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2016.10.06

日本人の5人に1人を襲う「脳卒中」の恐怖|脳の仕組みを知れば仕事も生活も豊かになる

東洋経済オンライン

今回は「脳」について(写真:アフロ)

今回は「脳」について(写真:アフロ)

資格取得や知識習得などの目的で勉強しなければならない。ところが、机に向かったもののやる気が出ずに、ネットサーフィンで時間を無駄にしてしまった――。

誰にでもそんな経験があるものだ。テスト勉強や会議の資料作りなど、期限がそこまで来ているのに、実際の作業に取りかかれない。押せば意欲が出てくる「やる気のスイッチ」があれば、どんなにかよいことだろう。

やる気のスイッチにかかわっているのが、脳内の神経伝達物質であるドーパミンだ。最近は、雑誌やネット記事でもその名前を目にするようになっている。やる気が出るきっかけは、動機づけ(モチベーション)と呼ばれる欲求だ。おいしい食事を「食べたい」という欲求(食欲)がなければ、自分から料理の準備をすることはない。そのモチベーションを維持させる役割をしているのがドーパミンである。

神経を興奮させるドーパミンの存在



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ドーパミンはときに快楽物質と呼ばれることがある。神経を興奮させて快感をもたらす作用がある。たとえば、ベートーベンの第9の合唱を聞くと、気持ちが高ぶったり、元気が出たりするが、これも脳内でドーパミンが分泌されているからだ。褒められて、うれしいといった快感を得られるのも、ドーパミンの働きによる。

ドーパミンは食事や音楽に限らず、いいことをしたと判断されると分泌され、同時に気持ちを良くしてくれる。脳は、いいことの「報酬」としてもたらされる、この快感を継続して得ようと、またいいことを繰り返す。これをうまく利用できれば、やる気のスイッチを入れることも不可能ではない。

「いいことをしたら褒める」を何度も繰り返すと、やがて「いいことをしようかな」と考えただけで、ドーパミンの分泌を左右する脳内の線条体の活動が盛んになる。褒めることは何も他人である必要はない。みずからを褒めても効果があることがわかっている。

「資料作りのためにエクセルを立ち上げた自分は、偉いなあ」と口にするだけで、ヒトは暗示効果によって、やる気のスイッチがオンになりやすくなる。資料作りをすることはとてもいいことだと脳が判断するようになれば、脳はドーパミンをもっとほしがるようになる。いつまでも「やりたくない」と考えているよりも、「エクセルを立ち上げる自分は偉いかも」と連想するほうが、脳にとっても快感なのだ。 

人間の脳にはさまざまな秘密がある。週刊東洋経済は10月8日号(4日発売)で『最新科学でわかった脳入門』を特集。ビジネスパーソンが気になる、脳のやる気の仕組み、世界のエリートが実践する脳の休ませ方、記憶をつかさどる脳の海馬の仕組みのほか、脳をめぐる深刻な病気である①脳卒中(とくに脳梗塞)、②認知症、③不眠などについて追った。

日本人の5人に1人がかかる脳卒中

脳をうまく使えば、人間の能力ややる気を高めたり、引き出したりできる半面、脳に何らかの問題が起きれば、もちろん悪い影響が出る。特に、中高年世代にとって脳卒中は決してひとごとではない。日本人の5人に1人がかかるのが、脳卒中だからだ。47歳で脳出血を発症し、今も後遺症に苦しんでいる澁谷建さん(51)は、取材で出会った脳卒中患者の1人である。

4年前に脳出血を発症した澁谷さんは、「忙しかった仕事を終えた2~3カ月後に倒れた」。不動産関連の会社経営者として独立後、忙しい生活の中で健康に気を付ける余裕はなかったという。出血は、頭頂葉(頭のてっぺん辺り)の右側、皮質と呼ばれる頭部を覆う外側部分の下で、左半身マヒの後遺症が残った。発症1週間後にリハビリの病院に転院したときは寝たきりだったが、1カ月後には杖を突いて歩けるまでに回復した。

3カ月後に退院し、日常生活に戻ってからの大変さは想像以上だった。苦しいリハビリの成果で自然な歩き方を取り戻し、左の手足も動くようになった。しかし左半身の感覚は戻らなかった。「左手で物を握ると、形や材質がわからない」。発症から4年が過ぎた今も感覚障害を抱え、つねられても痛みを感じない。目からの情報に頼らないと、お椀を持つことさえ難しくなってしまった。

当然、仕事にも影響が出た。病院では特に意識しなかったが、高次脳機能障害を抱えていた。高次脳機能障害とは、脳が損傷したことで注意障害や言語障害が起こる心理的な障害のことで、自分の行動や感情を適切にコントロールできなくなる。そのため、「見えない障害」ともいわれる。

後遺症にマヒが残ると、リハビリで感覚を取り戻す必要がある(撮影:大澤 誠)

後遺症にマヒが残ると、リハビリで感覚を取り戻す必要がある(撮影:大澤 誠)

脳卒中で倒れマヒの後遺症が残った人の大半に、高次脳機能障害の症状が現れるとされる。話せなくなる言語障害や、ものごとを段取りよく進められなくなる遂行機能障害など、人によってさまざまな症状が出る。

澁谷さんは、「健常だった頃と明らかに判断能力が違う」ことに苦しんだ。交渉や判断が難しくなり、ささいなミスを重ねてしまう。やむなく仕事のペースを従来の半分まで落とさざるをえなかった。

何よりつらいのは、一見すると障害者とわからないことだった。周囲に後遺症の存在が伝わりにくいため、あらぬ誤解や摩擦を生んでしまう。それが仕事の障壁になった。

元の生活に戻るハードルが高く、うつになる人も



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澁谷さんのように、後遺症を抱えながら社会復帰している脳卒中患者は多い。しかし元の生活に戻るハードルは高く、脳梗塞後に3割の人がうつになるといわれている。脳卒中は死亡率が低い一方で、後遺症を抱えながらその後の人生を過ごす必要がある。

心臓内科として数多くの患者を診察してきた、山王病院・山王メディカルセンターの内山真一郎氏によれば、まず気を付けるべきは、高血圧、次に糖尿病、そして脂質異常でLDLコレステロールが高い、あるいはHDLコレステロールが低い。この3つが特に危険因子となる。さらに喫煙や大量飲酒、不整脈の1つである心房細胞、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病もリスクを高めるという。該当する人は脳卒中予備軍として要注意だ。体と心に抱えた後遺症に苦しむことがないよう予防に努めたい。

脳はいまだ人類にとって未知の領域。その仕組みとその活用、脳の病気について知ることは、仕事や生活を豊かにすることにつながるはずだ。

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長谷川 隆,前田 佳子

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