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2021.01.08

歯の欠損は認知症や誤嚥性肺炎のリスク増。医師が教える歯の健康習慣【補綴歯科・後編】

kencom公式ライター:森下千佳

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突然ですが8020運動をご存知ですか?「いつまでも健康的な食生活を送るために、80歳になっても20本以上自分の歯を保っていよう」という厚生労働省と日本歯科医師会が提唱する運動です。

健康に、楽しく充実した生活を送り続けるためには、生まれてから亡くなるまでの全てのライフステージで健康な歯を保つことが大切ですが、実際には多くの方が40歳ごろから歯を失い始めます。

そこで、今回は補綴歯科の第一人者である昭和大学歯科病院病院長 馬場 一美先生に、大切な歯を守るための日々のお手入れ方法をご紹介いただきました。

歯を失う原因トップ3は「虫歯」「歯周病」「破折(はせつ)」

参考:平成30(2018)年11月 公益財団法人8020推進財団 第2回 永久歯の抜歯原因調査より

参考:平成30(2018)年11月 公益財団法人8020推進財団 第2回 永久歯の抜歯原因調査より

歯を失う3大原因は、「虫歯」「歯周病」「破折」です。比較的若いうちは虫歯で失われる場合が多いのですが、年齢が上がるにつれて歯周病で失われる歯が多くなります。一般的に歯は奥歯から失われる傾向にあり、リスクの高い歯は、未処置歯の虫歯、クラウンが装着されている歯、部分入れ歯の義歯の針金がかかる歯、歯周疾患が進行している歯などです。

また、「破折」とは、歯が折れてしまうことで、その多くが歯の根っこにひびが入って折れてしまう「歯根破折(しこんはせつ)」です。

歯ぎしり、食いしばりで歯が折れる

破折は、「ブラキシズム」と呼ばれる「歯ぎしり」や「食いしばり」が日常的に繰り返されることで起こります。

寝ている間にギリギリと歯をすり合わせる「歯ぎしり」は、およそ5~15%の人が行っていると言われていて、家族に指摘されて気がつくケースがほとんどです。歯ぎしりをすると、歯に体重以上の大きな力がかかることもあり、歯が削れたり、歯根部にヒビが入ったりし、やがて折れてしまいます。

また、日中や睡眠中に、無意識のうちに歯を噛み締める「食いしばり」も、歯には相当の力が加わります。歯ぎしりとは違い、音が出ないので気がつきにくいものですが、歯が割れたり、詰め物が取れたり、顎関節症になるなどのトラブルに繋がります。目に見えない亀裂が歯にでき、そこから虫歯菌が入って虫歯になったり、歯周病の人は症状が悪化し、歯が抜けやすくなることもあります。

神経を抜いた人は喪失リスクがあがる

失活歯(神経を抜いている歯)がある場合は特に要注意です。虫歯の治療などで神経を取ってしまうと、歯は死んでしまい、歯自体が脆くなります。ブラキシズムなどによって、歯が欠けたり、折れやすくなりますし、クラウンや金属で歯を補強をしていても、脆くなってしまった歯自体を強くすることはできないため、治療から5~10年かけて歯根破折に至る人が少なくありません。

歯が抜けたことで引き起こされる健康被害

では、歯が抜けてしまうと、どんな影響があるのでしょうか?

【一次性障害】食事に時間がかかる、周りからの目が気になる

歯が抜けてしまうと、当然ですが物が噛みにくくなるため、食事に時間がかかったり、硬いものが食べられなくなったりして、消化器官としての役割を十分に果たせなくなってしまいます。また、話しにくくなったり、見た目も悪くなるため、他人との交流が億劫になるなど、QOLの低下につながります。

【二次性障害】歯の位置や噛み合わせの変化、虫歯や歯周疾患の悪化

歯の欠損状態を放置しておくと、歯の位置や噛み合わせに変化が起こります。

それぞれの歯は、隣り合う歯と互いに接触し合うことにより、歯並びを保っています。しかし、部分的に歯を失った状態のままに長期間過ごしていると、失った歯の両隣の歯が、失った歯のスペースを埋める方向へと次第に傾いていき、正常な歯列が損なわれてしまう危険性があります。そうなってしまうと、食べ物が詰まりやすく虫歯や歯周疾患の原因にもなります。また、悪くなった噛み合わせを正常に戻すための歯科治療は非常に困難です。

【三次性障害】フレイル

特に高齢者は、歯を失った状態が長期間続くと健康と要介護の間の「フレイル」(筋力や認知機能など心身の活力が低下した状態)になってしまう可能性があります。

口腔機能が衰えると、人と話すことが減るだけでなく、硬いものを避けるなどの影響で栄養状態が悪化し、筋肉がやせ、体力が低下して、外に出かけることも少なくなってしまいます。すると、活動量が減るため、さらに身体機能が低下してしまうという悪循環が起き、結果として社会との繋がりが希薄になってしまいます。高齢者が「社会とのつながり」を失うと、まるでドミノ倒しのように心身の活力が弱まり、要介護になっていくことが明らかになってきました。

