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2020.09.05

人の心を癒す動物の力。世界で注目される「アニマルセラピー」ってどんな活動?

kencom公式ライター:春川ゆかり

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古くから人間との関わり合いが深く、現代においても私たちに癒しを与えてくれる「動物」。動物との触れ合いは老若男女を問わず心身を癒す効果があると言われており、動物を介した「アニマルセラピー」という活動も行われています。

今回はアニマルセラピーの基本知識について、専門家である奥村孝志さんにお話を伺いました。

奥村孝志(おくむら・たかし)

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早稲田大学スポーツ科学部スポーツ医科学科卒業後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズにて企業の採用支援に従事。株式会社リクルートキャリア人事部を経て、2017年退社後にミャンマーにて人材紹介業に従事。
同年帰国後、個人事業主として人事コンサルティングを開始(※現在は法人化)。同時期に愛猫、愛犬との出会いを機にアニマルセラピーに関心を持ち、アニマルセラピスト上級資格を取得アニマルセラピーの普及を目的とした渉外活動やセラピープログラムの企画開発を担当。

アニマルセラピーとは

アニマルセラピーとは、動物を介して人に心身の癒しを与える活動のことです。犬や猫をはじめ、動物と触れ合うことで気持ちが落ち着いたり、ストレスが軽減された経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

この“動物といる心地よさ”は、言葉にするには難しい感覚ですが、事実、動物と触れ合っているときの私たちの脳からは「オキシトシン」と呼ばれるホルモンが分泌され、心身にポジティブな変化を生み出しています。

これは、健常者はもちろん終末期のがん患者や精神疾患を患っている方にも効果があると言われています。苦しい療養時間が長くとも、動物と触れ合っているときだけは心身が穏やかになり行動力が増すなどの報告もあります。

アニマルセラピーは近年では広く認知されるようになったものの、日本の医療や福祉の現場ではまだまだ浸透しきれていません。しかし、難病治療や高齢化社会における課題の解決につながるのではないかと期待されています。

アニマルセラピーの始まりは「馬」

アニマルセラピーと聞くと主に犬が活動しているイメージがありますが、実はアニマルセラピーの始まりは「馬」。その歴史は古代ローマまでさかのぼり、戦で手足を負傷した戦士のリハビリとして用いられた乗馬療法が起源とされています。

犬や馬のほかにも、犬と同等の知能指数を持つオウムやインコなどの鳥類も、言葉を介さず人とコミュニケーションが取れます。一方、犬と同じくペットとして人気の高い猫ですが、気ままな性格のため実はアニマルセラピーには不向きなんだそう。

また、動物の種類だけでなく犬種によっても向き不向きがあり、全ての動物(犬)がアニマルセラピーに適しているとは言えません。

アニマルセラピーは3分類できる

動物を介した活動は、目的などにより大きく以下の3つに分けられます。

動物介在活動(AAA=Animal Assisted Activities)

動物と触れ合うことによる癒しなど心の安定や、QOLの向上等を目的とした活動を指します。主に、高齢者施設や障がい者支援施設が活動の場となることが多く、アニマルセラピストが動物を連れて出向き、動物に触ってもらったり撫でてもらったりします。

日本ではこの「アニマル・アシステッド・アクティビティー」をアニマルセラピーと指すことも多く、活動の大半を占めています。

動物介在教育(AAE=Animal Assisted Education)

子どもを対象に、動物との触れ合いを通じて生き物との正しい触れ合い方、生き死に、命の大切さを学んでもらうための活動を指します。動物を通じての「学び」を活動の目的とすることから「Education(=教育)」という言葉がつきます。

また、識字率の低い国では子どもが言葉を学ぶために犬を相手に絵本の読み聞かせをする「読書犬」という役割を担う場合もあります。

動物介在療法(AAT=Animal Assisted Therapy)

動物との結びつきが特に強いイギリスやドイツなどの諸外国では、「医療」として動物が関わることがあります。治療を目的とするため、ドクターが介在し患者に対して動物が与えうる効果を治療計画にします。
具体的には、犬種の選定や犬と触れ合うことで得られる血圧・脈拍の変化予測などが盛り込まれます。

