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2017.08.09

急な食塩の摂りすぎは命に関わるリスクが急上昇!【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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身近な調味料の食塩ですが、使い方を間違えると健康に影響を与えることもあります。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら世界中の最先端の論文を研究し、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「石原藤樹のブログ」より、読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、2017年のNutrients誌に掲載された、急性の食塩中毒のこれまでの報告をまとめたレビューです。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

食塩中毒とはどういうもの?

醤油を一升飲めば死に至る

2017年の7月11日に、岩手県の預かり保育の施設で、職員が乳児に食塩を混ぜた液体を飲ませ、食塩中毒で死亡させたという事例が報道されました。

食塩の中毒で亡くなるということがあるのだろうかと、驚かれた方も多かったのではないかと思います。

ただ、醤油を1升びんでまるごと飲んで、自殺をしたというような話は、お聞きになった方も多いのではないかと思います。

僕は小学生くらいの時に、もうお酒を1升一気に飲むのと、醤油を1升一気に飲むのとどっちがより危険か、というようなブラックなクイズが流行していたのを覚えています。
勿論答えは醤油なのです。
そして、醤油を1升飲んでも死なない方法として、すぐにお風呂に入ることが豆知識として披露されることもありました。
お風呂に入って大量に発汗することにより、塩分が外に出るというのがその理屈でした。ただ、実際のその効果は定かではありません。

細胞の脱水状態で血管が破裂

このように、醤油を大量に飲んで自殺を図るというのは、昔から結構知られていた方法のようで、報道されることも多く、一般の方の興味を惹いていたようです。

醤油を大量に飲むことで死亡することがあるのは、大量の食塩が身体に入ることにより、血液のナトリウム濃度が急上昇して細胞内脱水の状態となり、脳細胞が萎縮して引っ張られた血管が破綻、脳内出血やクモ膜下出血などを起こすことがその主な原因と考えられています。

正常の血液のナトリウム濃度が140mEq/Lくらいで、これが185mEq/L以上まで上昇すると、そうした致命的な細胞内脱水の危険性があると考えられています。
これを単純に大人の循環血液量で計算すると、10グラムくらいの食塩でも、一気に摂取するとその危険があるという計算になります。

ただ、実際には汗や尿からナトリウムは排泄されますし、細胞内外への体液やナトリウムの移動がありますから、その程度の量ではそうしたことは起こらないのが通常だと思います。

25グラムを越えると高ナトリウム血症のリスクが増加

そして、これまでの事例の検討から、25グラムを超える食塩を一気に摂取すると、高ナトリウム血症により死亡する危険性はあり得る、という知見が集まっています。
それ以下の量でも死亡事例はあり、おそらくは元々脱水状態であったとか、発汗が困難な状態であったり、腎機能が低下しているなど、その他の要因が合わさった結果ではないかと思われます。

醤油を1升飲むと200グラムの食塩を、一気に摂取したことと同じになり、これが如何に危険であるかは、お分かりになるかと思います。
これまでの検証から、概ね大人の致死量は100グラムくらいと想定して、大きな誤りはないように思います。

以上は勿論成人の場合です。

子どもの食塩中毒の場合

子どもの場合10グラム以上の急激な塩分摂取で危険に

たとえば体重10キロの小児の場合、計算上は10グラム未満の食塩の摂取でも、致死的になる可能性はあるのですが、10グラムを超えないレベルの食塩で、小児が死亡したことが確定したような事例は、それほど多くは報告されていません。

上記レビューの記載によれば、英語の文献でこれまでに報告された食塩中毒の死亡事例は15名で、その多くは摂取された食塩の量は不明です。
乳幼児の場合、自分で好んで摂取することはありませんから、報告された事例の多くは、今回の岩手のケースのように、他人から意図的に摂取させられたものなのです。

従って、不明の点がまだ多いのですが、10グラムを超える塩分を一気に摂取すると、お子さんでは致死的になる可能性が高いと、そう考えるのが妥当であるようです。

食塩中毒は自殺目的の成人が多い

1993年の小児科の専門誌に、「Non‐accidental salt poisoning」という論文があり(※2)、上記のレビューにも引用されているのですが、そこでは小児の急性中毒の事例の中から、12例の食塩中毒の疑われる事例が抽出されていてます。その考察で食塩中毒は成人より赤ちゃんが圧倒的に多い、というように取れる記載があるのですが、あまり根拠のある記載とは思えず、今回上記のレビューと関連の報告などを幾つか読んだ範囲では、少なくとも食塩中毒を死亡事例に限ってみると、圧倒的に成人の事例が多く、その多くは自殺目的の使用のようです。

それ以外で意外に多いのは、砂糖の塊と間違って、塩の塊をそのまま摂取したようなケースです。
乳幼児では矢張り虐待のケースが多いのですが、報告頻度から言えば少なく、その摂取量も不明のものが多いようです。

食塩中毒になったときの救命法

大量輸液や透析で高ナトリウム血症を補正

食塩中毒の治療は、大量輸液や透析によって、高ナトリウム血症を補正するより方法はないのですが、発見の時点で脳出血などが生じていると、救命は困難な場合が多いようです。
また、一般的には急激な補正は、却って脳幹の壊死などを招く原因となるので、ゆっくり補正することが適切と考えられているのですが、この急性の食塩中毒の救命においては、ゆっくりとした補正で救命されたことはあまりなく、救命例は急速補正の事例に限られているという知見も報告されています。

1回に10グラムや20グラムという食塩は、摂取すること自体はそれほど難しいことではなく、それで致死的であるとすると、食塩自体を劇物や毒物に指定する必要があるようにも思いますが、実際には通常の食事でちょっとやそっと塩分を摂っても、それで死亡したというような事例は殆ど報告はなく、人間の身体の調節力は、単純計算では測れないもののようです。

熱中症対策や激辛ブームが、食塩摂取を増長していることも

ただ、最近熱中症予防に食塩摂取の重要性が、強調され過ぎることが多く、塩の塊をそのまま摂取したりすると、元々が脱水になっている炎天下では、食塩中毒の危険が高まると思いますし、激辛ブームで食塩を大量に含むような激辛料理を、何処かの芸能人のように一気食いすると、食塩中毒になる危険も否定は出来ません。
激辛料理を食べた時のあの大量の発汗は、身体が塩分を必死で体外に排泄しようとしているからで、そこにはリスクがあると、想定した方が良いように思います。

極端に食塩を摂り過ぎないこと

このように、食塩というのは、人間に必要不可欠な反面、非常に危険を孕んだものでもあり、極端な食塩の多量摂取は、命に関わることがあるということは、心に留める必要があると思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36