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2018.08.08

安心・満足な出産はニュージーランドに学べ|現役女性首相が産む国で活躍する「助産師」

東洋経済オンライン

ニュージーランドの首都ウェリントン(写真:Robert Chang/iStock)

首相の出産に女性たちから熱い応援コメント

ニュージーランドの若き女性首相、ジャシンダ・アーダーン氏(38歳)が、6月21日に第1子を出産した。パートナーのクラーク・ゲイフォード氏は海釣りの番組を手掛ける放送関係者で、入籍はしていない。首相の復職後、ゲイフォード氏は主夫となって子育てを担う。


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ニュージーランドは女性参政権が世界で初めて実現した国で、女性首相もアーダーン首相で、もう3人目だ。アーダーン首相が妊娠を公表したのは就任のわずか3カ月後で、首相の当時のSNSを見ると女性たちから熱い応援コメントが多数寄せられていた。巷の声も知りたいと、以前ニュージーランド取材でお世話になったリサーチコンサルタントのハナ・アンダーソン・モリさんに直接聞いてみたところ、ニュージーランド国内に、首相が出産したことを批判するような声は出ていないそうだ。

ニュージーランドは助産師の活躍が有名な国。先ごろ出産して話題になったジャシンダ・アーダーン首相も、助産師とのツーショットをSNSに投稿して熱い感謝を述べた(写真:アーダーン首相のフェイスブックより)

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ニュージーランドは助産師の活躍が有名な国。先ごろ出産して話題になったジャシンダ・アーダーン首相も、助産師とのツーショットをSNSに投稿して熱い感謝を述べた(写真:アーダーン首相のフェイスブックより)

首相が妊娠・出産・子育てを現在進行形でやっているということは、国の出産・育児政策にいったいどのような影響をもたらすのだろうか。

首相は自身のSNSに、出産後2番目の写真として助産師とのツーショットをアップした。助産師とは、医師に比べると実施できる医療行為は限られるが、妊婦健診、分娩介助、産後の育児支援などを専門的に行う医療職だ。

首相は「私たちの素晴らしい助産師のリビーさん」と名前も出して自分たち夫婦が世話になった助産師を紹介した。写真の中で、首相はひとりの女性に戻った顔をしている。柔和で、幸せそうだ。

ニュージーランドは、母親に助産師がしっかり寄り添う出産システムをすでに20年以上も続けていることで有名だ。

その基礎を築いた政治家は、アーダーン首相と同じ労働党のヘレン・クラーク元首相である。クラーク元首相は、自分自身は子どもを産まなかったが、母親と助産師の要求に理解を示して助産師が活躍できる出産システムを作った。

9割の妊婦が開業助産師を選ぶ理由とは

ニュージーランドの出産システムは、日本とはさまざまな点で大きく異なる。日本では、妊娠した人は、まず病院に行かなければ、と思って「施設」を探すだろう。そして、出産施設で会う医療職としては産科医しか頭に浮かばない人が多いと思う。

しかしニュージーランドで妊娠した人は、施設ではなく、まず「人」を選ぶ。LMC(Lead Maternity Carer)と呼ばれる、自分の妊娠・出産・産後をトータルに診てくれる独立開業の専門家をひとり選ぶのだ。LMCは産科医、産科を学んだ一般医、助産師のいずれかから自由に選べて、ニュージーランドでは、なんと9割の妊婦が開業助産師を選んでいる。

助産師は必要に応じて医師と共働態勢をとるので、例えば妊娠高血圧症候群のような合併症があったり、早産になりやすかったりする「ハイリスク妊娠」の人でも助産師をLMCに選べる。

出産する場所も自由に選ぶことができる。リスクが低い人なら自宅や日本の助産院に近いバースセンターを選んでもいいし、LMCが契約している病院で産んでもいい。現状はというと、LMCに助産師を選んだ人を含めて、大半の人は病院を選んでいる。

ニュージーランドの病院の分娩室(North Shore Hospital)。「オープンシステム」の病院は欧米に広く見られる(著者撮影)

