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2018.06.16

死因4位「脳卒中」治療の深刻すぎる地域格差|住む地域によって助かる可能性に大差がある

東洋経済オンライン

治療が早ければ早いほど重症化のリスクが避けられる(写真:Ridofranz/iStock)

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治療が早ければ早いほど重症化のリスクが避けられる(写真:Ridofranz/iStock)

蒸し暑い日が続くようになると、脱水を引き金にした脳卒中が起こりやすくなる。

汗をかいて体の水分や塩分などの電解質が不足すると、ドロドロになった血液が血管を詰まらせてしまう。詰まった先の血管につながる脳細胞は、やがて壊死してしまう。「脳梗塞」と呼ばれるこのタイプは、脳卒中全体の4分の3程度を占めている。

脳卒中は日本人の死亡原因の4位であり、寝たきりになる直接的な原因としては長年、1位に君臨し続けている。しかし、脳卒中の治療に深刻な地域格差があることは、一般にはあまり知られていない。

脳梗塞の治療法施行率に4倍もの格差

脳卒中は、血管が詰まる「脳梗塞」と、血管が破れて出血する「脳出血」「クモ膜下出血」に⼤別できる。

最初にCTを撮影し、専門医の判断で適応条件が満たされる「脳梗塞」と判断されれば、詰まっている血の塊を溶かす薬(アルテプラーゼ)を静脈内に点滴する治療法(t-PA静注療法)が行われる。t-PA静注療法ですぐ対処すれば、寝たきりにならず、退院後自分の足で歩いて帰れる可能性が高まる。

しかし、t-PA静注療法が2005年に承認された後に行われた全国調査では、都道府県の施行率に4倍もの格差が存在したことが明らかになった。

手術や救急などの一般的な医療を地域で完結することを目指す「2次医療圏」のうち、44医療圏(13%)がt-PA静注療法を1例も行ったことがないこともわかった。

それ以降も実施率はほとんど増えず、約5%でとどまっている。こうした格差は同じ都道府県内でも深刻であり、現在も解消されていない。

東京都を例に見ていこう。

厚生労働省が2008〜12年の5年間に亡くなった人の死因を年齢調整した死亡率(標準化死亡比)をみると、東京都内に住む男性における脳卒中(脳血管疾患)の死亡率には5.5倍もの地域差があった。死亡率が最も低かったのは小金井市、最も高かったのは奥多摩町だった。女性でも3倍以上の地域差があり、目黒区が最も低く、奥多摩町が最も高かった。

端的に言えば、脳卒中のリスクを抱える男性は小金井市に、女性は目黒区に住むのが都内では最善の選択ということになる。

バラバラに行われている脳卒中対策

t-PA静注療法を実施している病院であっても、24時間体制ではない場合がある。中には、t-PA静注療法に対応できると謳っておきながら、症状が出た患者が運ばれても適切に行っていない悪質な病院もあるという。

こうした現状を鑑み、全国どこでも同じ水準の脳卒中治療を受けられるよう、がん対策基本法と同じように「脳卒中対策基本法」の成立を目指す動きがある。

「脳卒中・循環器病対策基本法の成立を求める会」で代表を務める山口武典医師(国立循環器病研究センター名誉総長)は、ブツ切れ状態にある現在の脳卒中対策を変える必要があると断言する。

脳卒中対策は現在、バラバラに行われ、一連の流れがトータルに考えられていない。

予防は「健康日本21」や特定健診・特定保健指導が中心。救急搬送は改正消防法が規定する救急搬送及び受け入れの実施に関するルール(実施基準)に準拠。急性期から維持期の医療は「医療計画の5疾病5事業の一つ」に規定され、介護は介護保険などに基づいて進められている。

縦割り行政の弊害も見え隠れする。

予防は厚生労働省健康局、救急搬送は総務省消防庁、医療は厚生労働省医政局、介護は厚生労働省老健局、社会福祉は厚生労働省社会・援護局と多岐にわたる。

山口医師はだからこそ、法制化が必要だと訴えてきた。

「これらの解決には、脳卒中対策に対する中央省庁の構造や考え方の抜本的な改革と、法律による規制が必要です。法律があってはじめて、関係者が同じテーブルに着き、ディスカッションを始められるのです」

