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2022.05.25

強くしなやかに。どんな状況でも楽しく生きる「生活力」とは【暮らしと余白 vol.5】

料理家・真野 遥

コロナ禍によりこの2年間、日々の暮らしや働き方について、改めて見つめ直した方も多いのではないでしょうか。自分にとっての心地よさ、丁度よさとはどんなものなのか。そんな疑問をひとつひとつ紐解き、自身の思いをSNSを通して綴られている方が、料理家の真野遥さんです。

コラム最終回となる今日は、改めて考えた「心の余白」と、真野さんが考える「生きていくための力」について綴っていただきました。

矢の如く過ぎる日々に、今この瞬間を刻みたい

今年も始まったばかりかと思えば、もう半分ほど過ぎようとしています。 年齢を重ねるごとに、時間が過ぎるのが早く感じます。うっかりしていると、慌ただしく過ぎて行く日々に人生が押し流されてしまいそう。できるだけ今この瞬間を味わいながら、たおやかに人生を紡いでいきたいものです。

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私はここ数年、年末に一年を振り返り「今年の一文字」を決めるようにしています。 日本漢字能力検定協会が毎年「今年の漢字」を発表していますが、それとは別に、“自分にとっての”今年の一文字を決めるのです。

これはブログで一年の振り返りを書きながらなんとなく始めた習慣なのですが、“漢字一文字”という制限の中で潔く選んだ文字には様々な思いがこもっており、過去の自分が過ごした一年間や、その時感じていたことをまざまざと思い出すことができます。

暮らしと余白のコラムもいよいよ最終回。 今回は、私にとっての「今年の一文字」を振り返りながら、余白というテーマに至ったこれまでのことを改めてお話していきたいと思います。

暮らしに根っこを生やし始めた2020年

コロナ禍が始まった2020年、私は東京と京都の二拠点生活を始めました。 理由は様々ありますが、昔から京都が好きだったことや、山や川や湖などの自然がそばにある環境で暮らしたかったこと、そして地域に根ざした暮らしがしたいと思ったことが主な理由です。

そんな2020年の私のとっての一文字は「根」でした。

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コロナ禍の行動制限により、一度立ち止まってゆっくり物事を考える時間ができた方も多いのではないでしょうか?私自身も、コロナ禍をきっかけにあらゆる物事を「根本」から考え直すようになり、暮らしに「根っこ」を張りたいという思いが強くなりました。

そんな思いの中で過ごしたこの一年は、「根」という一文字がふさわしかったように思います。ちなみに、暮らしに根っこを張りたいと思うようになったのは、日本酒や発酵食のフィールドワークがきっかけです。

全国の酒蔵をはじめとした醸造蔵に訪問(写真は滋賀県のかくみや醤油さん)

全国の酒蔵をはじめとした醸造蔵に訪問(写真は滋賀県のかくみや醤油さん)

全国の日本酒や発酵食をはじめとした生産者さんへの訪問は、私にとってライフワークであると同時に、東京への販路拡大や移住促進を目的とした地方自治体の仕事を、料理家として関わることもありました。この仕事にはやりがいと使命感を持ちながら取り組んでいましたが、一方で、地方の魅力や移住促進のPR支援をする私自身が東京に住んでいることに、疑問を抱くようになりました。

そして何よりも、長年東京で暮らしてきた私にとって地域に根ざしてものづくりをされている生産者さんや、土着の発酵食が根付いた暮らしを送る人たちが、とても眩しく見えたのです。かたや私は、隣近所との繋がりさえ持たず、消費するばかりの生活ではないかと...。

琵琶湖の沖島で鮒寿司の仕込みを体験

琵琶湖の沖島で鮒寿司の仕込みを体験

これまでのコラムでも書きましたが、私は「作ること」や「与えること」に、根源的な喜びを感じます。東京での暮らしは便利で楽しいですが、地域の人と関わりながら、何かを作り与え合う喜びが、私には足りないことに気づきました。

そして決断した京都への「半・移住計画」。 京都も充分都会ですが、少し街から離れれば山や川や湖があり、昔ながらの暮らしが息づく集落もあります。

気軽に登れる山が近くにあるのも京都の魅力

気軽に登れる山が近くにあるのも京都の魅力

突然思い立って友人と山に登ったり、山奥に住む漬物名人のおばあちゃんにお話を聞きに行ったり、琵琶湖の漁師さんから直接お魚を届けてもらったり、京都の伝統的な発酵漬物であるしば漬けやすぐき漬けの仕込みのお手伝いをしたりなど、自然や一次生産に近い環境で暮らすことは、私にとって何よりも贅沢です。

急がず、焦らず、少しずつ地域に根ざした暮らしに近づくために歩みを始めた2020年でした。

土を耕しながら生きると決めた2021年

2020年の「根」から始まり、2021年は「土」でスタートした年。

京都に半分移住して約1年経った頃、農業が盛んな「大原」という地域で畑を始めたのです。 市民農園の一区画を借りて趣味レベルで実験的に始めた畑仕事ですが、これがとても楽しくて。畑仕事からは沢山の気付きを得ています。

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コロナ禍が始まったばかりの頃、スーパーから瞬く間に食材が消え、食べるものを自分で何も作れない暮らし方に不安を抱くようになりました。

自分が食べる分だけでも、少しは自分の手で作れるようになりたい。そして、生きることの土台となる食べ物を作り出す農業について、頭で理解するだけでなく身を持って実感したい。そんな思いから畑を始めたのですが、前回のコラムで書いた甘酒作りの失敗と同様、やはり想像よりも簡単なものではありませんでした。

