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2020.09.03

新型コロナウイルス感染症の重症化リスクも【専門医が教える禁煙のススメ前編】

kencom公式ライター:松本まや

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喫煙は新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを高めると指摘されて久しく、禁煙を検討している方も増えているのではないでしょうか。しかし、長年喫煙を続けた場合、禁煙に成功するのは並大抵のことではなく、一度はやめられても何かのきっかけでまた喫煙を始めた経験がある人も少なくありません。タバコへの依存のメカニズムと禁煙の成功をサポートする禁煙外来での治療について、多くの患者と接してきた中央内科クリニックの村松弘康先生に解説していただきました。

村松 弘康(むらまつ・ひろやす)先生

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医学博士、中央内科クリニック院長
平成元年東京慈恵会医科大学卒業、同大学非常勤講師、武蔵野大学客員教授
日本国際医学協会評議員、日本生活習慣病予防協会参事、日本禁煙学会理事、日本内科学会専門医、日本呼吸器学会指導医、日本アレルギー学会指導医

心だけじゃない、依存のメカニズム

タバコに含まれるニコチンは、アルコールやカフェインと比較しても非常に依存性の強い物質です。しかし、タバコへの依存は、ニコチンによるものだけでなく、心理学・行動学的な理由もあると言います。それぞれ依存のメカニズムを詳しく見ていきましょう。

ニコチンへの身体的な依存のメカニズム

禁煙を心に誓いながら挫折してしまったときに、「意思が弱いから」とつい思ってしまいそうになります。ですが、身体的にニコチン依存の状態になってしまっている場合、そもそも意思の力で禁煙することは非常に難しいのです。

タバコを吸うと、肺を経由してニコチンが血液中に取り込まれ、脳に運ばれます。中脳の腹側被蓋野にあるα4β2ニコチン受容体と結合すると、快楽物質であるドーパミンが大量に放出されます。タバコを吸うと気持ちが落ち着いたり、イライラしなくなったりするのはこのためです。交感神経が刺激されるので、気持ちをシャキっとさせる効果もあります。

放出されるドーパミンは、日常生活を送っていて放出されるものよりもはるかに多いため、初めてタバコを吸ったときには気持ち悪く感じることがあります。喫煙を続けると、身体は過剰なドーパミンの分泌に対してバランスを取るようになり、ドーパミンと結合するD1受容体が減少します。ニコチンによって身体のバランスが保たれるようになるため、日常生活を普通に送るだけではドーパミンが放出されなくなり、タバコを吸わないと楽しく感じなくなってしまいます。

血中のニコチンは1~2時間で半減

中村正和. ニコチン依存症. e-ヘルスネットhttps://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/tobacco/yt-052.html. 厚生労働省. (2019)より引用

参照元:https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/tobacco/yt-052.html

中村正和. ニコチン依存症. e-ヘルスネットhttps://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/tobacco/yt-052.html. 厚生労働省. (2019)より引用

ニコチン依存の状態に陥ってしまうと、血液中のニコチンが一定以上の濃度を下回ったときに、イライラしたり、眠気や倦怠感を覚えたりといった禁断症状が現れます。
タバコを吸っても血液中のニコチン濃度は1~2時間程度で下がってしまいます。その度に禁断症状が現れるため、喫煙者は1日に何度も「一服」することになります。

心理学的な依存はどう起こる?

一服がちょうど休憩の機会になっていたり、喫煙所で仲間と会話することが気分転換になっていたりするという人は多いのではないでしょうか。手持ち無沙汰でついついタバコを吸ってしまうという人もいるかもしれません。このような喫煙行為自体への心理的な依存も、タバコをやめることが難しい理由のひとつで、最近ではニコチン依存症ではなく、タバコ使用障害と呼ばれることが増えてきています。

がんなどの発症リスクも増加。喫煙が身体に与える影響とは

喫煙により、リスクの上がる病気は?

喫煙は、全身に様々な影響を与えます。「科学的証拠は、因果関係を推定するのに十分である」とされるエビデンスレベル1の病気だけでも、肺がんや胃がんなど10のがんは喫煙によって発生率が上がることが明らかになっています。その他にタバコは急激に血管を収縮させる効果があることから、血流障害が原因となる脳卒中や心筋梗塞のリスクも高めることが分かっています。

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例えば男性であれば、肺がんや心筋梗塞の発生率はたばこを吸わない人と比べて約4倍になります。まさに百害あって一利なしですね。

軽いタバコでも身体への害は同様

低タール・低ニコチンの「軽いタバコ」を好んで選ぶ人も多いですが、タバコの「重さ」は、依存度にどのように影響するのでしょうか。軽いタバコを選べば、身体への害も少なく、依存度も低いように思えますが、実は軽いタバコほど深く吸い込んでしまったり、吸う本数が増えてしまったりする傾向があります。発病リスクなど、身体に与える影響も大きく変わらないことが分かっており、軽くても十分に有害なのです。

また意外なようですが、メンソール自体に依存性があるため、メンソールタイプのタバコは通常のものと比べて依存しやすいと言われています。今年5月にはEUや英国で販売が禁止されました。

加熱式タバコも安全じゃない

すっかり定番となった加熱式タバコは匂いも付きづらく、煙が出ないことから、普通のタバコより健康への影響が少ないと考えている人も多いでしょう。しかし、加熱式タバコにも普通のタバコ同様に有害物質が多く含まれており、決して安全ではありません。

新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを高める

新型コロナウイルスの重症化リスクも

ニュースやSNS等で議論がされていますが、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを高めることが医学的に分かっています。喫煙は肺や気管の粘膜を障害し、バリア機能を低下させるため、新型コロナウイルスに限らず、気管支炎のリスクを高めてしまいます。

また、新型コロナウイルスは細胞内に侵入する際、最初に細胞の表面にあるACE2という酵素タンパク質と結合します。喫煙はこのACE2を活性化させる可能性が指摘されており、全身の細胞にウイルスが広がりやすい状態を作ってしまいます。

「喫煙所クラスター」にも要注意

8月に入って東京都でも「喫煙所」を介した感染が確認されている通り、喫煙は他人へ感染を広げるリスクも高い行為です。新型コロナウイルスは感染力が強く、飛沫感染や接触感染に加え、一定の条件下では空気感染を起こす可能性が指摘されています。無症状の感染者でも感染を広げてしまうことも特徴で、無症状の感染者が喫煙所でタバコを吸った場合、肺の中のウイルスが呼気を介して排出され、周囲の人へ感染を広げることも懸念されます。
これらのことから、「3密」の条件がそろう室内の喫煙所を閉鎖する動きも広がっています。

「身体のことも考えて禁煙でもしようかな……」後編では、そう思い始めたときに検討したい禁煙外来での治療について、詳しく解説します。

▼禁煙のススメ後編はこちら

著者プロフィール

■松本まや(まつもと・まや)
フリージャーナリスト。2016年から共同通信社で記者として活躍。社会記事を中心に、地方の政治や経済を取材。2018年よりフリーに転身し、医療記事などを執筆中。

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