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2017.08.30

5人に1人?本当は痒くない?みんなが誤解しがちな水虫の常識【皮膚科医が教える水虫治療と予防・前編】

KenCoM公式ライター:桶谷仁志

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蒸し暑い日が続くと足裏が痒くなり、「水虫か」と気落ちしながら、家族にだまって市販薬でケア。治ったと思っていたら、しばらくたってまた再発してしまった……。もし、こんなサイクルが続いているようなら要注意。水虫に対する根本的な知識が誤っている可能性がある。

今回お話を伺ったのは、東京女子医科大学皮膚科学教室の常深祐一郎先生。水虫の原因から発症までの流れ、そして健康リスクまでをインタビュー。そこから見えてきたのは、多くの人が水虫の常識を誤解しているということだ。

常深祐一郎(つねみ・ゆういちろう)先生

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東京女子医科大学 皮膚科学教室 准教授

【プロフィール】
1999年に東京大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院、国立国際医療センターで研修。東京大学大学院卒業後、東京大学医学部付属病院皮膚科にて助教を勤め、2010年東京女子医科大学講師、2014年より現職。専門領域は皮膚真菌症、アトピー性皮膚炎、乾癬など。医学博士、日本皮膚科学会認定皮膚科専門医、日本医真菌学会認定医真菌専門医。

【所属学会】 日本皮膚科学会、日本研究皮膚科学会、日本医真菌学会、日本臨床皮膚科医会など

水虫は進化して人にとりついたカビの一種

水虫に関して、一般に最も広く知られているのは「水虫は痒い」という症状。これが大きな落とし穴だという。

水虫を発症して、痒くなる人は全体の1割程度しかいません。つまり、ほぼ自覚症状がない病気なのです。水虫薬のコマーシャルは、ごく一部の痒い水虫の人に訴えて、薬局や医療機関に行くという行動をとらせます。間違いではないのですが、行動を起こすのは痒い人だけなので『水虫は痒い』という誤解が定着してしまいました。

しかし、皮膚科で痒みを伴う病気の中で、多く診断されるのは湿疹です。そのため、皮膚科医は「足に痒みがある」と言われたら、先に湿疹を疑います。本来であれば湿疹の薬を塗るべきなのに、誤った認識から市販の水虫薬を塗り、湿疹を悪化させてしまって来院される方がいます。問診票に「水虫」と書いていて、「しつこい水虫が治らなくて…」と言う方にこの話をすると驚かれます。

なぜ痒くないのか?それは原因菌(白癬菌)の高度な生き残り戦術があるからだという。

水虫は白癬という病名でも呼ばれ、白癬菌という真菌(カビ)の一種が主に足の皮膚に感染して起きる感染症です。白癬菌の元祖は大昔から地中に生息し、地面に落ちてきた動物の毛や垢などのタンパク質を食べて生きてきたと考えられています。そして、長い進化の過程で、直接動物の皮膚にとりつくようになり、一部の白癬菌は人にとりつくようになったのです。

白癬菌は、人体の中で最も厚い角質である足裏にとりつき、人が痒くならない程度の深さのところに生息します。これは角質の奥に行きすぎると、免疫反応が起きて駆除されてしまうからです。この免疫反応が”痒み”となります。水虫菌としてはできるだけ免疫反応を起さないよう、角質の再生に合わせてゆっくり移動を繰り返して寄生し続けるのが最も効率がいいのです。

約5人に1人が水虫!?その原因はライフスタイルにある

菌の性質から発症に気づきにくい水虫。その割合は約5人に1人という調査報告がある。

日本皮膚科学会雑誌と日本臨床皮膚科医会雑誌に、水虫に関する大規模な疫学調査の結果が報告されています(注)。手法は、皮膚科に来院された患者さんのサンプリング調査です。「すでに水虫」「水虫かもしれない」という方は除外しています。それによると日本では約5人に1人の割合で、水虫菌に感染していることが分かりました。割と身近でありながら、この病気がいかに気づきにくいかということですね。

無自覚のまま菌を保有していると、意図せずして感染拡大の原因となってしまう。

水虫だと気づいていない人は、公共の場に足の角質と一緒に菌を落としています。プールや温泉などの脱衣室の床、トイレのスリッパなどは注意が必要です。こうした場所には、一見すると埃にしか見えない水虫菌がとりついた角質が大量に落ちているという調査結果もあります。水虫菌は自分で動くことができないため、床から足に付着して増殖します。

