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2017.05.30

たばこを吸った息の一酸化炭素濃度は、大気汚染レベル!【禁煙外来医師に聞くたばこの話②】

KenCoM公式ライター:桶谷仁志

前回の記事では、禁煙外来を担当する平山先生に自身の禁煙体験談を語っていただいた。そこから見えてきたものは、たばこに含まれるニコチンの依存性は薬物と同列に語られることもあり、禁煙は医師であっても難しいということだ。2回目は、喫煙による身体への影響や受動喫煙を中心にインタビュー。「吐く息が大気汚染レベルになる」とはどういうことなのか?非喫煙者であっても覚えておきたい、たばこが引き起こすリスクをご紹介する。

<お話を伺った方>東京医科大学病院 平山 陽示先生

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1984年東京医科大学卒業。1988年から米国ミシシッピー州立大学生理学教室へ留学。2001年に第2内科講師を経て2005年に総合診療科へ移籍。助教授、准教授を経て2012年臨床教授となる。2011年から総合診療科科長、2012年から卒後臨床研修センター長を兼任。2000年から禁煙外来を担当している。循環器専門医、プライマリ・ケア認定医・指導医、禁煙専門医、産業医。

1日10本たばこで、息が大気汚染レベルに

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以前の禁煙補助薬は、ガムやパッチを使った少量のニコチン摂取が主流。しかし現在は、ニコチンに頼らない新しい薬が登場したようだ。

たばこを吸うと、ニコチンは肺から吸収されて数秒で脳に到達します。脳にはニコチンと結合するレセプター(受容体)があり、ニコチンと結合すると快楽物質のドーパミンが出る。気持ちいいわけですね。レセプターにニコチンを定期的に与えると、ドーパミンの量が増えますし、レセプターの数も増えていきます。これが動物実験で確かめられたニコチン依存の仕組みです。最近の禁煙治療で使われるバレニクリンという薬は、レセプターと結合して、ニコチンに比べて半分ほどのドーパミンを出し、禁煙時の離脱症状を和らげてくれます。また、ニコチンとレセプターの結合を邪魔するため、服用前と比べたばこがおいしいと感じなくなり再喫煙を防止する効果もあります。

最近の禁煙外来の診療では、呼気の一酸化炭素濃度を測定する。

息を吸って、15秒止めて、吐く。この吐く息の一酸化炭素濃度(PPM)を計ると、吸ってから1時間か2時間以内であれば、その人が1日に吸っているたばこの本数に近い値が出ます。1日20本吸う人なら、20PPM前後です。この数値の危険性は、環境基準と比べてみると実感できます。例えば、ものを燃やして煙が出ている工場の近くで、一酸化炭素濃度を計るとします。この値が10PPMを超えたら、大気汚染の危険があるので工場は操業停止です。その10PPMは、1日10本吸う人の吐く息の一酸化炭素濃度に相当します。私が講演などでよく言うのは、「あなたの吐く息、環境基準を超えてますよ」というフレーズです。そう考えると、ちょっとぞっとしませんか?

「孫を抱きたい」。70代喫煙者を動かした動機

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完全禁煙を実現するために、薬以上に大事なのは”動機”だと平山先生は言う。

ニコチンは依存性が非常に強いので、それに打ち克つ強い動機がなければうまくいきません。だから、禁煙外来では、”なぜたばこをやめようと思ったのか?”を必ず最初に聞いて、カルテに記入。禁煙がうまくいかないときには、一度立ち戻って初心を思い出してもらいます。そして、医学的な知見からもアドバイスします。例えば肺がんリスクは4.5倍、75歳以降で歯が抜ける本数が非喫煙者と比べて9本増えるなど、その人にとって特に気になる健康リスクを説明し、動機づけを行います。

前回は、狭心症の発作を起こすという、まさに命がけの動機を紹介したが、もっと身近な事例はあるのだろうか。

動機は人それぞれですが、私がとても面白いと思ったのは、禁煙外来を受診された70代の高齢者の患者さんです。その人は、がんや心筋梗塞などのリスクを説明しても少しも動じない。年齢を考えると、がんのリスクが少し増えても関係ないという気持ちだったのでしょう。ではなぜ禁煙したいのかと聞いたら「孫を抱きたい」と言う。孫を抱っこしようとすると「お祖父ちゃん、口が臭くて嫌だ」と言われたから、禁煙して口臭を改善したいというのです。このお祖父ちゃんは、禁煙パッチを使って、すっきり禁煙を実現しました。孫のため、家族のためという動機も、十分に強力なものになり得るのです。