脳卒中に対するリテラシーの向上が必要

脳卒中に対する啓発も不足している。

t-PA静注療法は症状を劇的に改善する可能性があるが、発症4時間半以内に開始しなければならない。限られた時間内にすべてが速やかに行われることが重要だ。血管が詰まったことで酸素や栄養が途絶えると、脳細胞は次々死んでいってしまう。このため、治療は1分1秒の争いになる。

しかし、一刻も早く治療を開始しなくてはならないことがまだまだ一般にはよく知られていないと山口医師は嘆息する。

「脳卒中が怖い病気だからと病院に来るのをためらい、前兆に気付いたにもかかわらず、気にしていない患者さんがいまだにたくさんいます」

新聞やテレビなどで積極的に脳卒中キャンペーンを行う地域と、少し行う地域、まったく行わない地域を設定して、研究が行われたことがある。それによると、積極的にキャンペーンを行う地域では、知っておくべき脳卒中の初期症状が一般市民に広く知られるようになったことが報告されている。

病気に対するリテラシーを向上させるためにも、国家レベルの啓発が必要だろう。

いま、自宅で家族が脳梗塞になったとして、どのようなことが考えられるか。

現在、t-PA静注療法で改善が認められない場合や、t-PA静注療法の適応がない脳梗塞には、発症から8時間以内であれば「血管内治療」という選択肢がある。

足の付け根から細いカテーテルを動脈に入れて脳まで通し、詰まった血栓を取り除く。デバイスと技術の進化ととともに再び血流が戻る確率は上昇している。しかし、この治療も開始が遅れるほど効果が下がり、治療を行える専門医の数は限られている。

仮に脳梗塞の兆候に気付きすぐに救急隊を呼び、速やかに病院に運ばれたとしても、t-PA静注療法が速やかに行われるかは病院次第になる。t-PA静注療法が有効ではない場合、その病院で血管内治療が受けられるかどうかもわからない。

そんなことはおかまいなしに、受け入れてくれる病院にただ運ばれていくだけである。

現状は自衛あるのみ

運ばれる病院により患者の命が左右され、障害が残る可能性も大きく変わる。それにもかかわらず、救急搬送時点で病院の実力を考慮しているのはごく一部の地域にすぎない。

今のところ、血管内治療が受けられる病院リストすら存在していない。こうしたリストを国が作成して一般公開すれば、国民の意識も変わるに違いない。

このように、脳卒中を巡る治療環境はまだまだ頼りない。

t-PA静注療法の実施率が1%上がれば、リハビリや介護施設にかかるコストだけでも年間約7.8億円の医療費節減につながると推定されている。

基本法が成立して全国どこでも同じ水準で治療を受けられれば、脳梗塞を起こしても元気で戻れる人が増え、貴重な人的資源が失われずに済む。

しかも、患者の入院が長引いたり、治療薬を減らしたりすることもなく、医療費は節減できる。そう山口医師らは考えている。

いくら最新治療が保険適応されても、10年以上経過してなお標準的に受けられないのでは意味がない。それまではもっぱら自衛あるのみである。

締めくくりに、日本脳卒中協会が挙げている脳卒中で起こる症状を紹介しておく。

1.片方の手足・顔半分の麻痺・しびれが起こる(手足のみ、顔のみの場合もあり)

2.ろれつが回らない、言葉が出ない、他人の言うことが理解できない

3.力はあるのに、立てない、歩けない、フラフラする

4.片方の目が見えない、物が2つに見える、視野の半分が欠ける

5.経験したことのない激しい頭痛がする

大切な人を脳卒中から救うには

国際的には、脳卒中は「FAST」というキーワードでキャンペーンが展開されている。

FはFace、つまり顔。顔の表情が左右対称か?

AはArm(腕)。腕が「前へならえ」の要領で、左右同じように挙げていられるか?

SはSpeech(言葉)。言葉がおかしくないか?

TはTime(時間)。「FAS」のうちひとつでも症状が見られたら、発症時刻を確認し、すぐに救急車を呼ぶこと。

「FAST」を覚えておくだけで、大切な人を脳卒中から救える可能性が増える。命を守る知識だけに、大人だけでなく、ぜひ子どもにも教えておきたい。

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山口 茜:医学ジャーナリスト、プサラ研究所所長

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