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ニュージーランドの病院の分娩室(North Shore Hospital)。「オープンシステム」の病院は欧米に広く見られる(著者撮影)

病院で産む場合は、LMCのオフィスで妊婦健診を受け、陣痛が来たら病院に入院し、そこにLMCもやってくる。そして、病院の設備を使い、病院にいる勤務医や勤務助産師たちと協働して子どもをとりあげてくれる。病院の医療機器やスタッフという貴重な医療資源が、地域に開放されているのだ。欧米に広く見られる「開放型病院(オープンシステム)」と呼ばれているシステムだ。

日本では、開業助産師の下で産みたいと思ったら、出産場所は医師がいない助産院や自宅しか選べないことがほとんどだ。そのためハイリスク妊娠の人は受け入れてもらえず、助産院で産むことができても途中で急変があれば病院に搬送されることになる。この搬送が不安だと感じる人が多いので、日本では、開業助産師が介助する出産は1パーセントに満たない。

一方、ニュージーランドでは、共通ガイドラインの下で病院と開業助産師が一体になっており、誰もが安心して自分が選んだ親しい開業助産師の下で産むことができる。まさに「安心」と「安全」の両方を最大限にしたシステムと言えるだろう。

出産シーンでの助産師の活躍は、今や先進国の大きなテーマになっている。世界的に産科医は不足しているし、女性たちも親身に相談に乗ってくれる専門家を求めているからだ。

助産師の歴史をひも解くと、自宅出産が普通だった時代には世界中で助産師がお産の介助を担っていた。しかし近代的な病院で産科医と産むスタイルが一般化すると、多くの助産師は病院に就職し、看護師と区別がつきにくい存在になっていった。

しかし20世紀後半、欧米を中心に患者の人権運動やナチュラル・バース・ムーブメントが高まり、病院の出産には医療の過剰使用や、「分娩室に家族を入れない」などの非人間的な面があると言われるようになる。助産師という職業が再発見され、期待が高まっていったのは、こうした傾向への反省からだった。

助産師主導の出産のメリットは主に2つ

「助産師と産みたい」と言い始めたのは自宅でのナチュラル・バースを希望する女性たちだったが、しだいに病院でも「家族中心ケア」「出産のヒューマニゼーション」といった言葉がよく使われるようになっていった。

激動のムーブメントから歳月が流れて、今では、助産師主導の出産を検証した学術的な研究も進んだ。研究が明らかにしてきたメリットは主に2つである。

ひとつは「母親の満足度が高い」ということだ。出産方法は、従来は死亡率など産科学的な面からのみ評価されてきたが、最近は満足感という新しい指標も大切だと考えられるようになった。これは、出産を社会的にとらえる視点と、女性の人生や子育てへの影響まで考えるようになった視野の広がりの表れである。自分の出産体験をポジティブにとらえられるかどうかが、「産後うつ」にかかわりがあるという報告は多い。

ふたつめに注目されるのは、費用効果だ。役割分担を明確にし、助産師ができることは助産師が担って、人件費の高い医師は危機が迫った場面にかかわるようにすれば医療費は下がる。出産の費用を国が負担する国々にとっては、限られた予算をどう使えばよいかは切実な問題だ。産科医の仕事が軽減されれば、産科医不足の有効な対策にもなることは言うまでもない。

人件費が下がっても安全性が損なわれては元も子もないが、医療連携がしっかりしていれば、助産師主導の出産でも安全性は損なわれないという結論に落ち着いてきている。すぐれた研究を収集して要約している権威ある国際プロジェクト「コクラン・ライブラリー」では、それを裏付けるレポートを掲載している。

2016年のレポート「出産女性のケアにおける助産師主導の継続モデル(筆者注:決まった助産師がひとりもしくはチームで診続ける出産)と他のモデルの比較」によると、英国、オーストラリア、カナダ、アイルランドなどで発表された信頼性の高い研究15件が検討された結果、助産師主導の継続ケアには悪いところが見当たらないとされた。そして大多数の研究が「満足度が高い」と報告していて、医療費削減になる傾向も見られた。

