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2019.01.30

前立腺癌の治療について【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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様々な選択肢がある癌の治療。選ぶ治療法によって予後が変わってくることもあるようです。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、KenCoM読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

本日ご紹介するのは、2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、早期限局性前立腺癌の長期予後を、手術と経過観察とで比較した論文です。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

前立腺癌に最適な治療とは?

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遠隔転移のない前立腺癌の、最も適切な治療は何でしょうか?

前立腺癌は高齢男性に多い、基本的には予後の良い癌です。
勿論その一部は全身に転移するなどして、そのために命を落としたり、骨転移による痛みなどの苦しめられる、というケースもあるのですが、比率的には多くの癌は、特に症状を出すことなく、その方の生命予後にも影響しない、というように考えられています。

それでは、前立腺の被膜内に留まった形で癌が発見された場合、どのような治療方針が最適と言えるでしょうか?

神様的な視点で考えれば、その後転移するような性質の悪い癌のみに、手術や放射線などの治療を行ない、転移しないような癌は放置するのが、最善であることは間違いがありません。

しかし、実際には生検の結果である程度の悪性度は評価出来ても、その癌が転移するかどうかは分かりません。

従って、このことを重視すれば、全ての患者さんに治療を行なうということになり、それは本来放置していても生命予後には問題のなかった、多くの患者さんを「過剰に」治療するという結果に繋がります。
治療は無害ではなく、合併症などで体調を却って崩すこともありますし、医療コストも膨大になってしまいます。

手術をするか、無治療で経過観察をするか

そこで1つの考えとしては、積極的な治療以外に、当面は無治療で経過観察を行い、定期的な最小限の検査は施行をして、悪化が強く疑われれば、治療をその時点で考慮する、という方法が次善の策として考えられました。

これを無治療経過観察(積極的監視療法)と呼んでいます。

この無治療経過観察では、通常は腫瘍マーカーであるPSAを、定期的に測定し、それが一定レベル以上上昇すれば、治療を考慮します。
ただ、このPSAも確実に病勢を反映しているとは言えず、そうした経過観察によって、どの程度ただの無治療と比較して、患者さんの予後が改善するのかも明確ではありません。

2012年に行われたPIVOT研究では

くじ引きで手術をする群と無治療の群に分けて予後を観察

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この問題を検証する目的で、アメリカで行われ、2012年のNew England…誌に発表されたのがPIVOT研究です。(※2)

これは限局性の早期の前立腺癌の手術に、その患者さんの生命予後を、改善する効果があるかどうかを検証する目的で、アメリカにおいて、限局性前立腺癌の患者さん731例を、手術を行なう群と行わないでそのまま経過を見る群とに、くじ引きで割り付け、その後の経過を平均10年間観察しているものです。

癌が見付かったのに、「手術をするかどうかはくじ引きで決めますね、これは実験ですから」と言って承諾を得るのですから、日本では確実に施行が不可能な種類の研究です。

ただ、当初の対象者は2000人以上を予定していたようですが、アメリカでもさすがにそれは困難で、最初のエントリーは5000人を超えていますが、承諾を得て研究が施行されたのは、そのうちの731名に留まっています。

そのトータルな結論としては、観察期間中に手術を行なった患者さん364人中、47%に当たる171人が死亡し、手術を行なわず観察のみの患者さん367人中、49.9%に当たる183名が死亡しています。
絶対リスクで治療による死亡率の減少は、2.6%に留まっています。

つまり、手術をしてもしなくても、その後の経過に明確な差はついていません。

トータルでは大差ないが、転移数や死亡数は手術群のほうが少ない

しかし、実際に前立腺癌のために亡くなった患者さんは、手術を行なった群では21名で、観察のみの群では31名です。
経過の中で前立腺癌で生じ易く、痛みなどの症状の原因になり易い、骨への転移についてみると、手術群で17名に対して、観察群では39名でした。この研究では定期的な骨のシンチの検査を、行なっているのです。

つまり、トータルには差はなくても、骨の転移の比率や前立腺癌のみの死亡数を見ると、一定の治療効果はありそうです。

今回は29年間という長期にわたって経過観察

手術治療群は死亡リスクを下げ、寿命が平均2.9年伸びていた

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今回の研究はそれとは別個に、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの14の専門施設において、診断の時点で75歳未満で、10年以上の余命が期待出来、他の癌の合併のない限局性前立腺癌の患者さん695名を登録し、くじ引きで手術を行う群と、そのまま経過観察を行う群とに分けて、29年間という長期の経過観察を行なっています。
29年が経過した時点で、登録患者のうち80パーセントは死亡していますから、その治療の有効性を、かなりクリアに比較することが可能となっているのです。

その結果、経過観察群と比較して、手術治療群では前立腺癌による死亡リスクを、治療により45パーセント有意に低下させていました。(95%CI: 0.41から0.74)
これは平均で2.9年の寿命が、手術を選択することにより伸びる、という効果を示しています。
ただ、診断の時点で癌が被膜を超えていたり、グラスゴースケールという指標が7を超えるような悪性度の高い癌であると、手術群であってもその後前立腺癌で死亡するリスクは、非常に高くなっていました。

このように、限局性で比較的悪性度の低い前立腺癌では、早期に手術を行うことにより、3年近い寿命の延長効果が見込まれます。

それぞれに適切な治療を選択できるように

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これをどう考えるかは、その患者さん個人の人生観にもよると思いますが、非常に長期の経過観察により、精度の高いデータの得られた意義は大きく、今後はこうしたデータを元に、より患者さんの事情に即した、治療選択が行われることを期待したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36