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2016.12.31

お坊さんに聞いた掃除のコツ!まずは1日10秒片付ける

KenCoM編集部

12月も中旬を過ぎ、年末シーズンが近づいてきました。そろそろスッキリとした気持ちで新年を迎える準備を始またいところですね。KenCoMをご覧の方の中には、今年もお部屋の大掃除をしようと考えている方もいるかと思います。

そこで今回は、円光寺の副住職を務める中山さん、掃除が心にもたらす効果と、身の回りを綺麗に保つためのコツを聞いてきました。禅の教えに基づいた掃除への考え方は、あなたの掃除へのモチベーションを高めてくれるかもしれません。

<お話を伺った方>

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■中山宗祐(なかやま・そうゆう)さん:
福島県出身。花園大学を卒業後、埼玉県新座市にある道場で3年間修行を積み、京都本山・妙心寺の教化センターにて一般の方に向けて行う法話会や坐禅会の運営に2年間携わる。現在は、東京禅センターにて企業への禅研修会や、東京都内の寺院を会場にした坐禅会・写経会などのイベント運営を行っている。また、円光寺の副住職も務めている。

掃除は心にたまったゴミを取り払ってくれる

ーーまずはじめに、掃除が心に与えてくれる効果を教えてください。

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「坐禅」は、自分自身の心を鏡にうつし、整えるためのものです。一方で「掃除」には、この心をうつす鏡を綺麗にするという目的があります。私が修行していたお寺の住職(老師)は「1に掃除、2に掃除、3、4がなくて、5に坐禅」と言っていました。「坐禅をするよりも、まずは掃除をすることで、正しく心を見つめられるようにしよう。」ということだったんですね。

また、「庭」「部屋」「玄関」などの場所には、私たちの心がそのまま表れていると言われています。つまり、こうした場所が汚れていることは、私たちの心が汚れていることを意味します。ですので、私たちは基本的に、自分たちの心を綺麗にするために掃除をしているんです。

ーーなるほど。自分たちの心を綺麗にするための掃除なんですね。

例えば、汚い部屋や庭を見ても心はすっきりしないですよね。反対に綺麗な庭を見たりした時には、心が洗われるような気がしますし、綺麗な部屋の方が何かする時に集中しやすい。
坐禅では、意識がいろいろなところに向かわないように時計をはずしたりします。なるべく余計なものを除いていけば、1つのところに集中しやすくなるからなんですが、こうした集中力を養う意味でも掃除は大切ですね。

お坊さんに聞いた、綺麗を保つ3つのコツ

1.「ついでにやる」で、掃除を習慣に

ーーお坊さんたちが実践している掃除のコツにはどういったものがあるんですか?

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まず挙げられるのは「何かをする”ついで”にちょっと綺麗にする」を意識するということですね。どうしても「掃除をするぞ」と思ってしまうと腰が重くなります。でも、掃除って自分の行動の流れの中に組み込んでいくと、そんなに苦にならないんです。

すごい汚れた後に「よし、いよいよやるぞ!」って掃除をすることってすごく億劫じゃないですか。「汚いなぁ・・・。」ってテンションが下がるよりは、1日の流れの中でこまめにやったほうが良いはずです。トイレだったら、用を足した後にそのままの流れで1回ササっと拭いたりとか。洗面台に立ったらタオルで水を拭くとか。

時間にして30秒もかからないですよね。生活の中に”ついでに掃除をする”流れを作ってしまえば、常に綺麗な状態に保ちやすいかと思います。

2.「知足」の教えで、今あるものを大切に

ーーちなみに、中山さんは自分のお部屋を綺麗にされているんですか?

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うーん、家にいる時よりも、お寺にいる時の方が掃除はしますね。
というのも、お寺はモノが少ないので、汚れが目につくんです。そういった意味では、持ち物を少なくするというのも掃除のコツだと思います。

ーー持ち物を少なくするためには、具体的にどうすれば良いんですかね?