助産師主導の継続ケアは、硬膜外麻酔の使用、子どもがなかなか出てこないときに器具を使って引っ張り出す吸引分娩・鉗子分娩など医療行為が減るという特徴もあった。また37週未満の早産、24週前後の胎児死亡と新生児死亡の割合が減る傾向があった。

早産、死産が減る理由ははっきりわかっていないが、筆者が推察するに、LMCのような親しい専門家が身近にいれば、何かあったときに質問や相談がしやすく、異常の早期発見や予防医療に有利なのではないだろうか。レポートは「助産師主導の継続モデルによるケアを提供すべきである」という結論で結ばれている。

WHOでも「助産師の継続ケア」を推奨

2018年2月には、世界保健機関(WHO)が、出産ケアの新しいガイドライン『WHO勧告:肯定的な出産体験のための分娩ケア』で「助産師の継続ケア」を推奨した。この数年、こうした権威ある組織が、相次いで助産師の継続ケアを推奨する方向に動いている。

その流れの中で、もう20年以上も国民が助産師の継続ケアを享受しているニュージーランドは、先達として関係者から注目を浴びている。

ニュージーランド国民が助産師に寄せる信頼の裏には、助産師たちのたゆまぬ切磋琢磨もある。ニュージーランドでは、助産師であるということは大変な努力を要する。脱落する学生のほうがはるかに多い過酷な教育に耐えた人しか助産師資格を手にできないし、仕事に従事するために必要な実践免許の期限はわずか1年という短さだ。

「あなたが受けたケアはどうでしたか?」母親にフィードバック制度の存在を伝えるニュージーランド助産師協会のポスター。 (著者撮影)

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「あなたが受けたケアはどうでしたか?」母親にフィードバック制度の存在を伝えるニュージーランド助産師協会のポスター。 (著者撮影)

さらに3年に1度は大掛かりな更新があり、診療記録を提出しなければならない。評価員は、母親のフィードバックも加味して適切なケアが行われているかどうかをみる。ちなみに日本では、医師も助産師も、免許の更新制度はない。

ところが今、ニュージーランドの助産師は危機を迎えている。助産師の報酬があまりにも安くて、助産師不足が始まっているのだ。

ニュージーランドでは出産費用は国持ちなので、助産師たちは国に申請して既定の報酬を受け取る。その金額が、時給に換算してみたら、わずか8ニュージーランドドルとなっていた。執筆時の為替レートで日本円に換算すると640円ほどだ。これは、アーダーン首相にとっては前の政権から引き継いでしまった負の遺産。アーダーン政権になってから予算のわずかな増額はあったのだが、助産師団体はこれでは問題は解決しないと言っている。

日本もニュージーランドから多くを学べる国のひとつ

アーダーン首相がアップした助産師とのツーショット写真には、助産師の報酬引き上げの早期実現を求めるコメントがたくさんついた。女性たちは、首相も大満足な素晴らしい出産ケアを誰でも無料で受けられる国に住んでいることを改めて喜び、その制度が崩壊してしまうかもしれない危機感を書き込んだ。

ニュージーランドの助産師が最も時間を費やしている業務は、産後の家庭訪問らしい。産後6週間の間に最低7回も訪問に行かなければならないので、助産師は大変だ。でも親にとっては、夜泣きに悩み、ふらふらの身体で慣れない育児をするこの時期に信頼するLMCが何度も家に来てくれるのだから、その値打ちは計り知れない。もし、このシステムが壊れてしまったら、これからニュージーランドに学ぼうとしている他の国にとっても大きな損失だ。

アーダーン首相は、報酬引き上げに着手するのか。首相の子どもは女の子で、名前はネーヴといい、明るい(bright)、放射する(radiant)という意味があるらしい。今回の出産が、この子の名前の通り世界に放射される明るい光になって、子どもを産みやすい国を増やしてほしいものだ。私は、日本もニュージーランドの出産システムから多くを学べる国のひとつだと思っている。

(取材協力:ハナ・アンダーソン・モリ/リサーチコンサルタント)

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河合 蘭:出産ジャーナリスト

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