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2016.12.28

飲み会でバレる「人として二流」な人の4欠点|「ウザすぎる人」が多すぎ!あなたは大丈夫?

東洋経済オンライン

飲み会は「お酒を飲む」会であって、「お酒に飲まれる」会ではない(写真:Ushico / PIXTA)

飲み会は「お酒を飲む」会であって、「お酒に飲まれる」会ではない(写真:Ushico / PIXTA)

「学歴・頭のIQ」で、「仕事能力」は判断できない。仕事ができるかどうかは、「仕事のIQ」にかかっている。

『世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』と『一流の育て方』(ミセス・パンプキンとの共著)が合わせて25万部突破の大ベストセラーになった「グローバルエリート」ことムーギー・キム氏。

彼が2年半の歳月をかけて「仕事のIQの高め方」について完全に書き下ろした最新刊『最強の働き方――世界中の上司に怒られ、凄すぎる部下・同僚に学んだ77の教訓』は、アマゾンでも4日連続で総合1位を獲得するなど、早くも20万部を超える異例の大ベストセラーとなっている。

本連載では、ムーギー氏が「世界中の上司に怒られ、凄すぎる部下・同僚に学んだ教訓」の数々を、『最強の働き方』を再編集しながら紹介していく。

早朝の六本木で…



『最強の働き方』は20万部を超えるベストセラーになっている(書影をクリックするとアマゾンのページにジャンプします)

「警察呼んであげて! なぜ警察呼ばない? 日本人、オカシイヨ!!」

120キロは優に超えるだろう巨漢のナイジェリア人の用心棒が、私に警察への電話を促す。目の前に広がるのは、辺り一面を覆う血、飛び散った砕けたガラス片、そして顔面が血まみれの男性。

これはつい先日、師走のある日、私が早朝、六本木のクラブ街の一角に散歩で立ち寄ったときに遭遇した出来事である。

陰でこそこそ善行を働く私が警察を呼び、名前を聴かれたときは「巻き込まれたくないので、通りすがりの一般市民です。いや、グローバル市民かな?」などとあたふたした対応をしながら、救急車の到着を待っていた。

血まみれの男性が救急隊員にしている説明を熱心に盗み聞きしていると、なんと、殴ったのは一緒に飲んでいた同僚で、会社も有名企業で大事にしたくないから、穏便に済ましてほしいと言っているのだ。

このように「酒との付き合い方を知らない人」は、IQが高く、学歴も高いエリート層の中にも、確実に存在する。そもそも「頭のIQや学歴」と「酒とうまくつきあえるか」は関係がない。飲み会によって二流の人の人間的欠陥は、恥ずかしいほどバレてしまうものである。

では、たかだか飲み会1回でバレてしまう「二流の人間の故障っぷり」とはいったい何なのか。早速、紹介していこう。

まず、飲み会でバレるのは、人間としての基本的な礼儀の有無である。

その「距離感」、狂ってませんか?

【1】冒頭から無礼でないか:「コミュニケーションセンスの有無」がバレる

まず飲み会でいちばん腹立たしいのが、出だしからなれなれしすぎる二流の人だ。

会社では礼儀正しく接するのに、飲み会になったとたん、恐ろしく無礼でなれなれしい人がいる。そういう人は、「対人距離感」を根本から見誤っていると言っても過言ではない。

そういう二流のコミュニケーターに限って、話題も貧困なものである。

2時間話をしても、「逃げ恥」のガッキーで好きな名シーンはどこ、SMAP解散後、誰が売れなくなるなどといった、それはそれは「薄い会話」に終始する。

あたりさわりのないジャブで始まるのはいいが、いつまでたってもあたりさわりのないジャブが続き、まるでシャドーボクシングのような空振りコミュニケーションに終始するのだ。

飲み会で一度、一緒になると、人間としての「基本的な礼儀」「対人距離感」「会話のレベル感」といった、コミニュケーションセンスの有無がもろにバレてしまうのである。

【2】「余裕のなさ」がバレる

次に飲み会でバレる人間的欠陥が「人脈形成における余裕のないガッツキ癖」である。

これは合コンで顕著だが、二流の人ほど、自分が興味のある「お目当て相手」にしか話しかけず、集団プレーのはずなのに、会話をしないどころか目もくれないのだ。

これが仕事の飲み会だと、仕事に関係ある顧客やオベッカを使いたい上司にのみご機嫌をふりまき、自分の直接的な利益に結びつかない、ないし若者の参加者にはいちべつもくれない。