これまでは精神面での癒し・心の安定にスポットライトが当てられていましたが、医療という高度な領域にも動物の力が取り入れられるようになり、アニマルセラピー分野でも動物介在療法は世界的に注目度の高い活動です。

どう違う?日本と海外のアニマルセラピーのあり方

ようやく日本でも三大補助犬(盲導犬・聴導犬・介助犬)だけでなく、ペットも入店できる施設やお店が増えてきましたが、動物が生活に入り込んだ環境づくりやアニマルセラピーの観点から見ると日本はまだまだ発展途上だそう。

アニマルセラピーに限定せず、世界では人と動物とが快適に共存できる環境が整えられている国が多く存在します。特に、先進国であるスイスやドイツ、イギリスは動物が医療にも介在し、人の暮らしの一助を担っています。

海外では犬を飼うために飼い主とペットともに資格が必要

スイスやドイツ、イギリスを筆頭とする動物先進国においては、国民の動物に対しての理解が非常に深いです。一緒に暮らすことが「当然」のものとして認識されているため、動物と人間の双方が健やかに暮らせるよう法律が整えられています。
具体的には、ペットとして犬を飼うために飼い主は飼育資格が必要で、飼い犬も「犬が犬らしい生き方」ができることに重点が置かれています。
アニマルセラピーのそれぞれの分野においても定義づけ・役割が明確であり、セラピードッグになるためには試験に合格しなければならず、育成プログラムも緻密に設計されています。

ここまで動物への理解や配慮が深い理由は、古くから諸外国では犬が「使役犬(しえきけん)」として人間に仕えていたことが大きな理由として挙げられます。番犬やネズミ捕りなどの仕事をするために飼われていたことから、「動物は人間の暮らしに必要な存在」として認識されているんです。

日本で動物介在療法が広まらないわけ

一方、日本において犬は「愛玩犬(あいがんけん)」として親しまれてきました。愛玩犬は家庭犬として人がかわいがることを目的としているため、使役犬のように人間の手伝いや仕事をすることはあまり向いていません。

動物先進国と日本でこのように歴史をさかのぼると、そもそも動物と人間の関わり方に違いがあることから、現代においても日本ではアニマルセラピーの活動の幅が限定されやすい状態にあります。
現に、日本で訓練を受け資格を持った犬は三大補助犬(盲導犬、介助犬、聴導犬)、その他警察犬や災害救助犬、麻薬探知犬などがいますが、セラピー犬のポジショニングはまだまだ曖昧です。また、セラピー犬とはどういう役割を担うのかというガイドラインも明確には整備されていません。

また、海外のように動物が教育や医療のような高度な領域に踏み入れることは、動物業界だけの努力で成し遂げられるものではありません。医療や教育の現場、それぞれの専門家たちの歩み寄りが必要になるでしょう。

人生100年時代の今、重要視される動物の力

新型コロナウイルス禍で、ペットを飼う人が急増していると言います。
動物との触れ合いでもたらされる癒しや心の安寧。ストレス社会を生きる私たちが健康に、そして穏やかに暮らしていくために、犬をはじめとした動物の持つ力がますます必要になってきているのかもしれません。

アニマルセラピーというと敷居が高くなってしまいますが、「本質的には動物に触れることでホッとする、癒されるという気持ちを感じるだけでも十分アニマルセラピーである」と奥村さんは言います。

また、人間に対する健康効果に焦点が当たりやすいですが、生き物と接する以上、「動物の幸せ」も同時に考えていくことが必要です。アニマルセラピー業界においても人間都合でペットや動物を振り回すことのないよう、動物が人間の心身を癒し、人間は動物が動物らしく生きていけるよう考えなければなりません。

著者プロフィール

■春川ゆかり(はるかわ・ゆかり)

フリーライター・編集者。大手IT企業にてウェブメディアの広告やマーケティング業に携わる。その後フリーランスのライターとして独立し、住まい・子育て・ヘルスケアなどのジャンルで執筆。

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