、事前にどれくらい支出するかを決められるものではなく、人々が病気になった結果としてかかる費用だからです。

1990年代初めのイギリスのように、医療費を無理やり低すぎる水準に設定すると、がんの手術の待ち時間が極端に長くなるなど、国民の健康に悪影響を及ぼすようになり、いずれ政治的に対応せざるをえなくなります。私は医療費の抑制は、最も難解な政治課題だと言って過言ではないと思います。

戦後の日本人の平均寿命は約50歳程度だったのが、現在は女性が87歳、男性が81歳。世界で最も平均寿命が長い国となりました。これは日本の医療がその目的である健康を改善するということに「成功」したからにほかなりませんが、結果として医療費が膨れあがったというわけです。しかし、繰り返しになりますが、現在の医療費の増大は、成功の裏返しでもある。成功したからこそ課題に日本は挑んでいるという状況なのです。

津川友介(つがわ ゆうすけ)/カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部・医療政策学部 助教授。東北大学医学部卒、ハーバード公衆衛生大学院で修士号(MPH)、ハーバード大学で博士号(PhD)取得。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。著書に『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)(撮影:今井康一)

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津川友介(つがわ ゆうすけ)/カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部・医療政策学部 助教授。東北大学医学部卒、ハーバード公衆衛生大学院で修士号(MPH)、ハーバード大学で博士号(PhD)取得。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。著書に『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)(撮影:今井康一)

そして、医療費そのものの増加だけではなく、経済とのバランスが重要であることも指摘しておきたいと思います。日本の医療費の増加率は他の先進国と比較して、高いわけではありません。新しい薬が開発されたり、ロボット手術が可能になったり医療はどんどん高度化しますので、医療費は増加していくのが自然です。ここで重要なのは、国として、全体の何パーセントくらいを医療費に支出できるのかという「経済力」の観点です。

家計に例えてみれば、毎年支払う医療費が上昇したとしても、所得が同じだけ増加すれば、医療費負担が重いと感じることはないでしょう。つまり、日本の医療費の問題は、医療費そのものの問題というよりも、日本経済が成長していないことにあると多くの医療経済学者は考えています。

2000年代に入り、欧米諸国が平均的に2%前後でコンスタントに経済成長を続けている間、日本はバブル崩壊後、総じて低成長を続け、「失われた20年」などといわれることもあります。日本の課題の特殊性は、まさにここにあります。

現在の制度は「時代遅れ」

山本 雄士(以下、山本):私は、現在の社会保障制度は持続可能だが、将来に向けてのリスクはある状況だと考えています。リスクというのは、よく言われる財源の問題よりも、現在の制度が「時代遅れ」になってしまっているということにあります。人間の健康に例えると、若い時は好きなように食べても大丈夫だったけれども、年を取ってくると若いときと同じ食習慣ではメタボになってしまう、というのと同じで、現在の社会保障制度は時代に合ったものに変えていく必要があります。

菅原:日本の社会保障について考えますと今はまだ大丈夫だけれど、将来のリスクはある。だとすれば、将来のリスクへの備えとして、今、私たちにできることはありますか。

菅原一輝(すがわら かずき)/慶應義塾大学総合政策学部に在学中。進学のため、秋田県から上京し、地方と都市の医療サービスの質・量の違いに驚愕し、入学後に医療・社会保障政策を専攻。現在は社会関係資本と健康の関係に関心を持っている(撮影:今井康一)

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菅原一輝(すがわら かずき)/慶應義塾大学総合政策学部に在学中。進学のため、秋田県から上京し、地方と都市の医療サービスの質・量の違いに驚愕し、入学後に医療・社会保障政策を専攻。現在は社会関係資本と健康の関係に関心を持っている(撮影:今井康一)

私が知る限り、皆さんは、「予防」について積極的に発言しておられます。アメリカでもオバマ大統領が、大統領選挙で「予防医療を行うことで医療費の削減を目指す」と発言していました。「予防」を行うことで医療費の削減はできるのでしょうか。

佐藤:「人生100年時代」の社会が到来することを考えれば、「予防」がとても重要になるのではないかと考えています。長い人生を健康に暮らし、社会に参加し続けられるかどうかは、国民1人ひとりにとっての幸せや生活の質(QOL)を大きく左右します。

また、経済社会全体で見ても、健康に長く活躍する人が増えれば、人口減少の中でも、社会保障の担い手を増やし、経済社会の活力を維持・強化することにつながると考えています。これはとくに、若手議員の中でそうした共通認識を持つ人が多く、自民党の有志議員で昨年立ち上げた「明るい社会保障改革研究会」などを通じて、現在さまざまな議論が進められているところです。

人生100年時代の安心の基盤は健康

これまで、健康は自己管理が原則でした。しかし、これからは、科学的根拠(エビデンス)に基づいて、国民の健康に効果のある健康管理を、広く社会全体に広めていく必要があると考えています。そうすれば、多くの国民の方々に長く元気に活躍してもらえる社会が実現できると考えています。

社会保障というのは、高齢や病気、障害、貧困などによって困難な状況に陥った人々を社会全体で支え合う仕組みです。もともと社会保障分野には年金、医療、介護、今は子育て支援もここに含まれるようになりました。

今私たちが構想しているのは、社会保障の第5の分野として「予防・健康づくり」を入れるべきだということです。人生100年時代の安心の基盤は健康であると考え、予防・健康づくりを社会全体で進めるよう、政府に求めているところです。

