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2020.05.22

新型コロナウイルスは内膜障害を起こすのか【kencom監修医・最新研究レビュー】

kencom監修医:石原藤樹先生

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新型コロナウイルス感染症の研究が進むにつれ、だんだんとその特徴が分かってきました。今回は新型コロナウイルスと、血管や臓器の内膜炎の関係性のお話です。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

今回ご紹介するのは、Lancet誌に2020年4月17日ウェブ掲載された、重症の新型コロナウイルス感染症の臓器所見で、血管や臓器の内膜炎が認められ、ウイルスの感染が認められたという報告です。(※1)

▼石原先生のブログはこちら

新型コロナウイルスの血管系の合併症は何故起こる?

「新型コロナウイルスは全身の血管に直接感染して炎症を起こす」と報道などを読んで思われた方も多いかと思います。
確かにそうした可能性も否定は出来ないのですが、これは3例の重症事例の組織所見のみの報告で、たとえば、インフルエンザや他の風邪症候群の原因ウイルスでも、こうした全身の血管炎のような報告自体はあるのですが、かと言って、インフルエンザウイルスや他の風邪原因ウイルスが、血液を巡って血管に炎症を起こすようなことが、通常に認められるということではありません。
極めて例外的な事例である可能性もあり、他の原因による炎症の可能性も、あり得るとは思います。

こうしたこともあり得る、というくらいで理解をして頂ければと思います。

さて、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症では、急性の肺炎とそれに伴う進行性の呼吸不全が、その悪化の主な原因ですが、それ以外に脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓症、虚血性腸炎、腎不全など、血管の炎症や閉塞に伴うような合併症が、特に動脈硬化性の病気などの基礎疾患をお持ちの方で、多く報告されています。

この血管系の合併症は何故起こるのでしょうか?

1つの説明としては、肺炎による炎症のためにサイトカインが過剰産生される、サイトカインストームと呼ばれる状態が起こると、炎症と凝固系はリンクしているので、凝固系の過剰な亢進もまた起こって、血液内に血栓が出来、それが詰まって全身の臓器障害を起こす、という考え方が可能です。

もう1つの説明としては、肺の炎症とは別個に、ウイルスが血液を廻って全身に炎症を起こし、それが全身の臓器障害に繋がっているという考え方があります。

血管に直接ウイルスが感染しているのか?

これまでに血管の内膜などに、ウイルスが証明されたことはなかったので、通常は最初の説明が正しいと考えられています。

しかし、今回の報告では、いやいやそうとは限らない、血管に直接ウイルスが感染する可能性もあるのだ、と言っているのです。

これも耳にタコの知識ですが、新型コロナウイルスは細胞にあるACE2を受容体として、細胞に感染します。
先日いやいやそればかりではなく、細胞表面のヘパラン硫酸も結合部位として重要な可能性があるよ、というような話をしましたが(※2、※3)、一般的な説明はまだACE2受容体説が主流です。

このACE2は、肺以外に心臓や腎臓,腸の組織にも発現が認められ、血管などの内皮細胞にも確認されています。
実験的な研究では、今回の新型コロナウイルスが、血管内皮細胞に感染する能力のあることも確認されています。

血管内皮に炎症が起こり細胞死に繋がった3例

それでは、実際にウイルスが内皮細胞に感染するような事例が、存在しているのでしょうか?
今回の検証では3例の事例が紹介されています。
スイスとアメリカの研究者による論文なので、おそらくスイスの事例のように思われますが、補足データ含めて何処の事例なのかは書かれていないようです。

事例1

事例1は71歳の腎移植を受けている男性で、2020年3月20日に呼吸困難と低血圧などのショック症状で発症。
同日にPCR検査陽性。
入院しすぐに人工呼吸器を装着し、透析や強心剤の投与も開始されています。
重症肺炎に心不全と腎不全も併発している重篤な事例です。
新型コロナウイルス感染症に対する治療は、ヒドロキシクロロキンと併発する細菌感染に対して抗菌剤、そして凝固線溶系の亢進も認めたことより、ヘパリンの投与も施行されています。
しかし、治療の甲斐なく入院8日目に死亡されています。

死亡後の解剖所見において、腸間膜の虚血と肺胞の広範な障害が認められ、移植腎の内皮細胞に電子顕微鏡でウイルス粒子の侵入が認められました。
肺、小腸、心臓の内皮細胞に広範な炎症細胞の浸潤が認められ、特に肺血管周囲にアポトーシス体が目立ち、肺には単核球の集積が認められました。

事例2

事例2は糖尿病、高血圧、肥満のある58歳の女性で、3日間の発熱と呼吸困難の後、直接病院の集中治療室に入院となりました。
入院の時点でARDSと診断されています。
治療はヒドロキシクロロキンとヘパリンと抗菌剤です。
その後多臓器不全の状態となり、血液透析と人工呼吸器が装着されました。
入院16日目に腸間膜虚血性壊死のため小腸切除の手術を行いましたが、同時期に急性心筋梗塞(下壁)も併発して死亡されました。

解剖所見では、ARDSの所見と、肺、腎臓、心臓、肝臓に、広範な内皮の炎症の所見を認めました。臨床的には急性心膜炎が疑われましたが、解剖ではその所見はなく、右冠動脈の血栓による閉塞が認められました。
小腸の粘膜下の血管周囲には、特徴的なアポトーシス体が複数認められました。

事例3

事例3は高血圧以外は持病のない69歳の男性で、2020年3月11日から咳、発熱、息切れの症状あり。
3月20日に病院の外来でPCR検査を行い陽性が判明。
3月28日にARDSを発症して緊急入院となりました。
治療はヒドロキシクロロキンとヘパリンと抗菌剤です。
心房細動を併発し、心機能は著明に低下していました。
入院2日後に腸間膜の虚血を起こして小腸を切除。
患者は生存していますが、切除した小腸の組織において、内膜炎と粘膜の壊死、そして、粘膜下の血管周囲にアポトーシス体を認めています。

画像が添付されています。
こちらをご覧ください。

左のCの図の大きな画像は事例3の小腸の組織で、矢印の先は単核球の浸潤を示しています。
Cの右下の小さな画像は、アポトーシス体を可視化する特殊染色で、矢印の先がアポトーシス体を示しています。

右のDは事例1の肺組織で、矢張り特殊染色ではアポトーシス体が見られます。
血管内皮細胞が炎症を起こしてアポトーシス(細胞死)に至った、という説明になっています。

研究が有効な治療に結びつくように

このように重症化した新型コロナウイルス感染症では、心臓や腸管、腎臓など多くの臓器において、血管内皮に炎症が起こって細胞死に繋がり、それがウイルスの感染によるという可能性が示唆されました。

ただ、実際にウイルスが同定されたとされているのは、移植腎のみですから、通常の組織でも同じことが起こっている、ということではないようにも思います。

この論文の著者らは、これが臓器への直接のウイルス感染による、と主張をしているのですが、その根拠は現時点ではやや弱いような気がします。

いずれにしても、多臓器不全に至る広範な臓器障害が、進行した新型コロナウイルス感染症の予後を、悪いものとしている原因であることは間違いがなく、こうした知見の積み重ねにより、その病態が解明され、有効な治療に結び付くことを期待したいと思います。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36