また禁煙中に脅かされるのが喫煙の夢だ。この夢を見ている間は、再喫煙の危険があり、油断できないとも言われている。

私も、2回目の禁煙を実行してから1年くらいは喫煙する悪夢を見ました。「あ!しまった!」と思って目を覚ます。夢を見るのは、「ニコチンが抜けきっていないから」だと一般的には言われますが、実のところ、ニコチンと結びつく脳内のレセプターの数が減りつつある時期だからだと、私は考えています。喫煙の夢を見る期間には個人差があり、夢を見なくなるとすっきりして、非喫煙者以上にたばこの煙に神経質になります。私は今、家族とでかけても全面禁煙の店でないと食事をしなくなりました。匂いはもとより、受動喫煙による健康リスクが気になりますね。

全面禁煙法の実施で心筋梗塞のリスクが大幅に低下

昨今、受動喫煙による非喫煙者への害が叫ばれている。

受動喫煙を防止するのは、非喫煙者の健康を守るためです。有名なエビデンスがあり、それを知るのが害の深刻さを理解する早道でしょう。まずは米国モンタナ州ヘレナの事例です。2002年にヘレナでは半年間、公共の場を全面禁煙にする法律を試験的に施行しました。その結果、ヘレナの街にあるCCU(冠疾患集中治療室)に心筋梗塞で入院するヘレナ在住の患者が40%も減ったのです。全面禁煙が解除された後は、その数が元に戻ったのです(注1)。

公共の場を使った受動喫煙の検証は、様々な国で行われていた。

次は2006年に全面禁煙法が施行され、その前後に詳しいデータを取ったのが英国スコットランドです。その結果、心筋梗塞を含む急性冠動脈症候群による入院患者は、全面禁煙法施行前の10カ月間に比べて17%も減少しました。喫煙の有無で見ると、喫煙者で14%減、元喫煙者で19%減、非喫煙者で21%減であり、受動喫煙者での減少が全体の67%を占めていました(注2)。その後もエビデンスが数多く発表され、「受動喫煙の防止」が非喫煙者(前喫煙者含む)の保護のために有効であることは世界の常識になっています。

日本でも受動喫煙に対する興味関心は高まっている。

「受動喫煙防止法」が成立すれば、建物内は全面禁煙になり、建物内の喫煙スペースも撤去されるようになります。産業医としての立場からみても、企業による禁煙促進の動きは今後も加速していくはずです。受動喫煙を含めてあらゆるデータから、文字通りたばこが「百害あって一利なし」と証明しているからです。東京オリンピックが近づくにつれて、喫煙環境はより厳しくなることでしょう。もし、少しでも「たばこをやめたい」と思われたら、禁煙外来を頼ってみてください。

禁煙は難しい。だからこそ、何度でもトライしよう

風薫る初夏。5月31日は世界禁煙デーでもあり、6月にかけて禁煙外来も普段以上ににぎわいそうだ。最近の禁煙治療ではニコチンを含まない飲み薬が補助薬のエース格で、呼気の一酸化炭素濃度を計る手法も活用されている。とはいえ、医療機関の支援を受けながら完全禁煙に成功するために最も大事なのは、ニコチン依存を乗り越える強力な動機だと、平山先生は教えてくれた。今回ご紹介した受動喫煙のリスクと合わせて認識すれば、自分のためばかりではなく、家族や周囲のためにも、たばこをやめるという動機付けがしやすくなるかもしれない。そして、「禁煙は失敗するもの」という意識を持っておこう。1度の失敗ぐらいで「やっぱダメだ」とならず、ぜひチャレンジしてほしい。

参考文献

(注1)Sargent RP,Sheppard RM,Glantz SA.Reduced incidence of admissions or myocardialinfarction associated with public smoking ban:before And after study.BMJ.328:977-980,2004.

(注2)Pell J, Haw S, Cobbe S, Newby D, Pell A, Fischbacher C, McConnachieA, Pringle S, Murdoch D, Dunn F, Oldroyd K, MacIntyre, O’Rourke B,Borland W. Smoke-free legislation and hospitalizations for acutecoronary syndrome. N Engl J Med. 2008;359:482– 491

取材協力

<著者プロフィール>

■桶谷 仁志(おけたに・ひとし)
1956年北海道生まれ。早稲田大学卒。20代半ばからトラベルライターとして国内のほぼ全県と海外30数カ国に取材し、雑誌、新聞等に寄稿。2000年には副編集長として食のトレンド雑誌「ARIgATT」を企画、創刊。03年から雑誌「日経マスターズ」(日経BP社)で最新医療を紹介する「医療最前線」を約3年間、連載。日経BPネット「21世紀医療フォーラム」編集長も務める。現在は食、IT、医療関連の取材を幅広く手がける。著書に『MMガイド台湾』(昭文社)『パパ・サヴァイバル』(風雅書房)『街物語 パリ』(JTB)『乾杯! クラフトビール』(メディアパル)など。

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