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2018.08.22

飲酒量で認知症リスクは変わるのか?【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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暑い日には冷えたビールが美味しいですよね。
とはいえ飲みすぎには注意が必要です。アルコール摂取量が多いと、認知症の発症リスクが高まってしまうのだとか。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、KenCoM読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

本日ご紹介するのは、2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、飲酒量と認知症のリスクに関する疫学データの論文です。(※1)
アルコールに厳しいイギリスからの報告で、その厳しい基準の妥当性を示す結果になっています。23年という長い観察期間を設けて、中年期の飲酒の習慣が、後の認知症の発症に結び付くかどうかを、時間軸に沿って分析しているのが今回の特徴です。

▼石原先生のブログはこちら

健康のために適切な飲酒量はどのくらい?

全く飲まないより少量飲む習慣があるほうが、健康に良いという知見もある

それではまずいつもの前置きです。
健康のために適切な飲酒量はどのくらいか、というのは未だ解決はされていない問題です。

大量のお酒を飲んでいれば、肝臓も悪くなりますし、心臓病や脳卒中、高血圧などにも、悪影響を及ぼすことは間違いがありません。

ただ、アルコールを少量飲む習慣のある人の方が、全く飲まない人よりも、一部の病気のリスクは低くなり、寿命にも良い影響がある、というような知見も複数存在しています。

日本では厚労省のe-ヘルスケアネットに、日本のデータを元にして、がんと心血管疾患、総死亡において、純アルコールで平均23グラム未満(日本酒1合未満)の飲酒習慣のある方が、全く飲まない人よりリスクが低い、という結果を紹介しています。(※2)

その一方で、2016年のメタ解析の論文によると、確かに飲酒量が1日アルコール23グラム未満であれば、機会飲酒の人とその死亡リスクには左程の差はないのですが、1日1.3グラムを超えるアルコールでは、矢張り死亡リスクは増加する傾向を示していた、というようなデータが紹介されています。(※3)

アルコールが1日20~23グラム未満程度なら概ねOK

2017年に発表されたイギリスの大規模疫学データでは、概ね多くの病気において、全くお酒を飲まない人より、1日20グラム程度のアルコールを摂取している人の方が、その発症リスクは低く、それが適正量を超えるとリスクの増加に繋がる、というものになっていました。(※4)

ただ、喉頭癌、食道癌、乳癌など、一部の癌はより少ないアルコール量でも、そのリスクが増加した、というデータもあります。

これまでのデータを整理すると、アルコールの摂取量が少なくとも、ノーリスクとは言えないのですが、その量が1日換算で20〜23グラム未満程度であれば、大きな健康上の問題は生じない、と考えて良いように思います。

アルコールの脳への影響は?

アルコール摂取量が多いほど海馬の委縮はみられた

ただ、アルコールの脳への影響、と言う点についてはそれほどクリアになっていません。
少量のアルコールは認知症のリスクを低下させた、という報告がある一方で、脳画像による同様の検証では、こうしたアルコールの良い影響は確認されていません。

以前記事にしました2017年のイギリスのデータでは、登録時の平均年齢が43歳の男女550名を、アルコール摂取量を聞き取りした上で、30年間の経過観察を行い、その前後で脳のMRIを撮って、その所見の比較も行っています。(※5、※6)

その結果…アルツハイマー型認知症の所見として見られる海馬の萎縮(右側)は、アルコールの摂取量が多いほどその頻度が高く、1週間のアルコールの摂取量が8グラム未満と比較して、112から168グラム未満では3.4倍(95%CI; 1.4から8.1)、168から240グラム未満では3.6倍(95%CI; 1.4から9.6)、240グラム以上では5.8倍(95%CI; 1.8から18.6)と、それぞれ有意に増加していました。

認知機能の検査については、記憶の再生や、野菜の名前をなるべく沢山言う、というような意味流暢性の検査では、アルコール摂取量との関連は認められませんでしたが、「A」で始まる言葉をなるべく沢山言う、というような文字流暢性の検査では、アルコール摂取量が多いほど、結果が低下しているという相関が認められました。

ただこの研究ではまだ、認知症の事例が沢山発症する、という年齢には至っていないので、実際に認知症の発症リスクが、アルコールの摂取量で高まるかどうかは確認されていません。

9000人超の男女を23年間観察したデータでは

少量の飲酒でも、認知症の発症リスクを高める可能性が

今回のデータはより大規模なもので、登録の時点で35から55歳の9087名の男女を、23年間に渡り経過観察しています。
その結果397名の新規の認知症の発症が認められています。

飲酒量と認知症発症リスクとの関連をみたところ、1週間に1から14単位(アルコール量で1単位は8グラム)の飲酒と比較して、14単位(1週間に112グラム)を超える飲酒習慣を、中年期に持っていた人は、その後の認知症発症リスクが1.47倍(95%CI: 1.15から1.89)有意に増加していました。
1週間に14単位以上飲酒をしている人は、飲酒量が7単位増える毎に認知症リスクは17%増加する、という推算されています。

この週に112グラムというのは、1日に換算すると16グラムですから、日本で適正飲酒量とされる1日23グラム以下より、かなり少ないということが分かります。

1週間にワインなら5杯、ビール中ジョッキなら4杯までを目安に

元々2016年のイギリスのガイドラインにおける適正飲酒量は、1週間に112グラム以下で、意外なことに日本より厳しいのです。
これがアメリカの男性の適正飲酒量は、1週間に196グラムとなっています。

イギリス人は毎日パブでビールを飲んでいるようなイメージがありますが、意外に飲酒に関しては厳格であるようです。(これは以前は週に168グラムと、日本でほぼ同一となっていたものが、少量飲酒のリスクを重視して改訂されたのです)

1週間の飲酒量を基準にするのは、分かりにくいように思いますが、イギリスの基準は1週間にワイングラスなら5杯分、ビール中ジョッキが4杯分、というように図示されていて、1日1合くらいと言うより、この方が分かりやすいというようにも感じます。

少量の飲酒に大きな健康上の害はない、という常識に現状は大きな変化は起こっていないのですが、より少量の飲酒でも、認知症の発症には、若干の関連がある可能性があります。

健康のために、飲酒はたしなむ程度にとどめて

従って、飲酒の楽しみを否定するつもりはありませんが、健康のためには、1週間単位でなるべくたしなむ程度にしておくのが、まずは上策ではないかという気がします。

ただ、こうした飲酒に関してのイギリスのデータは、初めから結果を決めているような感じがあり、他の分野でもそうしたことはありますが、あまり厳密な科学ではないと、そうした印象を持つこともまた偽らざる気持ちなのです。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36