それに対し、一流の人ほど、偉い人とメインに話しつつ、きちんとそれ以外の人にも目配せするし、適度に話題をふるものだ。

「狙っている相手」「仕事で重要な相手」に対してアカラサマにがっつき、その場の参加者全員およびお店の店員さんにも気を配れない人は、1回の飲み会だけで、その「人間的余裕のなさ」がものの見事にバレてしまうのである。

もうひとつ、飲み会でバレるのが、その人の人間としての幼稚さである。

「幼稚さ」も「女性差別」もバレバレ?

【3】「人間としての幼稚さ」がバレる

二流の人ほど、知的刺激のある話題やユーモアセンスを持ち合わせないので、自己紹介で好きな食べ物や趣味といった通り一辺倒のことを聴いたあとは、まだ1杯しか飲んでないのに「のーんでのーんでのんで♪ のーんでのーんでのんで♪ のーんでのーんでのんで♪ 飲んで!!」と場違いなコールを食らわせる。

そして時代錯誤もはなはだしい「王様ゲーム」を提案して皆に拒否されたり、変な一発芸で突然脱ぎはじめたり、受け狙いで「ピコ太郎」に変装して登場したり、とにもかくにもやることなすこと、幼稚なのである。

さらに「人間的に故障」している場合は、後輩をこき使ってお酌をさせたり注文をとらせたりする。最悪の場合、開始早々に「お前の生き方、そんなんじゃダメだ!」などと、二流の説教を始めるのだから、開けた口がふさがらないというものである。

【4】セクシズム(性差別意識)がバレる

最後に、飲み会によってバレるのが、お会計タイムに出るセクシズム(性差別意識)だ。

つい先日、私が尊敬する起業家および政府関係者の少人数忘年会に参加してきた。そこに私は、某大手資産運用会社で活躍する若手の女性ファンドマネジャーを連れて行ったのだが、会合自体は楽しく勉強になり、非常に有意義だったものの、お会計タイムに幹事の「秘めたる二流っぷり」がバレてしまった。

会費は1人2万円だったが、その幹事の人があろうことか、女性にだけ「女性は1万円で」と半額を請求したのだ(ちなみにその女性は、参加者の誰よりも稼いでいる)。

これを、「女性に半額も支払わせる」ととるか、「女性は半額でいいの?」ととるか。あなたはどう思われるだろうか。

私はかつて欧米で「あなたは女性だから……」と参加費を減額しようとしたところ、「私もあなたと同じように教育を受け、給料をもらっている。女性だからとみくびらないで!」と怒られたことがある。

逆に日本では、とくに港区界隈のいわゆる「プロ彼女」(さほど魅力的でもないのに、男性にいつまでも寄生して飲み会を渡り歩く、合コン界の渡り鳥たち)などから、「ええ~、女の子からもとるの?」と逆の理由で怒られたこともある。

結局、国内でも国外でも、私は「怒られっぱなし」なわけだが、飲み会のお会計タイムに、その人が悪意なく無意識に抱いているセクシズムが不意にバレてしまうのである。

ここまで、飲み会でバレてしまう、二流の人の人間的欠陥について紹介してきた。それでは、一流の人はどんな飲み会を開催するのか。ここまで述べてきた「二流の欠陥」を反面教師とするのは当然として、追加的な重要ポイントを3点紹介しよう。

「一流の人」は、こんな飲み会をやってる

【1】メンバー選定を間違えない

飲み会でいちばん重要なのは、1にも2にもメンバー選定だ。

とくに各界で活躍している一流の人々が集まる飲み会では、忙しいところ時間を割いて皆が何カ月も前からスケジュールを空けている。

参加人数8人で2時間、1人あたり参加者の時給が5万円と仮定すると、時給5万円×2時間+食事代で、じつに1人あたり実質10万円を超えるコストを払って飲み会に参加しているのだ。

