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2017.07.12

アルコールが脳の認知機能に影響する?【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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今年も暑い夏が訪れそうですね。うだるような夏の夜にはキンキンに冷えたビールが醍醐味、という方も多いのではないでしょうか。
そんな暑さを吹き飛ばしてくれるアルコールですが、実は脳の認知機能に影響する可能性があるという研究があるのだそうです。

クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、ブログに執筆、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生。石原先生の人気ブログ「石原藤樹のブログ」より、KenCoM読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、アルコールの脳への作用についての論文です。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

健康のために適切な飲酒量とは?

少し飲むくらいなら、一部の病気リスクを減らすという知見がある

健康のために適切な飲酒量はどのくらいか、というのは未だ解決はされていない問題です。
大量のお酒を飲んでいれば、肝臓も悪くなりますし、心臓病や脳卒中、高血圧などにも、悪影響を及ぼすことは間違いがありません。

ただ、アルコールを少量飲む習慣のある人の方が、全く飲まない人よりも、一部の病気のリスクは低くなり、寿命にも良い影響がある、というような知見も複数存在しています。

日本では厚労省のe-ヘルスネットに、日本のデータを元にして、がんと心血管疾患、総死亡において、純アルコールで平均23グラム未満(日本酒1合未満)の飲酒習慣のある方が、全く飲まない人よりリスクが低い、という結果を紹介しています。(※2)

逆に、ごく少量の飲酒でも死亡リスクが上がるというデータもある

その一方で、2016年のメタ解析の論文によると、確かに飲酒量が1日アルコール23グラム未満であれば、機会飲酒の人(※編集部注:機会があれば飲む、という程度の人)とその死亡リスクには左程の差はないのですが、1日1.3グラムを超えるアルコールでは、矢張り死亡リスクは増加する傾向を示していた、というようなデータが紹介されています。(※3)

飲酒はノーリスクではないが、適量にとどめれば問題ない

今年発表されたイギリスの大規模疫学データでは、概ね多くの病気において、全くお酒を飲まない人より、1日20グラム程度のアルコールを摂取している人の方が、その発症リスクは低く、それが適正量を超えるとリスクの増加に繋がる、というものになっていました。(※4)

ただ、喉頭癌、食道癌、乳癌など、一部の癌はより少ないアルコール量でも、そのリスクが増加した、というデータもあります。

これまでのデータを整理すると、アルコールの摂取量が少なくとも、ノーリスクとは言えないのですが、その量が1日換算で20から23グラム未満程度であれば、大きな健康上の問題は生じない、と考えて良いように思います。

アルコールは脳の認知機能にも影響があるのか?

550人の脳とアルコール摂取量の関係を、30年かけて調査

ただ、アルコールの脳への影響、と言う点についてはそれほどクリアになっていません。
少量のアルコールは認知症のリスクを低下させた、という報告がある一方で、脳画像による同様の検証では、こうしたアルコールの良い影響は確認されていません。

そこで今回の研究では、イギリスにおいて、登録時の平均年齢が43歳の男女550名を、アルコール摂取量を聞き取りした上で、30年間の経過観察を行い、その前後で脳のMRIを撮って、その所見の比較も行っています。

アルコール摂取量が多い人ほど、海馬の委縮が見られた

その結果…アルツハイマー型認知症の所見として見られる海馬の萎縮(右側)は、アルコールの摂取量が多いほどその頻度が高く、1週間のアルコールの摂取量が8グラム未満と比較して、

112から168グラム未満では3.4倍(95%CI; 1.4から8.1)、
168から240グラム未満では3.6倍(95%CI; 1.4から9.6)、
240グラム以上では5.8倍(95%CI; 1.8から18.6)と、

それぞれ有意に増加していました。

文字流暢性の検査結果も、アルコール摂取量が多いほど低下

認知機能の検査については、記憶の再生や、野菜の名前をなるべく沢山言う、というような意味流暢性の検査では、アルコール摂取量との関連は認められませんでしたが、「A」で始まる言葉をなるべく沢山言う、というような文字流暢性の検査では、アルコール摂取量が多いほど、結果が低下しているという相関が認められました。

この研究ではまだ、認知症の事例が沢山発症する、という年齢には至っていないので、実際に認知症の発症リスクが、アルコールの摂取量で高まるかどうかは確認されていません。

週112g(1日換算16g)の飲酒でも、認知症の初期の兆候が見られるという結果に

ただ、その初期の兆候と思われる所見の幾つかが、アルコール摂取量が多いほど増加し、全体の傾向としては、少量飲酒していた方が認知機能の低下が少ない、というような結果にはなっていません。
少量の飲酒でもそうした傾向はあり、それが1週間のアルコール量112グラム以上で、明確化する、という結果になっています。

この週に112グラムというのは、1日に換算すると16グラムですから、日本で適正飲酒量とされる1日23グラム以下より、かなり少ないということが分かります。

イギリスのガイドラインでは、1週間の適正飲酒量は112グラム以下

ワイングラスなら5杯分、ビール中ジョッキが4杯分程度

元々2016年のイギリスのガイドラインにおける適正飲酒量は、1週間に112グラム以下で、意外なことに日本より厳しいのです。これがアメリカの男性の適正飲酒量は、1週間に196グラムとなっています。

イギリス人は毎日パブでビールを飲んでいるようなイメージがありますが、意外に飲酒に関しては厳格であるようです。(これは以前は週に168グラムと、日本でほぼ同一となっていたものが、少量飲酒のリスクを重視して改訂されたのです)

1週間の飲酒量を基準にするのは、分かりにくいように思いますが、イギリスの基準は1週間にワイングラスなら5杯分、ビール中ジョッキが4杯分、というように図示されていて、1日1合くらいと言うより、この方が分かりやすいというようにも感じます。

健康のためには、飲酒はたしなむ程度にとどめたい

少量の飲酒に大きな健康上の害はない、という常識に現状は大きな変化は起こっていないのですが、より少量の飲酒でも、一部の癌や認知機能の低下には、若干の関連がある可能性があります。

従って、飲酒の楽しみを否定するつもりはありませんが、健康のためには、1週間単位でなるべくたしなむ程度にしておくのが、まずは上策ではないかという気がします。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36