昔、お坊さんが持てるものは「三衣一鉢(さんえいっぱち)」と言って、3つの衣服と、1つの鉢だけと決まっていたんです。鉢というのは施しを受けるための器ですね。今はもう少し増えていますが、これしか持ってはいけませんよという決まりがあったんです。

ですので、洋服やコップなど、自分の持ち物をいくつまで持つ、というのを決めて、その数より多くなったら捨てていくというルールを作ると良いかもしれません。

ーー持ち物の個数を決めておくんですね。それでも新しいモノが欲しいと思ってしまうことがありそうです・・・。

そういったときに、大切にして欲しいのは「知足(ちそく)」という教えです。これは、「今あるものを大切にして、これ以上、欲望の心を起こさない」というものです。

皆さんの耳になじみが深いのは「満足」という言葉だと思いますが、そもそも「満足」というのは”満ち足りた状態”のことを指しますよね。でもこれってつまりは”満ち足りていない状態がある”ことも同時に示しているんです。

満ち足りた状態になるために「あれが欲しい、これも欲しい」とモノを手に入れたとしても、また欲が出てくれば、満ち足りていない状態に戻ってしまう。そうなると、どんどんモノが増えてしまうんですね。今年流行している洋服を買ったとしても、また来年流行するものを買って、の繰り返しになってしまう。

今あるもので十分なんだ、ということを理解できれば、そこまで「あれが欲しい、これも欲しい」ということは起きません。ですので、この「知足」という教えをモノを買う前に思い出すことで、本当にそれが自分に必要なモノなのか考えるきっかけになると思いますよ。

3.「お陰様」という感謝の気持ちを忘れない

あとモノを大切にすることで、そのモノ自体に愛着が湧きますよね。そうなると新しく何かを買うことも少なくなります。

ーーモノへの愛着ですか。そこには、どういった教えが込められているんですか?

そうですね、商品1つとっても、そこには色々な人の命を通ってきているということを私たちはとても重視しています。

目には見えないけれど、そのモノが出来上がり自分の手元に届くまでの間には、作り手の命や時間が吹き込まれており、そういった自分を支えてくれている陰の部分に感謝の気持ちを持つようにしています。これは「お陰様」という言葉の由来でもあります。モノを大切にすることによってこうした感謝の気持ちが生まれやすくなるんです。

1000年以上前から、受け継がれてきた掃除の大切さ

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昔の和尚さんはお経を読んで勉強していく学問修行をしていたんですけど、禅宗の場合は、そういった学問にこだわらず、1日1日をどう生活していくかを大切にしていきましょうということで始まった宗教なんです。だから生活を整える掃除が大切にされてきたんだと思います。

ーーいつ頃から掃除は大切な行いだと考えられてきたんですか?

中国に、百丈禅師(ヒャクジョウゼンジ)という和尚がいたんですが、この人が禅のルールを定める際に「お掃除はきちんとやりましょう」と決めたことが始まりだと言われています。

百丈は80歳を超えた老体であるにもかかわらず、毎日の掃除を決して欠かすことがなかったんです。その姿を見た弟子たちが「体を労わるために、1日で良いので休んでください」と言ったんですけど、百丈はその言葉に耳を傾けず、掃除を続けました。ある日、「掃除道具がなければ、和尚さんは掃除しないだろう」ということで、弟子たちが掃除道具を隠したんですね。百丈は当然、掃除ができなくなりました。そうしたら、今度は弟子たちがご飯を持っていっても、1口も食べなくなってしまったんです。

「これは大変だ。お加減でも悪いのですか」と弟子が尋ねると、百丈は「一日作(な)さざれば、一日食らわず」と言って自分の考えを表しました。これは、毎日の務めに真面目に励むことが修行となり、この務めを果たしてこそ食事を食べる資格があるのだという、己を強く律する言葉です。こうした掃除への考え方が1000年以上前からずっと続いているんですね。

たった10秒の掃除を、毎日続ける

ーー最後に、中山さん自身の「掃除」に対するお考えをお聞かせください。

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掃除に終わりはないんです。もうやったから、二度とやらなくて大丈夫ってことにはならないんです。狭い部屋でもすぐに汚れたりしますよね。さっきまでなかった埃が、そこにあるってことを経験した方もいると思います。これは心も同じで、毎日心にも埃は溜まっていきます。

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坐禅は静かな心の落ち着かせ方ですが、掃除は体を動かしながら行う心のメンテナンスだと思います。よく私たちは、「動中の工夫は、静中の工夫に勝ること百千億倍す」といって、体を動かして仕事をするということは難しいですが、坐禅のように静かにしているよりも非常に重要なことだと考えています。

その中でも掃除をする一連の流れの中には、汚れに気づき、頭で考えて、体を動かして、という心を整えるために必要なプロセスが揃っています。ですから、とにかく目に付いた汚れがあればそこから掃除を始めてみてください。毎日10秒でも良いので、実践してみると心が磨かれていくはずですし、部屋も綺麗に保ちやすくなると思います。

(取材・文:KenCoM編集部)

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