津川:そもそも、予防は医療費抑制に役立つのかについて、日本で行われている議論には確かな根拠もないままに、極端な立場を取るものが多いと感じます。

ある論者は、「予防医療をしても医療費抑制効果はない」と言い、別の論者は「予防医療は医療費抑制に効果がある」と言っています。しかし、予防医療の効果は「ある」とか「ない」とかいう二元論ではなく、「予防医療の中にも、医療費抑制効果があるものもあればないものもある」というのが世界の医療経済学者の中の共通見解です。

例えば、2008年に発表されたジョシュア・コーエン、ピーター・ニューマン、ミルトン・ワインシュタインの3人の研究者が、世界で最も権威ある医学雑誌で発表した総説によると、約2割の予防医療には医療費を削減する効果があるものの、残りの8割には医療費を削減する効果がないという結論になっています。

ちなみに、治療に関しても、2割は医療費抑制に有効で、8割は有効ではないという結果でした。つまり、予防医療は、治療と比較して特別に医療費削減効果があるとはいえないのです。医療費抑制を目的とするのであれば、予防医療を推進するかどうかではなく、予防医療のうち、何を推進するべきかという議論をすべきでしょう。

ちなみに、日本の医療保険は治療しかカバーせず、予防は対象外です。しかし、医療費抑制に有効であるという科学的根拠(エビデンス)のあるものは、予防医療も医療保険の対象に含めるべきだと私は考えています。

何のために予防をするのか

菅原:予防をしたとしても、病気になるタイミングが後ずれしただけなので、最終的には予防しなかった場合と同程度の医療費がかかるのではないかという議論があります。

津川:私は、そうした議論は妥当ではないと思います。例えば、30歳の人が脳梗塞になった場合、患者やその家族はやれることすべてを希望すると思われますし、医師はありとあらゆる治療をするはずです。

しかし、同じ人が、予防をした結果、脳梗塞になる時期が30歳から90歳に後ろ倒しになったとします。そうすると、医師は、90歳の人に30歳の人と同じくらい濃密な医療を提供することはしないでしょう。

実際に、亡くなった年齢と最後の1年間に使った医療費の関係をみると、70歳を超えたあたりから最後の1年間に使った医療費は減少していきます。このため、「病気になる年齢を後ろ倒しにできる」というのは、医療費を削減するという観点では、成功したといえる可能性があるのです。

しかし、ここで改めて、何のために予防をするのかという問題も提起したいと思います。アメリカでは、オバマ政権以降、予防に力を入れています。健康を改善するというエビデンスのある予防は保険適用になったわけです。

つまり、予防をすれば医療費が削減できるという観点ではなく、予防をすれば人々の健康がよくなるから予防をしているのです。日本でも、予防をすることの目的を整理せねばなりません。医療費を削減することが目的なのか、国民の健康を改善することが目的なのかというのを明確にする必要があります。

医療にどんな価値を期待するのかを改めて問う時が来た

山本:私も、予防の目的は何か、そしてひいては、医療の価値は何かということを考え続けてきています。

山本雄士(やまもと ゆうじ)/ミナケア代表取締役社長。東京大学医学部卒業後、同付属病院、都立病院などで循環器内科などに従事。ハーバード大学ビジネススクールを修了(MBA)。健康を守り、育てる(健康に投資する)医療として「投資型医療」を提唱し、医療の新たなビジネスモデルと産業を創造している(撮影:今井康一)

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山本雄士(やまもと ゆうじ)/ミナケア代表取締役社長。東京大学医学部卒業後、同付属病院、都立病院などで循環器内科などに従事。ハーバード大学ビジネススクールを修了(MBA)。健康を守り、育てる(健康に投資する)医療として「投資型医療」を提唱し、医療の新たなビジネスモデルと産業を創造している(撮影:今井康一)

先ほどお話ししたとおり、今の医療と制度をどうアップデートするかというのが重要な課題です。私がアップデートの方針としていちばん重きを置いているのが「予防」なのです。予防とは、一言でいうと「病気にさせない医療」です。そのために、病気になる前から、病院に来る前から医療を始めようとしています。

私たちはこれを、病気ではなく健康に効率的、効果的に投資をする医療という意味で「投資型医療」と呼んでいます。

先ほど、医療制度が時代遅れになっているという問題提起をしました。医療制度の歴史を見ると、初期には医療サービスの「量」の不足に対し、医師を養成する大学を創設するとか病院を増やすこと、患者さんが病院に行けるように財政支援をすることに主眼があります。

「量」が満たされると、次は「質」が問われる時代になります。そして、最後に「コスト」が問われる。ところが、先ほどの津川さんのお話にもあったとおり、この「コスト」のコントロールは極めて難しい課題なのです。

難しい理由の1つは、「コスト」の議論は、それで得られるもの、つまり何に対して払うのかという「価値」の定義がないと行き詰まるからです。ですから、まずは国や社会が医療にどんな価値を期待するのかを改めて問う時が来たのではないかと思うのです。

私は、今の時代の医療の価値を「健康で長く過ごせる」ことだと考えています。医療の高度化によって、これまで治らなかった病気が治るような技術や、病気になる前に対処ができる技術がでてきました。前者は治療の進歩、後者は予防の進歩ともいえます。

これまでの医療では前者が脚光を浴びますが、実は後者の「病気にさせない、ひどくしない」技術は、病気になってから始まる今の社会保障制度では対応できないのです。病気にさせない生活、あるいは病気と共に暮らす生活というように、医療のカバーできる範囲が急に広がった今、社会保障制度もその視点を広げる必要があります。

こうした疑問や課題に対して、セオリーやコンセプトだけ唱えてもなかなか政治や行政は動かないので、1つひとつ実例を積み上げていくしかない。本来なら社会実験的にやるのがいいと思うのですが、日本はなぜか社会実験が上手ではないんですよね。

(後編に続く)

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中室 牧子:慶應義塾大学総合政策学部教授

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