参加している人の時間の価値と機会費用を考えたら、その人が時間とおカネを無駄にしたと思われないよう、機会費用を正当化するほど楽しいか、今後につながる有意義な人選をするのが「一流の幹事」の腕の見せどころである。

【2】お店を間違えない

次に重要なのが、当然のことながら、お店の選定である。

もちろんおカネに余裕がある人は、アークヒルズなり六本木ヒルズなりの会員制クラブの中にあるレストランで、エクスクルーシブな雰囲気を醸し出すのもいいが、自分が行きつけで、普通の人が知らないような「隠れ家的レストラン」に連れていくことで、参加者に対して追加的な敬意を示すこともできる。

自分にとって大切な店には、自分にとって大切な人しか連れて行きたくないものである。

どの店を選ぶか、どのように準備して参加者をお連れするかというのは、飲み会の参加者に対する、幹事からの「あなたの大切さはこのくらい」という強烈なメッセージになるのだ。

なお、隠れ家の中には「隠れすぎていて参加者が誰もたどり着けない」という恥ずかしいケースもあるので、「隠れすぎた隠れ家」を選んではいけないことは、言うまでもない。

【3】アルコールに飲まれない

これが最も重要なのだが、飲み会は「お酒を飲む」会であって、「お酒に飲まれる」会ではない。この違いは、自分をあくまでコントロールし、酒の量や雰囲気も完全に掌握できているかどうかである。

「お酒に飲まれる」人は、元来、気が弱くて内向的なのか、はたまた酒の助けがなければ楽しく振る舞えない気の毒な人なのか、とにもかくにも、「この人、何しにきはったんやろ?」といぶかりたくなるほど、別に罰ゲームで負けたわけでもないのに、われ率先して飲みまくる。そして、自己紹介が終わったころには早くもすっかり泥酔モードで、三流エンジン大全開なのだ。

それに対して一流の人ほど、酒を飲みすぎてわれを失い失態をさらすということが決してなく、酔うときも自制心を失わないものである。

最後に、つい先日私がおかした「飲み会の大失敗」を、年末のざんげとともに紹介させていただこう。

気づいたら、チキンの唐揚げの骨が…

先日の飲み会のあと、二次会として行った大好きなビールバーで、ビールを飲みすぎて酩酊状態になってしまった。おカネを払ったのかも、どうやって帰ったのかもまったく記憶がないまま、朝起きると、なんとマンションの廊下に倒れていた。

起き上がろうとしたら足のあざと鈍痛に気づき、洗面台にいくと記憶にないチキンから揚げの骨が散乱していたのだ。

グローバルエリートかどうかと、酒癖は関係ない。たかだか1回の飲み会で、その人の二流の本質が悲しいまでに露呈されてしまうことを、わが身をもって警鐘を鳴らしたい。

今後、飲み会を開催される際は、人選を間違えず、店選びで参加者への敬意を示し、そして最後に酔いつぶれて「お酒に飲まれる二流」にコロコロ転落しないことが、一流の飲み会には必須条件といえよう。

一言で言えば、「そんな飲み会を開くよりマシなことがたくさんあったのでは?」という、機会費用を下回る飲み会を開催するのは、自分にとっても参加者一同にとっても、恥ずべき迷惑行為だと肝に銘じることである。

さて、これが今年の最後の記事となった。「今年を漢字一文字で表すと何か」という話題が増える季節だが、私流に一文字でまとめれば、いうまでもなく、それは「恥」である。

2016年、私たちは、メール1本、メモひとつ、話し方や服装、デートなど、日常の端々ににじみ出る「恥ずかしい二流の特徴」に関して、時に炎上しつつ、そして時には大炎上しつつ、ともに考えてきた。

これら一連の「世直し活動」を通じて、この社会が十分、「恥を知る社会」に大変革を遂げたことを、私は誇りに思っている。

2017年もまた、私・グローバルエリートと、その読者のみなさんであるグローバル・リーダー(readers)で、前向きにスッキリ元気になれる「最強の働き方」を、これからも一緒に考えていきたい。

みなさんにとって幸多き、それはそれはおめでたい1年になることを心より祈念しつつ、2016年最後の記事を締めさせていただきたいと思う。

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ムーギー・キム:『最強の働き方』『一流の育て方』著者

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