こうしたことから、歯の欠損をそのままにせず「口腔機能」に関心を持って、「社会とのつながり」も維持することが健康寿命を延ばす鍵と考えられています。

【三次性障害】認知症

また、歯の喪失は認知症の危険因子でもあります。「噛む」という行為は直接脳に刺激を与えることが出来るため、咀嚼機能の維持は脳血流と脳神経活動の維持に繋がります。60歳以上の日本人の残存歯数と認知症の発症リスクを調べた研究(久山町研究)では、残存歯数が9本以下の人は、20本以上を維持している人と比べると認知症の発症リスクが2倍近く高まるという結果も出ていて、良好な口腔内環境の維持は認知症予防の観点からも重要です。

【三次性障害】誤嚥性肺炎

唾液や食べ物を飲み込むときに、誤って気管に入ってしまうことを誤嚥(ごえん)といいますが、歯の欠損によって噛む機能が低下することで、起こりやすくなります。

また、歯周病や虫歯、口腔乾燥などにより、口の中の環境が悪化していると、食べ物や唾液に含まれた細菌が誤嚥により気管から肺に入り、「誤嚥性肺炎」を引き起こすこともあります。70歳以上の肺炎の約80%が、この誤嚥性肺炎と言われています。

歯の健康を守るために身につけたい習慣

このような健康被害を未然に防ぐためにも、失った歯をしっかりと治す補綴治療は重要ですが、毎日の正しいセルフケアも歯の健康には不可欠です。セルフケアには、大きく分けて「プラークコントロール」と、「フォースコントロール」の二種類があり、どちらが欠けても歯の健康を保つことはできません。まずは、プラークコントロールから見ていきましょう。

プラークコントロール

プラーク(歯垢)とは、食べカスではなく細菌の塊で、プラークを取り除くことをプラークコントロールと言います。虫歯と歯周病は、プラークコントロールがしっかり出来ていれば予防することが出来ます。

基本は歯ブラシで1回3分程度、できれば毎食後、少なくとも1日2回は磨きましょう。特に寝る前の歯磨きは一番時間をかけて丁寧にして下さい。個人的には、効率が良い、超音波の電動歯ブラシの使用をおすすめします。

また、1日の終わりにはデンタルフロスや歯間ブラシで歯と歯の間の掃除もしっかりと行いましょう。しっかり磨いたつもりでも、歯と歯の間は磨き残しが多く、大部分にプラークが残っています。正しいデンタルケアを身につけて、プラークを除去し、虫歯と歯周病を防ぎましょう。

フォースコントロール

また、噛み締めや、食いしばりがある方は「フォースコントロール」も非常に大切です。起きている間の「食いしばり」は、普段から上下の歯が接触しないように、なるべく顎をリラックスするように意識して、習慣を是正していきます。

一方で、寝ている間の「歯ぎしり」や「食いしばり」を抑える治療法はありません。対症療法ではありますが、歯の保護や顎の負担軽減のためには、マウスピースの装着をおすすめします。歯科医が診察して必要と認めれば、健康保険が適用されるので、3割負担で5000円ほどで作ることが出来ます。また、最近では睡眠中の歯ぎしりは、計測装置を自宅に持ち帰り睡眠時に装着することで、簡単に計測できるようになりました。これも保険適用となり2000円弱で受けることが出来ます。

クリーニングや定期検診

そして、6ヵ月に一回は歯科へ定期検診に行きましょう。どんなに歯磨きを頑張っていても、自分では磨きにくいところや、歯磨きの癖でよく磨けていないところがあるため、定期的にプロフェッショナルなクリーニングで歯の隙間にこびりついた歯石を除去すべきです。また歯の表面を軽く研磨し、フッ素を塗るので虫歯になりにくく綺麗な状態を保つことができます。一度でも補綴が始まってしまうと、歯の欠損のリスクが高まるため定期検診の受診が大切です。

歯は一生モノ。日頃からのメンテナンスはしっかりと!

現代の技術では自分の歯を再生することはできず、特に歯の神経を抜くような事態になると歯は死んでしまいます。日頃からのセルフケアはもちろんのこと、定期検診や治療を先延ばしせず、積極的にメンテナンスすることが口腔環境の維持には大切です。

もし歯を失ったとしても、補綴技術によって身体機能の低下を食い止めることができます。「生活に支障ないから医者にいかなくていいや」とならないようにしましょう。

馬場 一美(ばば・かずよし)先生

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昭和大学歯科病院 病院長

1986年東京医科歯科大学卒業,1991年同大学院修了(歯科補綴学専攻・歯学博士).1996年から文部省在外研究員としてUCLAへ留学.同大学歯科補綴学講座,助手,講師を経て2007年昭和大学歯学部歯科補綴学講座教授となる.2019年より歯科病院病院長.(公社)日本補綴歯科学会次期理事長(2021年から),同学会指導医・専門医.

著者プロフィール

■森下千佳(もりした・ちか)
フリーエディター。お茶の水女子大学理学部卒。テレビ局に入社し、報道部記者として事件・事故を取材。女性ならではの目線で、取材先の言葉や見過ごされがちな出来事を引き出す事を得意とする。退社後、ニューヨークに移住。当時、日本ではなかなか手に入らなかったオーガニック商品を日本に届けるベンチャー企業の立ち上げに関わる。帰国後、子宮頸がん検診の啓発活動を手がける一般社団法人の理事を経て現職。一児の母。

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