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2017.05.28

医師でも失敗する禁煙の難しさと成功の秘訣【禁煙外来医師に聞くたばこの話①】

KenCoM公式ライター:桶谷仁志

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値段が2倍近くに上がっても、死因の第1位だと言われても、日本にはまだまだ喫煙者が多い。とはいえ、何度か禁煙を試みたものの、挫折してしまったという人も少なくないはずだ。そこで、大学病院や企業内診療所にて、禁煙外来を担当する医師・平山陽示氏にインタビューを実施。喫煙者と向き合う医師の視点、そして自身も1度は禁煙に失敗したという経験から、いかに禁煙が難しいのかを語っていただいた。

<お話を伺った方>東京医科大学病院 平山 陽示先生

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1984年東京医科大学卒業。1988年から米国ミシシッピー州立大学生理学教室へ留学。2001年に第2内科講師を経て2005年に総合診療科へ移籍。助教授、准教授を経て2012年臨床教授となる。2011年から総合診療科科長、2012年から卒後臨床研修センター長を兼任。2000年から禁煙外来を担当している。循環器専門医、プライマリ・ケア認定医・指導医、禁煙専門医、産業医。

最初の禁煙は”1本だけお化け”で大失敗

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平山先生が、最初に禁煙を試みたのは19年前に遡る。きっかけは、当時、販売が始まったばかりの禁煙ガムとの出合いだった。

あれは40歳の時ですね。好奇心から試してみると「これは凄い」と実感し、どこまで禁煙できるかやってみようと思いました。当時は20年以上の喫煙者で、1日20本くらい吸ってましたね。それでも苦痛なく、すっと禁煙できてしまった。「禁煙ってこんなに簡単にできるんだ」と驚いたくらいです。ところが半年ほどたった頃、居酒屋で同僚とお酒を飲んでいたら、新しいたばこの試供品を配っていたんです。周りの人がそれを吸って、何だかんだと意見を言っている。「どんなものなのかな」と、1本だけ味見に吸ってみました。

禁煙の鬼門とされる”1本だけお化け”。1本吸ってしまったら「1日5本ぐらいなら」と、つい気を許してあっという間に元に戻るケースが多い。

せっかく半年間禁煙できていたのに、その1週間後には1日1箱に戻ってしまった。そして、2回目の禁煙は42歳のときです。あるお酒の席でたばこを1箱も吸ってしまい、その夜にひどく咳き込みました。別に風邪を引いたわけでもないのに、咳が止まらないのです。「まさかCOPDが始まってしまうのか!?」と疑いました。

病気の恐怖や患者への言葉、家族の支援が後押しに

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COPD(慢性閉塞性肺疾患)は喫煙が主な原因で肺胞の破壊や気道炎症が起き、進行すると息切れがひどくなって、酸素吸入が常時必要となる怖い病気だ。

すべての喫煙者がCOPDになるわけではありません。ちょうど後輩医師が、遺伝子をチェックするなどして、COPDになりやすいタイプを見つけだすというテーマの研究をしていたんです。この患者はCOPDになりやすいタイプだと事前に分かれば、その恐さを徹底して説明することで、たばこをやめるきっかけになるはずだと。そんな話が頭に残っていたころに思い切り咳き込んだから、自分はCOPDになりやすいタイプかもしれないと恐怖を感じた。その危機感をてこに、自力でピタッとたばこをやめました。

また、担当している患者に投げかけた自身の言葉もモチベーションになった。

たばこを吸うと、間違いなく狭心症の発作を起こす患者さんがいました。私はその人に、『たばこを吸いたいなら命をかけて吸いなさい』と言ったんです。この1本を吸って死んでもいいと思えるなら、命がけで吸いなさい、とね。その患者さんはしっかり禁煙して、狭心症も良くなってから、自身の経営するレストランに私を呼んでくれました。そのときに「先生の一言でやめられた」と感謝してくれたんです。ところが、まだ私はたばこを吸っている。そのこともずっと気にかかっていました。

家族からの一種の支援も、かなり効いていたようだ。

今にして思えば、あれも支援なんでしょうね。うちは家内と娘2人の4人家族ですが、私以外は誰も喫煙しません。私は家では、台所の換気扇の下だけで吸っていましたが、それでも家族みんなが嫌がって、「タバコ臭い」とか「やめてくれ」と、ずっと言っていた。そういう意見も、ボディーブローのように効いていたと思います。決定的なきっかけは夜の咳。それと狭心症の患者さん。さらに、長年の家族の“支援”が2回目の禁煙の動機でした。

「禁煙外来」のリピートが禁煙成功への道

現在、平山先生は大学病院と企業の診療所で「禁煙外来」を担当。禁煙治療は2006年4月から保険適用になり、「禁煙外来」を受診すれば、3カ月間(12週間)は薬の処方や医師のアドバイスが受けられる。

あまり知られていませんが、たばこの依存性はものすごく強い。2007年にランセットという有名医学雑誌に発表された論文では、薬物依存の強さをスコア化して比べています。この論文によれば、依存性(精神的依存)が1番高いのはへロイン、2番目はコカイン、3番目がニコチンです(注)。薬物に近い依存性のものが含まれているのだから、自分の意思だけでやめられなかったとしても「意思が弱い」とは言えません。

「禁煙外来」を受診すれば、7割近くの患者がひとまず禁煙に成功するというデータもあるが実際はどうなのだろうか?

7割というのは2010年前後の古いデータで、今はもっと比率が下がっています。というのも、いま残っている喫煙者は、以前の禁煙ブームではやめられなかった禁煙が難しい人たちなんですね。だから、「禁煙外来」を受診して3カ月後に禁煙できていても、1年後には再喫煙している人も多い。治療の保険適用は1年間に3カ月だけですから、受診後に再喫煙して、1年後にまた相談に来るリピーターが非常に多くなっています。昔も半分はリピーターでしたが、最近では8割くらいはリピートしているでしょう。ただ、2回目以降はスタート時の意識が違いますから、禁煙に成功する確率も高まるのは間違いありません。

禁煙は意志の強さだけの問題ではない

禁煙外来医師・平山先生のインタビューから、喫煙による病気のリスクに加え、禁煙の難しさと、成功するには強い動機が必要なことが見えてきた。第2回は受動喫煙に関するトピックを紹介しているので、ぜひご一読を。

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参考文献

(注)Lancet 369:1047-1053, 2007 Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse

取材協力

<著者プロフィール>

■桶谷 仁志(おけたに・ひとし)
1956年北海道生まれ。早稲田大学卒。20代半ばからトラベルライターとして国内のほぼ全県と海外30数カ国に取材し、雑誌、新聞等に寄稿。2000年には副編集長として食のトレンド雑誌「ARIgATT」を企画、創刊。03年から雑誌「日経マスターズ」(日経BP社)で最新医療を紹介する「医療最前線」を約3年間、連載。日経BPネット「21世紀医療フォーラム」編集長も務める。現在は食、IT、医療関連の取材を幅広く手がける。著書に『MMガイド台湾』(昭文社)『パパ・サヴァイバル』(風雅書房)『街物語 パリ』(JTB)『乾杯! クラフトビール』(メディアパル)など。

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