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春なんて、ちょっと畑に行くのをサボったら一面お花畑になり、夏はあっという間に夏草の絨毯に。私は除草剤やマルチ(雑草除け)などを使わない方法を選びましたが、これらを使うことが主流である理由がよく分かりました。

さらに、じゃがいもはカメムシにやられ、キャベツは色んな虫に食べ尽くされ、養分不足でネギはほとんど育たない始末。できるだけ自然な農法に挑戦したいと思い、農薬も肥料も与えずに畑を始めましたが、その難しさを痛いほど実感しました。

しかし、この農法が初心者には難しいであろうことは最初から分かっていました。分かっていたけれど、実際にやってみて、実感したかったのです。

顔くらいの大きさになるはずの聖護院大根は、手のひらサイズに

顔くらいの大きさになるはずの聖護院大根は、手のひらサイズに

自然農に憧れていたものの気がかりだった「農薬や化学肥料を使わない農法では、安定した量と品質の作物が作れない」という情報を、頭だけでなく実体験として理解できたことは、私にとって大きな収穫でした。野菜の収穫は少なかったのですが...。

そして、広大な大地に触れて感じる土の偉大さや、雪の降る畑で収穫した菜の花が本当に甘いこと、畑仕事で汗を流した後に食べるご飯がおいしいことなど、シンプルで些細な実感の一つ一つに、根源的な喜びを感じました。

どんな状況でも楽しく生きていける力を身につけたい

暮らしに根っこを生やし始めた2020年。土を耕しながら生きていくことを誓った2021年。 さて、2022年はどんな一文字になるでしょうか。 年末に一年を振り返りながらじっくり考えるつもりですが、現時点では創作の「創」が一番のキーワードである気がしています。

友人に作ってもらったコンポスト容器。蓋だけ自分でDIY

友人に作ってもらったコンポスト容器。蓋だけ自分でDIY

最近は、野菜作りだけでなく、DIYに挑戦したり、ラジオ番組を作って配信したり、音楽を作ったりもしています。どれもまだまだ未熟ですが、もっと色々なスキルを身に付けて、さほどお金が無くても楽しく暮らしていける力を身につけたいと考えています。

お金は重要な生活力の一つですが、お金が無いと生きていけない暮らしというのも疲れるもの。お金があることで生まれる心の余裕もありますが、お金という呪縛を緩めることで生まれる心の余裕もあります。

0か100かではなく、ほんの少しお金という概念から離れることで、心に余白を作ってみるのもおすすめです。

野花のように、たくましく朗らかに

私は就活に失敗し、うまく社会に馴染めず、いわゆる一般社会から早々に足を踏み外しました。そのことにより、自分が社会に合わせるのではなく自分に合う社会を自分で作ることになったのですが、思いがけずこの生き方がとても心地のよいものでした。社会に合わせるのが辛かったら、自分で心地よい小さな社会を作ればいい。

アイルランド音楽のイベントで至福のひととき

アイルランド音楽のイベントで至福のひととき

私の場合は、おいしいご飯とお酒と音楽があれば、それだけで幸せ。

そのためにも、自分で暮らしの土台を築いてゆく力を身につけたい。生きる土台である自然と調和した暮らしをしたい。そして、自分にとって心地よい世界を作るためにも、色々なものを作れるスキルを持っておきたいのです。

どんな荒地でもたくましく生きる野草や野花のように、どこでも生きていける屈強な根っこと、強風に煽られてもちょっとやそっとじゃ倒れない柔軟な足腰を持ち、かつ表情は朗らかに。私にとっての真の生活力とは、そんな“しなやかな力強さ”です。

ただし、自分一人の力で生きていこうとするのは禁物。地球の周りを回る月のように、社会や人との関係性を保ちながらくるくると回りつつ、どんな状況に置かれても心地よく楽しく暮らせる力を持つこと。これこそが、これからの人生をしなやかに生きていくために必要な”余白”なのかもしれません。

実山椒の塩漬け

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最後に、5月下旬〜6月頃に旬を迎える「実山椒」を使った保存食をご紹介します。旬が短い実山椒ですが、塩漬けにすることで長く楽しめます。ピリッと痺れる刺激が、いつものご飯にアクセントを加えてくれますよ。

【材料】

実山椒…適量
塩…実山椒の重量の10%

【作り方】

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1.実山椒はよく洗い、枝から実を外す

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2.鍋に湯を沸かし、5分ほど茹でたらザルにあげる。1時間水にさらし、アクを抜く

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3.ザルにあげ、ペーパータオルでしっかりと水けを拭き取る

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4.山椒の重量の10%の塩をまぶし、清潔な保存容器に入れる

【保存期間と活用方法】

・冷蔵庫で半年ほど保存可能(冷凍してもよい)

・肉とも魚とも相性が良く、焼いた肉や魚に添えたり、ソースにしたり、煮る時に入れても◎

・ポテトサラダに入れたり、和風パスタに加えたり、刻んで冷奴に乗せたり、混ぜご飯に入れたりなど、アレンジ無限大!私は何にでもトッピングしてしまいます。ピリッとしたアクセントが楽しく、お酒のおつまみにもぴったりなアイテムです。

著者プロフィール

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1990年生まれ。法政大学を卒業後、商社勤務を経て料理家として独立。
現在は東京と京都を拠点にレシピ開発やメディア出演、発酵食と日本酒のペアリング料理教室の主宰など幅広く活動中。2022年からは「発酵室 よはく」として、発酵を通じて人生に余白を作る活動をスタート。Podcastラジオ「よはく採集」を毎週火曜日に配信中。著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)、『いつものお酒を100倍おいしくする最強おつまみ事典』(西東社)がある。

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