例えば温泉に入った後などは、そのまま帰宅して就寝することがあるでしょう。しかし、脱衣所のロッカーまで歩いた際に菌が付着し、そのまま寝てしまえば繁殖する機会を与えてしまいます。こうして気づかないうちに感染し、また違うところで菌を落とせば別の人が感染するというわけです。

足の水虫は重症な病気の入り口になる

若く健康であれば治療は難しくない。高齢者が水虫にかかると注意が必要だ。

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極論ですが、若くて健康な人の場合だったら、足裏の角質を食べているだけなので、過敏にならず適切な治療をすれば問題ありません。注意すべきは高齢者の方ですね。他の病気の治療などで免疫力が落ちていると、水虫の改善に時間がかかるだけでなく、発症したことに気づかずに重症化してしまうケースがあります。

水虫が進行すると、爪の中に水虫菌が入り込む『爪白癬』になる場合がある。高齢になって免疫力が衰えると、発症リスクも高くなる。

足の表面の水虫は、高齢になっても時間はかかりますが治せます。しかし、爪の周りで菌が増殖し、やがて爪の中に菌が侵入して「爪白癬」になる場合があります。爪はものすごく硬いため水虫菌でも入り込むのが大変なのですが、その分一度かかると完治までが非常に難しい。爪白癬の治療は、飲み薬や塗り薬で菌の動きを止め、爪の生え変わりによって菌を押し出して完治までもっていきます。しかし、爪は菌が入りにくい分、治療用の薬も浸透しづらい。さらに、高齢になると爪の伸びが遅くなるので時間がかかります。爪白癬は「水虫菌の巣」となり、白癬菌の供給源として足白癬を繰り返します。放置すると白癬菌は足を越えて頭や顔、身体にうつることがあります。つまり、体のあちこちにカビが生えるわけです。

特に深刻なのが、糖尿病との合併だ。糖尿病性の潰瘍や壊疽の引き金になるという。

糖尿病の人は免疫も落ちていますし、神経も感覚も鈍くなっているので水虫の発症に気づきにくい。そのため、水虫によって皮膚にあいた小さな穴から、体内に別のばい菌が入って潰瘍や壊疽を引き起こし、足を切断するといったケースがあるのです。糖尿病だけでなく透析を受けている方や動脈硬化を患う方に、爪の切り方や足の洗い方、タコの対処といった、フットケアが必須になるのですが、水虫治療はその1つとなっています。

大学病院の皮膚科には、糖尿病の先生から「水虫を絶対治してください」と強く言われた患者さんが来院します。水虫だと思っていたら、ほんの2~3ヵ月で状態が急速に悪くなって、足の切断に至ったこともあります。寝たきりのリスク予防、健康寿命の延伸といった観点からも、たかが水虫といって侮らずに、早期治療と予防に気を使うことが大事です。

「足裏が痒い!」が続いたら皮膚科にご相談を

実を言うと、常深准教授の話をじっくりと聞く前は、筆者も水虫は「痒い」ものだと何となく思い込んでいた。愚問ながら「木酢や重曹を塗る」「温泉治療」といった、民間療法に信憑性はあるのかと聞くと、当然ながら『科学的な根拠はない』と教えられた。最近の水虫薬は進歩が著しく、よく効く薬がたくさん出ているという。それなのに、なぜ毎年、水虫に苦しむ人がいるのだろうか。

その理由を解明するためにインタビューの後編では、水虫の治療と予防の話を詳しく紹介している。市販薬を買う前に皮膚科医に相談すべき理由が分かるので、ぜひ読み進めてほしい。

参考文献

(注)
渡辺晋一ほか:本邦における足・爪白癬の疫学調査成績.日本皮膚科学会雑誌111:2101-2112,2001.
仲 弥ほか:足白癬・爪白癬の実態と潜在罹患率の大規模疫学調査(Foot Check 2007).日本臨床皮膚科医会雑誌26:27-36,2009.

取材協力

<著者プロフィール>

■桶谷 仁志(おけたに・ひとし)
1956年北海道生まれ。早稲田大学卒。20代半ばからトラベルライターとして国内のほぼ全県と海外30数カ国に取材し、雑誌、新聞等に寄稿。2000年には副編集長として食のトレンド雑誌「ARIgATT」を企画、創刊。03年から雑誌「日経マスターズ」(日経BP社)で最新医療を紹介する「医療最前線」を約3年間、連載。日経BPネット「21世紀医療フォーラム」編集長も務める。現在は食、IT、医療関連の取材を幅広く手がける。著書に『MMガイド台湾』(昭文社)『パパ・サヴァイバル』(風雅書房)『街物語 パリ』(JTB)『乾杯! クラフトビール』(メディアパル)など。

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